04 お呼び出し2(Aパート)
「部長、係長がお呼びです」
前回の呼び出しから一週間くらい経っただろうか、山田君がまた俺にそう声をかける。
「ああ、いつも悪いね。ありがとう」
「全然たいしたことじゃないので大丈夫ですよ。そういえば、来る時にパソコンも持ってきてほしいと言っていましたよ」
「パソコンもか、用件は何か聞いてるか?」
「すみません、そこまで訊けていませんでした」
「いやいや、全然気にしなくていいよ。ありがとう」
そう答えながら、そういえば前回、呼び出すことに対して指摘するのを忘れてしまっていた。前回は結局仕事の相談と言う名目で俺が褒めて終わりだったが、今日はパソコンを持って来いと言うことは、ちゃんとした相談なのだろう。
俺は言われたとおりにパソコンを持って会議室に向かった。
「なにをしてるんだ……」
会議室に入ると、智佳が机に突っ伏していた。
なんだか様子がおかしい。
「言われたとおり、パソコンも持ってきたが、仕事の相談?」
「……」
智佳は微動だにせず、無言のままだった。
「大丈夫か?なにかあったのか?」
「……部長、実は、すっっごく、体調悪いです」
「は?」
予想外の回答だった。もしかしたら仕事で何か重大なミスをしてしまい、それが原因で落ち込んでいるのかと思ったからだ。確かに、いつものやる気に満ち溢れたオーラもなければ、声も小さく、心もとない。顔色も良くないし、辛そうだ。
「大丈夫か? そんなにしんどいなら無理せずに早退したらどうだ?」
「今日納期の、急な仕事も入っているので、早退は難しいです」
それなら、こんな事をしていないで、薬を飲むなりして作業に取り掛かるか、他の人に任せるかすればいいのではと思っていると、智佳が言葉を続けた。
「なので……1つお願いを、きいてもらえませんか?」
「なんだ、俺に手伝えることなら何でもやるぞ。仕事も分担したほうがいい時もあるからな。」
「じゃあ……膝枕……してください」
「……は?」
俺は一瞬思考か追いつかなかった。膝枕?この状況で?
困惑している俺には目もくれず、智佳はおもむろに立ち上がり、俺の隣の椅子に座って、俺の太ももの上の頭を乗せてきた。
「おい、こんなところ誰かに見られたらどうするんだ」
「大丈夫、です。会議室、使用中にしているので……誰も入ってきませんよ。たぶん」
「たぶんって……」
「ふふ、この前言ってた禁断の関係、みたいですね。でも、今日はしばらく……このままで、いさせてください。」
太ももに智佳の熱を感じる。智佳の温かい息が足にかかる。こいつ、熱あるんじゃないだろうか。
「その体勢が楽なのか?」
「……とっても、落ち着きます。」
「そうか」
「部長は私に構わず、自分の仕事をしてください」
パソコンを持ってくるように伝言をお願いした理由がようやく分かった。智佳なりの俺への気遣いだったのか。自分がそんな状態でも他人を気遣うところは智佳らしいと言えば、智佳らしいが、普段からこの半分でもいいから可愛げがあるといいのに。
俺は智佳の額に手を当てた。
「熱あるんじゃないのか?」
「えへへ~ 部長の手、冷たくて気持ちいいです」
俺が手を額から離そうとすると、智佳の額も一緒に動いてついてきた。冷たくて気持ちがいいので、離したくないのだろうか。
まったく、何が仕事をしてくださいだよ、これじゃあ手がふさがってできないじゃないか。
小さくため息をついて、俺はもう片方の手で智佳の頭を撫でる。
「部長、今日はサービス、してくれるんですね~」
いつものようにハキハキとした口調ではなく、間の抜けて弱弱しい。本当に大丈夫なのだろうか。
「何に対してのなでなでですか~?」
「え、そうだな……体調が悪くても頑張って出勤してきたことへ、かな」
「えへへ~、もっと撫でろ~」
智佳は頬を赤らめて嬉しそうに頭を撫でる事を要求してきた。口調がだんだん五歳児みたいになってるな。
素直に甘えてくる智佳は、いつにも増してかわいく見えた。
「調子狂うなあ……」
独り言をつぶやき、ふと窓の外を見ると雨が降ってきていた。
気がつくと、すーすーと寝息が聞こえてきた。
「こんな状態なのに、本当に、すごいよ」
智佳の頭を軽く数回撫でる。
無防備な寝顔は天使のようで、あまり眺めていると罪悪感すら感じてしまう。一瞬、緩んでいる胸元に視線が行き、パッと目をそらす。俺は頭を撫でる以外は何もしていない。潔白だ。
俺は軽く自分の頬をつねって、智佳が起きないように気をつけながらパソコンを開いた。
会議室は雨の音と、キーボードを叩く音、それとかわいらしい静かな寝息だけが聞こえてきて、俺はなんとなくそれを心地よく感じていた。