02 お呼び出し1(Bパート)
私の会社の3つ上の先輩、片桐太一は同じ部署で働いている。私が係長になって、少しは追いついたかと思ったら、なんと片桐さんは部長に昇進してしまったのだ。
キャリアの差が広がり、なんとなくだけど、話しかけにくくなってしまった。まあ、片桐さんは優秀だし人望も厚いのは認める、しかも顔も悪くないのも認める。でも、なんか悔しい。
最近、特に片桐さんが部長に昇進してからは変に意識してしまう。周囲の女性社員も騒いでいるからだろうか。何人かが、彼にアプローチしているのも噂で知っている。だから、私が何をするというわけでもないんだけど(いや、呼び出してるんだけど)、なんか、モヤモヤする。
もともと一緒に仕事してたわけだし、気軽に話せる相手でもあったし、急に私を置いてすごい昇進しちゃうんだから、きっとこれは対抗意識よね。きっとそう。
部長を会議室に呼び出すのは二回目。正直、立場が上の人を呼び出すのは勇気がいるけど、もともとフランクに接していたんだからそれくらい許して、と思う。
「山田君、1つお願いしてもいいかな?」
「全然いいですよ! なんですか?」
「3時になったら、部長を101会議室に呼んでほしいの。例のプロジェクトのことで話したいことがあるんだけど、私、その前に来客が入っちゃってるから」
「それくらい、お安い御用ですよ! やっぱり仕事は『報告・連絡・相談』が基本なんですね!僕も係長を見習ってどんどん相談しますね!」
「ありがとう。あんまり根詰めすぎないようにね」
彼は入社1年目の山田君。すごく素直で熱心な子。私たちにもそんな時期があったなあ、と感慨深くさせてくれる。
そして、その山田君を利用して、仕事の相談ではなく部長チャージしようとしてるなんて口が裂けてもいえない。ごめんね、山田君。
前回、部長を呼び出してもらったときは、さすがに申し訳ないと思って、真面目に相談したけど、正直物足りなかった。
「部長、なかなか褒めてくれないからなあ……」
っと、いけない。思わず心の声が漏れてしまった。近くに人がいなくて助かった。だって最近全然褒めてくれないし、二人きりになることなんて全然ないし、部長チャージしたいのに全然構ってくれないし……。
心の中で愚痴をこぼして、大きなため息をつく。
「対抗意識だけ……じゃないよね。むしろ……」
自分の中ではうすうす気づいているが、認めてしまうのは悔しいので、気づかないふりをする。
とにかく今は、今日、部長に会ったらどう話を進めるかを考えよう。
そう考えながら来客室に向かう。
「来ない……」
商談が少し早く終わったので、会議室で資料を読みながら待っていた。だが、3時になっても片桐さんは姿を見せない。
「なんだろう、やっぱり忙しいのかな。前回はちゃんと来てくれたし、来てくれると思うけど、やっぱり迷惑なのかな……」
『配慮はするが、遠慮はするな』とは、研修時代に仕事の仕方として教わったことの1つだ。それだけバンバン報連相をしなさいと言うことだが、正直、今日の呼び出しは配慮のかけらもない。というか、別に報告でも相談でも連絡でもない。ただただ、部長に会いたいだけだ。
もう、前みたいに二人で気軽に話したりできないのかな……
頭の中がぐちゃぐちゃして、すごくモヤモヤする。会議室の机に突っ伏していると、ノックが聞こえた。
きっと私が犬だったら、耳がピョコっと立って、尻尾を振ってしまっていただろう。でも、そんなに会いたかった気持ちを表に出しすぎるのは負けた気がする。ここは、あまりに来るのが遅い!と言うことで、不機嫌さそうにそっぽを向くことにした。
「係長様、お呼びでしょうか」
「なんですか、それ」
部長が深々と頭を下げてきた。私はこんなに会いたいって思ってるのに、そんな嫌味な態度をとらなくたっていいじゃない。
私の不機嫌さが増す。
でも、部長が来てくれた。きっと忙しかったと思う。でも、来てくれた。
部長が呼び出しに応じて会いに来てくれた嬉しさで破顔しそうだったが、ばれない様に不機嫌そうにそっぽを向いてごまかした。
どう伝えよう……考えている間に、部長から「どうしたの?」と訊かれてしまって、焦る。
ああああああ、もう。
顔に熱を帯びているのが、自分でも分かる。
「別に、あの……この間のプレゼン頑張ったら褒めてやるって、部長言ってくれたのに……頑張ったのに、まだ……なんにもしてもらってないから。だから……」
なにやってるの私、普通に言ったら、なんかただ褒めてもらいたいだけの人じゃない。なんかもっと他に、仕事の話をして、その流れで、とか他にも言い方があるでしょ!
「……え、それだけ?」
「それだけですよ! なにか悪いですか!」
もう半分やけくそだった。恥ずかしい……
と思っていると、頭の上に優しい温もりを感じた。小さい頃のお父さんを思い出すような、そんな優しくて心地がいい……
っていうか、今、私なでてもらってるの!?
めっちゃ恥ずかしい!!
いや嬉しいけど、嬉しいんですけど、こんなことしてもらえると思ってなかったし、いきなりこんな、え、え……
もう動揺が隠せない。顔がさらに熱くなる。
「プレゼン、お疲れさん。良かったぞ」
部長が、片桐さんが褒めてくれた。しかも頭をなでて。
「あ、ありがとう……ございます……」
もうテンパりすぎてそれしか言葉が出てこなかった。落ち着け、落ち着け自分。
大きく深呼吸する。不思議と、さっきまでのモヤモヤがなくなって、頭が軽くなってすっきりした気持ちになっていた。部長エネルギーすごいなあ。
「よしっ! これで部長チャージ完了! 元気が出ました! さて、仕事仕事!」
嬉しさのあまりにジャンプしてしまった。しょうがないよね、嬉しかったんだもん。
「ってか、部長、部長って。普通に前みたいに呼べばいいのに……」
部長は普通に接してほしいのかと、心の中で少し安堵した。そりゃそうか、いきなり昇進した片桐さんに対して距離をとったのは私のほうだもんね。
そう言われてほんの一瞬だけ考えたが、だがしかし、私は部長と呼びたい。だって、その方が響きがかっこいいし、なにより、それで困惑している部長の顔がかわいすぎてたまらないから。
「でも、みんな部長って呼んでるし、なんか部長って響きが良いじゃないですか。禁断感が出て……」
「禁断感って何だよ…… お前は俺に何を求めてるんだ……」
鈍いなあ、部長。わざわざ二人っきりになってるのに……と思うと、少し煽ってみたくなってきた。
「部長と係長の禁断の関係?とか?」
「あのなあ……からかうのも程々にしてくれよ」
「でもまあ、そんなとこです。部長って響きが良いですよね。ま、片桐さんは結婚もしてないし彼女さんもいないし、別に禁断でも何でもないんですけどね~」
あえてそこだけは、部長ではなく名前で呼んでやる。ちょっとは察しなさい。
「お前だっていないんだろ? 彼氏」
「どーせいませんよー」
通じなかったらしい。そんなことを言うなら、部長が相手してくれればいいのに。このニブチンめ。
「じゃあ部長、今日の残りも頑張りましょうね!」
私はそう言い残して、ご機嫌で会議室を出た。
「うふふふふふふふふふふふふふふふ」
やばい、顔がにやける。まだ頬に熱がこもっているのが自分でも分かる。
「部長、かわいかったなあ」
化粧室に寄って平常心を取り戻している事を確認してデスクに戻った。
私は午前よりも集中して、午後の仕事に取り組むことができた。