Fuel supply.(燃料補給)
「陽菜ちゃん!」
わたしはコートサイドから陽菜ちゃんに声をかけた。
「あれ、文ちゃん?」
コートの中できょとんとした顔。
「ちょっとこっちに来てください」
素直にこちらに駆けて来てくれる陽菜ちゃん。わたしはバッグの中から巾着袋を取り出し、口を留めていた飾りリボンを引き抜く。
「なあに? あ、かわいい袋――」
「お腹、空いてますよね?」
「え? あ、うん、そうだね」
ぺたんこのお腹に手を当てる陽菜ちゃん。
「これ、食べてください。本当はおにぎりとかゼリーの方がいいのかもしれないけど」
袋から出した箱の包装紙をめくる、というより破り取る。
「わ、もったいない」
「これ、食べてください!」
ふたを開けて差し出したのはホワイトデーのアソート。試合が終わった後のデートで渡そうと思っていた。
「こんなきれいなの、雑に食べちゃうのもったいないよ」
「いいんです! お腹が空いてたら活躍できませんよ?」
「う~ん。そうだね!」
陽菜ちゃんは少し考えてからにっこりと笑った。そしてお菓子に手を伸ばして勢いよく頬張る。
「おいしい!」
いつもの陽菜ちゃんだ!
次々とつまんでは口に運びガリガリと噛み砕く。あっという間に箱は空っぽになる。
なんて、最高な食べてもらい方!
「あはは、ほんとにお腹が空いてたんですね」
「うん、すごく!」
はにかむ口の端にチョコが付いてる。
「…………?」
気が付いたら手を伸ばして頬に触れてた。
「えっと、チョコがついてたので」
そう言って、わたしは指先でチョコを拭った。
「んっ」「あっ」
チョコ付きのわたしの指先を、陽菜ちゃんがぱくんと咥えてチョコを舐め取った。
「えへへ。よし、補給完了!」
満面の笑顔からの真剣な顔。
「……………」
うっとりするわたしを残して陽菜ちゃんはコートへと駆け出した。
……………………
…………
「おかえり」
ずっと指を唇に当てながらふらふらとバルコニーに戻ってきたわたしを緒方さんが迎える。
「さっき、チューしかけたでしょ?」
図星!
「……が、がまんしましたよ!」
ピーー!
試合再開のホイッスルが響く。