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01 お呼び出し1(Aパート)

「部長、係長がお呼びです」


 まだ初々しさを身に纏った1年目の社員が俺にそう声をかける。


「ああ、分かった。ありがとう」


 そう答えながら、これ、普通は「係長、部長がお呼びです」じゃないのか? と心の中で呆れる。まったく、あいつは……。

 これじゃ、立場が逆じゃないか。今度は何なんだ……。


 前にも同じようなパターンで呼び出されたことがあった。その時は、次の会議のプレゼンの相談で、本気の仕事の相談だった。まあ、どうして自分で呼ばないでわざわざ他の人にお願いして俺を呼ぶのかは、謎のままだったが……。

 今回もなにか仕事の相談とかだろう。


 部長として、部下のマネジメントは仕事の一環だ。だが、俺にも他の業務が詰まっている。それを、わざわざ格上の人を何度も会議室に呼び出すというのは、常識的に考えてどうなんだ。仏の顔も三度までとは言うものの、上司として、ビシッと指摘したほうが良いよな。うん。そうしよう。


 頭の中で思考を巡らせながら、渋々会議室に向かった俺を待ち受けていたのは、むすっとした表情の女性社員だ。


「係長様、お呼びでしょうか」

 わざと慇懃無礼にそう告げて深々と一礼する。


「なんですか、それ」

 女性社員は、更に不機嫌そうな表情になった。


「山田が『部長、係長がお呼びです』って言うからさ。立場が逆じゃないか」

「それは勝手に山田君がそう伝えただけすよね? もうっ! 私はずっとここで待っていたのに、部長、全然来てくれないんですもん!」


 ふくれ面する女性社員は、ぷいっと横を向いて拗ねた。

 この春、係長に昇進した新進気鋭のキャリアウーマン、栗田智佳。俺の後輩だ。


「それで、どうした? また仕事の相談?」


 そう聞くと、智佳はふくれ面を崩さずにちらっとこちらを見た。

「そうです! 仕事の相談です! それなのに後輩をこんなに待たせるなんて、どういうことですか」

「すまなかったよ。それで、なにかあった?」


 智佳は机に突っ伏して、むうううと呻き声を上げながら手足をバタバタさせてから、顔を赤らめて呟いた。


「別に、あの……この間のプレゼン頑張ったら褒めてやるって、部長言ってくれたのに……頑張ったのに、まだ……なんにもしてもらってないから。だから……」


「……え、それだけ?」


「それだけですよ! なにか悪いですか!」


 俺はわざと盛大にため息をついた。

「ったく、お前、そんな事で呼び出したのかよ……」


「そんな事って……!」


 こちらに向かって勢いよく顔を上げた智佳の頭にポンと手を置いて数回撫でてやると、智佳は急にしどろもどろになり「な……なっ……!」とテンパる。


 智佳も不意を突かれたようだが、俺もその表情に不意を突かれてしまっていた。不覚にも、かわいいと思ってしまったのだ。

 だが、ここで俺まで恥ずかしだっていたら、先輩として、部長として示しがつかない。


「プレゼン、お疲れさん。良かったぞ」

 表情には少し照れくささが出てしまったかもしれないが、強がりながらも優しく声をかける。


「あ、ありがとう……ございます……」

 自分から褒めてくれと言い出した手前、お礼を言うしかないと思ったのか、智佳は急におとなしくなった。


「よしっ! これで部長チャージ完了! 元気が出ました! さて、仕事仕事!」


 おとなしくなったかと思ったら、いきなりそう言い出して、ぴょんっとジャンプした。

 俺はまたわざと盛大にため息をついた。


「おい、栗田。お前、わざわざ呼び出しといて、それだけ? 仕事の相談って言ってたけど?」

 わざと不機嫌そうに聞いてやる。


「え~、後輩のマネジメントだって立派な部長の仕事じゃないですか。それに、部長と二人っきりになれる事ってないんですもん」


 飄々としている智佳の態度に少し腹が立った。


「ってか、部長、部長って。普通に前みたいに呼べばいいのに……」


 嫌味っぽく言ってやったが、通じてないようだ。


「でも、みんな部長って呼んでるし、なんか部長って響きが良いじゃないですか。禁断感が出て……」


「禁断感って何だよ……お前は俺に何を求めてるんだ……」

 呆れてため息まじりにそう返す。


 呆れている俺の顔を覗き込むと、それから智佳はニヤッと笑い、いたずらっぽく聞いてくる。

「部長と係長の禁断の関係? とか?」

「あのなあ……からかうのも程々にしてくれよ」

「でもまあ、そんなとこです。部長って響きが良いですよね。ま、片桐さんは結婚もしてないし彼女さんもいないし、別に禁断でも何でもないんですけどね~」

 智佳はクスっと笑い、軽口を叩いてきた。


「お前だっていないんだろ?彼氏」

 そう反撃すると「どーせいませんよー」と目を細くしてふくれた。


 またしても不意を突かれてしまった。コロコロと豊かに表情が変わり、じゃれついてくる様子が、なんだか小動物のようで、かわいいと思ってしまう。

 そんな目で見た事はなかったし、何とも思っていなかったが、二人だけで話していると意識せざるを得ない。


「じゃあ部長、今日の残りも頑張りましょうね!」

 ドギマギしている俺を置いて、智佳はそう言い残して、さっさとデスクに戻ってしまった。


 取り残された俺は、しばらく鼓動を抑えるのに深呼吸を繰り返す。

「ビシッと……言ってやれなかったな。まあ、次に呼び出されたときでいっか」


 独り言をつぶやくと、自分の中で次があることに期待していることに気がつき、大きなため息をついた。俺は、なにをやっているんだか。

 俺は深呼吸を数回繰り返し、おもむろにデスクに戻った。


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