奴とあいつの話 前編
なんでこんなポスター。
画面左側、ネクタイを締めた男性は、私服でも常にネクタイを締めている奴を連想させるし、その隣に座る女性の服は、この前私が着ていたやつに似ている。いつもと雰囲気が違うってみんなにからかわれたやつだ。あぁほらもう友人たちは気付いた。
これじゃあ奴と私が仲良くカフェで寛いでいるようじゃないか。
キャッチコピーが『素直になれる時間』て、どういうことだコラ。
そして友人たち、生暖かい目で見るな。
いたたまれなくなって、掲示板に背を向けて歩き出す。奴はE棟のベンチにいたよとお節介な友人たち。
別に奴に用事があって行く訳じゃない。
次の授業がE棟だし、早めに教室に行って課題の続きをやろうと思っただけだ。
ご丁寧な忠告通り、奴はベンチに寝転んで本を読んでいた。何か一言言ってやりたいが、あたまの整理がついていない。
まぁ読書してるし、私には気付かないだろうとそのまま通り過ぎる。
「おい!」
割とでかい声がして思わず振り返る。E棟前には奴と私しかいない。
「何?」
「…次の授業休講だって。さっき学務課からメール来ただろ。」
「えっ嘘?」
慌ててスマホのメールをチェックする。10件程未読のままで、一番新しいのが学務課からだった。
「…本当だ。」
「お前課題進んでなかったもんな。焦ってんの?」
「うるさいなぁ、いろいろ考えながらやってるの!あんたみたいに単純ゴリ押しな画風じゃないんだ。」
「にしても要素詰め込み過ぎじゃないか。なんかパッと目を惹くもんがないと…」
「なんであんたに上から目線でグチグチ言われなきゃいけないの。一つポスター上手くいったからって。だいたい急に画風変えすぎじゃない?いつも訳わかんないくらい前衛的だったのに。」
奴は本を閉じ、ベンチに座り直して頭を掻く。
「…酔った勢いで。たまにはフワフワしたのもいいかなと…」
「フワフワぼんやり描いたもんが選ばれるならラクなもんね!」
この一発屋!という言葉はなんとか飲み込んで、教室に向かう。鍵が開いてれば課題はできる。
「いや、フワフワした気分だったのは認めるけど、ぼんやりは描いてない、真剣だった。」
なぜついて来る?
「真剣ならついでに聞くけどさ、あのポスターの絵は何?なんのつもりで描いたの?」
教室の扉を開けながら振り返る。眉を寄せて、なんだか苦しそうな顔をした奴が、意外とすぐ側にいた。
視線を外してフーッと息を吐き、もう一度真剣な顔をこちらに向ける。
「全部話すから、黙って全部聞いてくれるか?」
「はいはい。でも課題やりながらでいいよね?黙っとくからさ。」
席に座り、資料と素材を広げ、パソコンを立ち上げる。奴は隣の席に座る。
なかなか話し出さない。作業に集中し始めたところで、ポツリと声がした。
「…すごく、可愛かったから。」
…ん?は?思わず手を止め奴を見る。奴は座った回転椅子を左右にくるくる半回転させながら、話を続ける。
「少し前に、普通の女子大生みたいな服着て来た日。いつもはパーカーとかTシャツしか着てないのに、すごく似合ってて可愛かった。でもお前は女友達にからかわれて恥ずかしそうにしてたし、もう着ないって言ってたから、もったいなくて、スケッチだけ残しとこうと思って。家で一人で描いてたけど、なんか、自分のしてることが恥ずかしくなってきて、でも残しておきたいから酒の勢いも借りて。ついでに自分の願望も混ぜて、ちょうどポスターの案考えてたから、これで行こうと…」
「わかったから!あんたが柄にもなく可愛い可愛い言ってるとこっちも恥ずかしいわ!そんな恥ずかしいもんなんで人前に出したの?」
「…そこは一つの作品として、いいなって納得できたから。」
「人物の面影を少し変えて、別人に見えるようにするとかさ…」
「…牽制しようと思って。」
「牽制の意味分かって言ってる?」
これじゃあまるで奴が私のことを特別視してて、さらにそういう人が他にもいるみたいじゃないか。
「勘違いさせないで。」
なんか泣きたくなってきた。もう課題も手につかない。帰ろう。
立ち上がり片付け始めると、奴が手首を掴んできた。
「まだ終わってない、聞いてて。」
「…手短かにできる?」
「………ずっと好きだった。俺の画風変だから、学校の奴らにもなかなか受け入れてもらえないのに、そういうもんだと受け止めた上で意見してくれるのが嬉しかった。計画倒れになることも多いけど、緻密に要素を組み合わせるお前の表現も、俺にはできないからいつも見惚れてた。普段の素っ気ない格好でも、変に周りに媚びてなくていいなって思ってた。可愛い服着たらやっぱり可愛くて、どんどん惹かれてった。だから、俺の彼女になってください。」
なんだよ。いつも短刀の様な言葉でグサグサ嫌味言ってくるくせに。屁理屈で理論武装してるくせに。背も高いから物理的に見下してくるくせに。
手首をつかんだまま、真っ赤になって、上目遣いで、こんなに素直な言葉で伝えてくれるなんて思わなかった。膝の力が抜けて、再び回転椅子にスポンと収まる。
「…私は、変わらないよ。多分変われない。性格も見た目も。」
「側にいてくれるだけで充分。俺も変われないし。…手つないでいい?」
奴から顔を背けて、でも頷く。手首から指先に、温もりが移動する。きっと私の顔も真っ赤だ。
「あんたがそんなふうに、真っ直ぐ言ってくれるとは思わなかった。」
「誤解させてこじれたら嫌だし、たまにはいいだろ。まだまだ語れるけど、聞く?」
「もう私の精神が限界、帰る。」
「じゃあ俺も。」
まだ手をつないだままの奴も、一緒に席を立つ。
「いつまでつないでるの?離して、片付けできない。」
「お前さ、もしかして付き合い出すとデレデレの甘々になる人?」
ニヤニヤの上から目線の人に言われたくない。
「知らない、付き合ったことも無いし。だいたい私まだ、好きだとも彼女になるとも言ってないからね!」
「それは困る。牽制の意味がなくなってしまう。じゃあ俺の家で、どれだけ真面目にお前をデッサンしたか見せてあげよう。」
片手で器用に荷物をまとめ、そのまま鞄を担いで歩き出す。もう片方の手に私は繋がれ、大した抵抗もできずに連れていかれる。
上からのようでいて、デレデレの甘々なのはこいつの方じゃないかと思いつつ、私の前でだけそんな姿を見せてくれることに、嬉しさが込み上げて来るのを抑えることはできなかった。
その後、彼の部屋で、砂糖漬けにされるんじゃないかと思う程の愛情表現をされ、大好きだったと白状させられたのは、二人だけの秘密だ。




