第三十九話 童貞、まさかの展開
凄かった……。
凌のテクニック、マジで凄かった……。
翔太は眼前にある凌の横顔を眺め、陶然とした。
断っておくが、一線を越えた訳ではない。
あれから二人でラブホテルに出向き、今一度詳しくレクチャーを受けたのだ。
それはもう、未熟な自分には縁遠い世界が繰り広げられていて。
「凌、マジありがとな。勉強になったわ……」
「別に。あんくらい常識だろ」
とニヒルに笑う凌は、同級生とは思えない艶っぽさだった。
やはりチャラ男の親友は重宝すべきである。
翔太は瞳を輝かせ、尊敬の念を込めた眼差しで、
「次は上手くいきそうな気がする!」
拳を突き出すと、凌も拳の甲を宛がった。
「おう、頑張れよ。上手くいったら、海老フライ定食な」
「だからタカるなよ、御曹司の癖に~」
「ははっ」
そんな軽妙なやり取りをしている内に、講義が終わった。
そう、実は講義中だったのだ。
相変わらず一切内容は頭に入っていない。
これで何だかんだ単位を落としていないのだから、有り難いものである。
翔太は凌とは別れ、上機嫌でバイト先へ向かった。
今度は旅行に誘おう、と計画を立てながら。
しっぽりとした淫靡な温泉街に、浴衣で出歩いて、腕なんか組んじゃって……くうう、いい!絶対、いい!
普段とは違う環境で気持ちを盛り上げたらきっと、汚名返上出来るはず!
もう二度と、あんな悲劇は起こさない!!
「おっはようございまーす!」
お店の扉を開け、威勢よく言ったものの。
眼前にいる小春は、無言のままだった。
ぼんやりと虚空を見据えて、魂を何処かに置いてきてしまったようだ。
翔太は慌て駆け寄り、彼女の目の前で掌を上下に振って、
「小春さん?小春さーん」
「え?あ、ああ!翔太、おはよ……」
心なしか声にも覇気がない。
いつも元気いっぱいの小春が淀んでいると、余計に不安に駆られた。
やっぱりあの夜のこと、気にしてるのか……。
でもでも、大丈夫!あれから俺、レベルアップしたから!
安心して下さい!!
との意を込めて、胸を張って先程の計画を口にする。
「あの、今度旅行に行きません?」
「え?」
「温泉旅行っす!すっげーいいとこ見つけて。小春さんも好きそうだなって」
「……」
「……小春さん?」
あ、あれ?
何やら雲行きが怪しい。
小春は意味ありげに瞼を伏せ、こちらと目線を合わせようとしない。
温泉、駄目だったのかな……むしろ遊園地とかの方が良かった?
ぐるぐると考えを巡らせていると、哲二が中の方から、
「おい、そろそろ準備しろよ」
声を掛けてきて、小春は助かったとばかりに、すぐさま「はーい!」と身を翻した。
え、え。
鈍感な俺でも分かるぞ。
これは……避けられてる……!?
てか小春さん、分かりやす過ぎるだろ!!
もうちょっと行動にオブラート、オブラート!!
なんて内心叫ぶも、伝わる訳もなく。
営業が始まってもあからさまに避けられ、常連から「お、痴話喧嘩か?」と茶化されたくらいだ。
痴話喧嘩……ではないと思う。
むしろ愛を深めようとしているのに。
漂う不穏な空気を消すべく、一刻も早く二人で話し合いたい。
翔太は巻きで仕事を終えたかったが、そういう時に限って閉店する直前まで客が残り、なかなか敵わなかった。
やっと暖簾を下げて、二人で閉めの作業に取り掛かる。
今だ!
そう意気込み、黙々とテーブルを拭く小春の背に向かって、
「あの!さっきの話ー」
「ごめん」
抑揚のない、淡々とした口調だった。
それは感情が汲み取れない、小春らしくないもので。
ぞわそわと、悪寒に襲われる。
何だか、ものすごーく嫌な予感がするんですけど……。
経験上、このトーンの「ごめん」はヤバい……。
翔太は恐ろしさのあまり、小春の表情を確認出来なかった。
案の定、彼女はこちらに背を向けたまま、
「ちょっと、距離を置こう、私達」
……告げられ、呼吸すら忘れそうになった。
予測はしていたものの、いざ口にされると、ショックのあまり思考回路が停止する。
何で、とか。
どうして、とか。
問い質したいけれど、そこで『男として見損なった』とか言われたら……立ち直れない……。
なので翔太は、無意識、というより反射的に、
「はぁ……分かりました」
っておーーーい!!!
いくら何でもそれはないだろ!!!
内心そうは思っていても、無論声にはならなかった。
例え惨めでも縋り付くとか、少しは怒りを露にするとか、すれば良かったのに。
翔太は放心状態に陥り、荷物を持って店を出てしまった。
トボトボと、すっかり闇に覆われた街を彷徨い歩く。
そんなにあの失敗がいけなかったのだろうか。
許されないのだろうか。
どんなに悩もうとも答えは出ず、ひたすら何もない宙を見据えていた。
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