第三十一話 好きだからこそ、不安になるのだ
もうすぐ訪れる、脱・童貞の日について考えると、翔太は頬が緩んだ。
バイトへの道行きも、つい足取りが弾んでしまう。
本番に向けて、脳内では繰り返しシミュレーションを行っている。
無論、映像を観ながらの一人の実践練習(皆まで言うな!)も完璧だ。
ありとあらゆる長身美女系は網羅した。
凌にもアドバイスをもらい、ノート一冊があっという間に、文字で埋め尽くされた程だ。
この情熱を大学での勉強に注げないのか、というツッコミは止めて頂きたい。
男の性には何物も勝てないのである。
よし、任せといて、小春さん!
絶対に満足させてみせるから!!
そう意気込み、中華料理屋へスキップで向かおうとしたら、
「すみませんでした、突然来て」
んん!?
聞き慣れた、けれど警戒心を抱かせる、低い声が聞こえてきて、翔太は咄嗟に物陰に隠れた。
恐る恐る声の主を確認するとー拓真と小春が、店先で談笑している。
……はあああああ!!??
う、嘘だろ!?そんな……まさか!?
翔太は口をあんぐりと開き、涎が垂れても気にする余裕すらなかった(気にしろ)。
過去の悲劇が、走馬灯のように頭を過る。
自分が好きになる女の子は皆、兄に惹かれていたー。
いやいやいや!小春さんに限っては、そんなのあり得ない!!
そう自身に言い聞かせつつも、不安は払拭出来ず、こっそり聞き耳を立てる。
「いえいえ。大したお構いも出来なくて。また良ければ来てください」
「はい、是非!で、あの……今日のことは……」
「大丈夫です。絶対言いませんから」
「ありがとうございます!お饅頭も、本当に美味しかったです」
「良かった。あ、またお写真も見せて貰えたら、嬉しいです」
「勿論!次お持ちしますよ」
美男美女。
二人が並んでいたら、誰もがそう賞賛するだろう。
憎らしいまでに、身長もバランスがとれている。
それに、……今日のことは、言わないだと……!?
え、絶対、絶対俺に対してだよね!!??
翔太はショックのあまり、呆然とした。
口調からしてまださほど親しくない、恐らく初対面なのだろう、と思うのだが。
これで小春が、拓真を好きになっちゃったら……??
一目惚れとか、しちゃったり……??
ってヤダーーー!!!
絶対、嫌だーーー!!!
そんな心の叫びは、口に出すことなく、虚しく消えていく。
「じゃあ、失礼します」
その場に佇んでいる間に、拓真は反対方向に進んで行った。
翔太は一端深呼吸をし、精神統一を試みた。
落ち着け、落ち着け。
ここで取り乱しては、今までの努力が全て無駄になる。
小春さんの前では冷静に、でもさりげなく兄貴との関係を探ろう。
「……おはようございまーすっ!」
翔太は普段どおり、勢いよく店内に入り、快活な声で挨拶をした。
小春もまた普段とおり、「あ、おはよ~」と返してくる。
何らいつもと変わりない、日常の風景。
だが内心は、焦燥に駆られていた。
「だ、誰か来てたんすか?」
「え、何で?」
「ほら、テーブルの上にコップとお皿が。こんな時間なのにな~って」
「ああ、その……これは、私がお饅頭を食べてたの、うん」
小春も嘘が得意ではない。
あからさまにしどろもどろになっている。
更に言及したいところだが、こちらも駆け引きが出来ない質だから、上手く言葉が見つからない。
「へ、へえ~饅頭、美味いっすもんね!」
ってどうでもいい~!!
今俺、世界一どうでもいいこと言った~!!!
自分の不甲斐なさに落胆していると、小春はクスクスと含み笑いをし、
「なに、お饅頭食べたいの?」
「え、あ、えっと……」
「じゃあ賄いにつけてあげる。いっぱい食べていいよ」
「わ、わーい……」
意図せず饅頭をたらふく食べることになった。
いや嬉しいけども。大好きだけども。
これは小春の口からは、拓真に関する情報を得るのは難しいようだ。
翔太も誘導尋問など器用な真似は出来ないし、彼女は義理堅いので、あんな風に口止めされたら決して言わないだろう。
それに無理に聞き出そうとして、せっかくのラブラブぶりに亀裂が入るのは避けたい。
脱・童貞の日を無事迎える為にも、ここは貝になるしかない。
「よし、翔太。先に仕込み始めるよ」
「う、うっす!」
心の中に渦巻く、鬱々とした感情を隠しながら、翔太は笑顔を作った。
……待ってろよ、クソ兄貴。
帰ったら問いただしてやるからな!!
その怒号は喉元まで出かかって、直ぐに押し戻された。
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