第四話 男は女を守るもの!
「そっか~また振られたか~まぁ元気出せ、若者!」
餃子を器用に包みながらそう笑うのは、山中 小春。
翔太がバイトしている中華料理店の先輩であり、経営している夫婦ー山中 哲二、山中 幸枝ーの一人娘だ。
凛とした顔立ちの美人で、性格はサバサバしており、動きも機敏で格好いい。
特筆すべきはその身長。何と、女性でありながら175センチもあるのだ!
羨ましいったらありゃしない。
「まだ無理っすよ……はぁ……何で皆、兄貴なのかなぁ……」
翔太も餃子を一つ包んでは、嘆息を漏らす。
自分の身に起こったあの悲劇を、小春には打ち明けた(ロリ巨乳以外)。
歳上の姉御肌で、何でも寛容に受け入れてくれる彼女には、つい甘えてしまう。
夜の開店が始まるまでの、二人で過ごす仕込みの時間は、こうして主に翔太の人生相談が行われている。
小春はアーモンド型の瞳を、優しげに細めた。
「よし、じゃあ今夜は賄い何でも食べていーよ。お父さんに言っとく」
「え!?マジっすか!?」
「うん。ラーメンでも餃子でも。何ならセットでどうぞ」
「やったー!あざーっす!!」
やっぱり阿保だ、と揶揄されても仕方ないスピードで、翔太は立ち直った。
その姿を見て、小春はコロコロ笑う。
笑顔になると途端に幼い印象になり、愛らしい。
ふと。
「小春さんは気になる人はいないんすか?」
何の気なしに訊いてみる。
すると、小春はあからさまに動揺を見せ、頬を赤く染めて。
「いないいない!そんなの!」
「え、絶対いるじゃないですか、その反応!常連さんとか?」
「いないってば、もう。ほら、手止まってるよ」
「はぁ~い」
いつも相談してばっかだから、たまには役に立ちたいのに。
ま、恋愛経験がほぼ皆無の童貞に(おい)、何も言うことないか。
翔太は口を尖らせ、手際よく作業を続けた。
働き始めて既に2年が経ち、初めはよくこれでクビにならないな、と感心する仕事ぶりだったが、今ではあらゆることを任されるようになった。
小春を始め、哲二と幸枝も実に良くしてくれ、大変居心地が好い。
卒業するまでお世話になろうと、密かに決めている。
拓真は『帰りが遅いから心配だよ~お小遣いならあげるから!』などとほざいているが。
「そろそろ店開けるぞ」
哲二がひょいと顔を出し、低い声で告げた。
顔が厳つくて寡黙だが、滅多に怒ることはない、温和な人だ。
勝手に第二の父親だと思っている。
「はーい!よし、翔太!今日も張り切って働くよっ」
「はいっ!了解っす!」
和気藹々とやり取りする二人を見て、哲二はそっと微笑む。
今日は幸枝は休みで、厨房を哲二が、ホールを翔太と小春が担当する。
ここは餃子が売りで、一緒にビールを注文する人が殆ど。
非常に繁盛しており、今宵も開店と同時にほぼ満席になった。
「翔太!これ一番にお願い」
「はいっ!あ、二番にビール1追加っす」
「了解!あと少しでラーメン上がるって」
「その前に、これやっちゃいますっ」
翔太と小春は、まるで姉弟のような、小気味よいやり取りを繰り広げた。
これも常連の間で『微笑ましい』と囁かれており、周囲は皆口元を緩めていた、のだが。
残念ながら一人、例外がいた。
「小春ちゃ~ん、ちょっとお話しようよぉ~」
悪酔いしたのか、年配の男性が千鳥足で小春に近付いてくる。
残念ながら、こういう客は珍しくない。
対応に慣れている小春は、ニッコリと満面に笑みを湛え、
「すみません、今は忙しいんで、またあとで」
「え~そう言っていつも無視じゃ~ん」
「あはは、そうですかぁ?」
「こんな美人さん、飯運ぶだけなんて勿体ない!金なら払うよぉ~?」
と。
男性は、小春のお尻に触れようとした。
瞬間、弾かれたように翔太は、二人の間に割って入る。
短い腕(失礼な!)を精一杯伸ばし、相手をジロリと睨み付ける。
膝が面白いくらい震えていたのは、内緒にしたいところ。
「止めてください。迷惑っすよ」
出来る限り低く、ドスの効いた竹◯力の声を目指すも、かなり上擦ってしまった。
小春は目を見開き、慌て翔太の肩を揺する。
「し、翔太、いいから、大丈夫だから」
「おいおい、チビは黙ってろよ~な?はは、小春ちゃんの方がずっとでかくて、男みたいだな~!」
カッチーン!!!
男性の挑発により、完全に堪忍袋の緒が切れた。
チビは百億歩譲って許してやろう。
だがしかし。
「小春さんは女の子だ!男は女を守る!そう教わらなかったか!?」
そう怒鳴ったら、さすがに男性は眉間に皺を寄せた。
子供が見たら泣き出しそうな程の強面で、体格もがっしりしている。
自慢じゃないが、翔太は喧嘩に勝ったことがない。
いきり立つものの、結局は無惨に負けてしまう。
けれど、ここで怖じ気づく訳にはいかないのだ。
小春は大切な、『先輩』なのだから。
とは言え、へっぴり腰で立ち尽くしていたら、
「ごちゃごちゃうっせーな!!!」
罵声と共に、頬に拳がクリーンヒット。
翔太は呆気なく床に倒れ込み、目を白黒させた。
我ながら弱い。
弱すぎる。
せめて避けろよ、と自嘲するしかなかった。
「翔太!!!」
小春に呼ばれるも、頭がぐるぐるして声が出ない。
彼女はキッと眼光を鋭くし、格闘家の如く身体を構えた。
そして。
「てめー!いい加減にしろよっ!!!」
……今の、小春さん?だよね??
と疑念を抱くくらい、凄まじい怒号が響き渡った。
かと思うと、長い脚が弧を描き、男性の顔面にめり込む。
彼は体勢を崩して、激しく呻いた。
「いっ、てぇ……!クソッ!この男女が!二度と来るかっ!!!」
常套句とも言える捨て台詞を吐き、あっという間に去って行く。
てか、すげぇ……つええ、小春さん……。
そーいや本格的に、キックボクシングしてるって言ってたな……。
……それに比べ俺って、……情けない……。
悄然としている内に、徐々に視界が暗くなってきた。
いや本当に、あの一発で失神なんて、情けなさすぎる。
「ちょ、ちょっと!翔太!しっかりしてっ」
小春の甲高い声が、脳裏に響く。
大丈夫、と言おうとするも叶わず、翔太は意識を手放した。
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