第四十話 この子、放っておける訳がない
「翔太……おうどん作ったよ?食べられない?」
「……ごめん、いい」
「食べないと、体壊しちゃうよ~」
「……わかった。もうちょいしたら食べる」
「待ってるからね」
あれから数日。
翔太はずっと自室に引きこもり、ご飯もろくに食べず、帰ってきた拓真を早速困らせていた(とことん駄目な弟だ)。
小春とは連絡はとっていない。
今度こそはっきり『別れよう』と告げられるのが怖い。
……俺、マジで小春さんのこと好きなんだな。
と皮肉にも思い知らされた。
告白された当初は、自分より身長が高いからとか、ロリ巨乳じゃないからとか、上から目線で品定めしていた癖に。
いざ捨てられそうになったらこの様だ。
別れたくない。
ずっとずっと一緒に居たいって、縋り付けば良かった。
しかしもう後の祭りである。
「小春さん……グスッ」
拓真が出ていくとまた気が緩み、布団の中で嗚咽を漏らす。
ポジティブが取り柄なのに、恋、いや愛はこんなに人を変えるのか。
自分でもびっくりする。
小春さん……my lover……forever……。
などと気が触れたように、意味のわからない自作の歌を口ずさんでいると。
「わざわざごめんね、立花くん。心配してくれてありがとう」
「いいえー大学来ないし、LINEも既読にならないし、どうしたのかと思って」
「翔太~立花くんが来てくれたよ。開けるね」
……凌!?
まさかの登場人物に、焦燥に駆られた。
鍵をしめよう!と起き上がるも、ここには鍵がないことに気付く。
そうこうしている内に、あっさりドアが開けられ、
「よお。元気そうじゃん」
凌の恐ろしいくらい男前な笑顔が、視界に飛び込んできた。
翔太は愛想笑いするしかなく、拓真は呑気に「じゃあ、ごゆっくり~」と去っていく。
何となく気まずい沈黙が、室内を支配した。
「早速だけど。何があった?ん?正直に言ってみ?」
「う……」
今まで明け透けに、ありのままに相談していた翔太だが、今回はショックのあまり上手く言葉に出来そうになかった。
話している内に、泣いてしまう気がして。
「いいだろ、別に。ちょっと体調悪いだけだよっ」
そう言い放ち、ベッドに戻ろうとするのを、凌は羽交い締めにして引き留めた。
ず、ずりぃ!!
身長、体格共に差があるんだから、絶対勝てないのにー!!
これじゃまさに連行される宇宙人じゃん、だっせぇ……。
それでも必死に手足を振り回し、
「離せ、離せって!」
「とりあえずさ、場所変えよっか」
「へ!?」
抵抗も虚しく、ズルズルと引き摺られるように、部屋から連れ出されてしまった。
拓真はニコニコと笑みを湛え、「良かった、元気になって。楽しんできてね!」と上機嫌で送り出した。
脳内お花畑兄貴め……。
凌は何も言わず、二人して黙々と歩き続け、行き着いた先は。
「……何で、カラオケ?」
「まぁまぁ。とりあえずさ、大声出してスッキリしろよ」
やけに広い、きらびやかな個室に通され、困惑していたらマイクを渡された。
凌はこちらの承諾を得ることもなく、次々と曲を入力していく。
主に明るめの、気持ちが軽くなるものばかりだ。
彼の気遣いに、少しずつ鬱屈した感情が薄れていく。
「ほら、歌えって。ストレス発散になるぞー」
「……おう」
促され、翔太は威勢よく歌い出した。
流行りのJ-POPから、シャウトが出来るロックナンバーまで。
ここ最近ロクに声を発していなかったものだから、ずっと喉元に詰まっていたものが吐き出された。
だが、頭の中には常に小春の笑顔がある。
小春さん。
小春さん。
俺は……。
「別れたくないー!!!」
唐突に、歌詞とは違う台詞を叫んだものだから、凌は目を丸くした。
そして、全てを察したようだ。
包み込むような、柔和な笑みを浮かべ、
「なるほどね。振られちゃいましたか」
「……距離、置こうって……言われた……」
「何で?理由は?」
「訊いてないけど……失敗、したからだろ」
「……ん?」
彼は名探偵の如く人差し指で唇をなぞり、天を仰いだ。
「え、おかしくね?小春さんがそんなことで振るなんて、あり得ないって」
「でも!言われたんだよ!他に理由ないしっ」
「ん~……翔太はさ、マジで小春さんをそんな人だと思ってんの?」
言われて、ハッとする。
そうだ。
どうしてそんな、単純明快なことに気付かなかったのだろう。
小春さんはたった一度の失敗で、見放すような人じゃない。
優しくて、温かくて。
何でも受け入れてくれる、俺なんか比べものにならないくらい、心が広い人なのに。
でも。
「思って、ないけど……本当に、他には思い当たらなくて……」
「……そっか」
凌は相槌を打ち、暫し何やら考え込んでいた。
画面から流れる、カラオケ店が制作している番組の音だけが、室内に響き渡る。
彼は徐にスマホを取り出し、誰かにLINEを打ち始めた。
翔太はキョトンと首を傾げる。
「誰に送るの?」
「なーいしょ。大丈夫!『俺達』に任せなさーい♡」
『俺達』……?
な、なーんか……嫌な予感がするんですけど……?
しかし気障ったらしくウィンクを決める凌は、憎らしいくらい男前だった。
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