第三十五話 ブラコン兄はやっぱりブラコン兄だった
荒々しく波が押し寄せ、また去っていく。
誰もいない海は寂しい。
こんな悪天候ならば、仕方あるまいが。
拓真は数回カメラのシャッターを切った後、嘆息を吐いて腕を下ろした。
弟に嫌われたからって、家出するなんて。
情けないにも程がある、と自覚はしているものの、耐えられなかった。
一応仕事も兼ねてはいるが、家から通える範囲だったのに、ウィークリーマンションを借りてしまった。
暫くはそこで生活するつもりだ。
翔太のことは気になるけれど、これ以上干渉したら、本当に絶縁されるかもしれない。
「……昔は良かったなぁ……」
砂浜に腰を下ろし、ぼんやりと虚空を眺め、呟く。
翔太は無条件で自分を信頼していたし、慕ってくれていた。
友達に『俺の兄貴、超格好いいんだ!』と自慢していたこともある。
それを聞いて、咽び泣きそうになったのも、遠い過去の話だ。
今や虫ケラ以下の扱いを受けている。
oh my god……たった一人の弟に、何故嫌われなければならぬのですか?
俺はただただ、愛しく思っていただけなのに……。
もしこの容姿が問題ならば、顔を変えて頂いてもいいし、身長だって低くなっても結構です。
って言うと、嫌味になっちゃうけど……。
そもそも一人で何考えているんだろ、馬鹿馬鹿しい。
「帰ろ」
拓真は徐に立ち上がり、すると微かに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おーい!兄貴っ!!」
……これは、天使のお迎えかな……?
俺、いつの間にか波に飲まれて死んだの??
イマイチ現状を把握出来ず、良からぬ幻想に惑わされそうになるも。
目線の先には、見間違えるはずもない愛しい弟、翔太と、小春の姿があった。
「ちょっと待ってろよー!!」
波の音に掻き消されないよう、大きな声を出しているのだろう。
その健気さに、胸が締め付けられる。
我ながらキング・オブ・ブラコンである。
しかし、どうやってここまで来たのか。
身近な人には行き先を伝えていないし、それに何の為に?
……え、もしや……絶縁を直接言い渡す為!?
そ、それは嫌だあああー!!!
拓真は急に不安に駆られ、砂に足をとられながらも、全力で走り出した。
「あっ翔太ー!お兄さん、逃げ出したー!!」
「はぁっ!?何でだよっ!?」
その後ろを必死に追う翔太と小春。
端から見れば、さぞかしシュールであろう。
拓真も体力には自信があったが、さすが若者二人、逃げ切るのは容易ではなかった。
しかも小春の方が健脚ぶりを発揮し、徐々に距離を詰めていく。
「待って下さいってばー!!」
彼女はそう叫んだかと思うと、何と飛び蹴りをしてきた。
拓真は背中に猛烈な痛みが走り、勢いよく前方に倒れ込んだ。
いや気持ちは分かる、分かるが。
普通彼氏の兄に飛び蹴りするか??
見かけによらず、なかなか気性が激しいのかもしれない。
とにかく、痛い。
マジ痛い。
「きゃーっ!ごめんなさいっ!私、つい……」
「いや、ありがとう小春さん。助かった~」
自分のしでかしたことに取り乱す小春に、翔太は深々と頭を下げた。
おいおい、ありがとうじゃないって。
もう一回言うけど、マジ痛いって。
拓真は少し痛みが引いたところで、徐に体を起こした。
身体中に砂がこびりつき、実に不快である。
が、気にしている余裕はない。
眼前で翔太は、仁王立ちしていた。
ヤバい、審判が下される……これにてジ・エンドだ……。
そう覚悟を決めていたのだが、聞こえてきたのは。
「兄貴、ごめんなさいっ!!」
……what??
why??
脳内でエセ外国人が現れ、疑問符をつけている。
顔を上げると、翔太は瞳に涙を滲ませていた。
幼少期を彷彿させるその表情に、愛おしさと、同時に悲しみが襲い掛かってきた。
泣かないで欲しい。
俺は弟の泣き顔が、一番苦手なのだ。
「俺、ずっと兄貴のこと、妬んでて……だって周りの女の子、皆好きになっちゃうから……だから、キツく当たっちゃって……小春さんとのことも、誤解して……でも、でも!嫌い、じゃない……むしろ尊敬というか、感謝というか……居なくなって、マジどれだけ助けられてたか、分かったし……その……帰ってきて下さい!!」
翔太はしどろもどろになりながらも、必死に言葉を紡いでくれた。
その懸命な姿に、ますます胸が締め付けられる。
ああ、やっぱり我が弟は天使だ!
こんな良い子は他にはいない!!
拓真は思わず彼に抱きつき、頬擦りをした。
「勿論!暫くしたら帰るつもりだったし。またよろしくな~♡」
「って、え!?帰るつもりだったのかよ!?」
「?うん。ここには仕事で来たし。ウィークリーの期間が終わったら、帰るよ♡」
「く、くそーっ!せっかく会社まで居場所聞きに行ったのに!無駄だったあああ!!」
翔太は身を捩りつつ、悔しそうに咆哮した。
そんなことないよ。
わざわざここまで来て、ちゃんと謝ってくれたこと、俺は一生の宝物にするよ。
ありがとう、翔太。
そしてごめんな、脱・童貞の邪魔して。
不意に小春と目線が合い、拓真は小さく会釈をした。
彼女はニコニコと満面に笑みを湛え、こちらを見守ってくれている。
いい女捕まえたな。
小さく呟いたその台詞は、恐らく彼には届いていなかった。
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