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仮面博士の愉快な日常  作者: 凍々
9/15

曰く付きの■■■■■

 こんな事もあろうかと、マザーさんはもう1着そっくり同じものを仕立てていたらしい。色も形も手触りさえ寸分違わぬ出来だった。

 先の来ていた服を脱いで、改めて着替えている途中でふとある場所に目が止まった。

 鏡で見ると、わたしの鎖骨の下の辺りに何か書いてあるようだった。少し首元の部分をずらしてみると、そこには文字のようなものとイラストが黒色で描かれていた。階段のようなものに父が被っている仮面が横向きに描かれていて、それらを囲むように何かの文字が書かれている。文字はわたしでは解読出来そうになかったし、イラストも見た事のないものだった。

 不思議に思ってその部分を指で擦ってみたが掠れもせず肌が少し赤くなっただけだった。どうやら刺青のように直接肌に彫られているようだ。

 ――これ、は……?

 声もなく呟いた所でマザーさんと目が(正確には画面が)合った。胸元の印について聞いてみる事にした。

 「ソレハ旦那様ガ記サレタモノデ、私共創造物(クラフト)ニ刻マレテイマス。旦那様ガオ創リニナッタ、トイウ目印デゴザイマス」

 勿論私ニモ、とマザーさんは徐に着ていた上着を開けると私と同じ位置、胸元に印があった。銀色のボディに黒で刻印されている。

 胸元に刻まれた印にそっと両手を添えながら彼女は何か思いに耽るような姿勢をとった。その格好はさながら美術館に飾られた彫刻のように美しかった。

 「……私ノヨウナ機械デモ、言葉ナキ命ニモ、全テニ慈悲ヲ下サリ、家族トシテ扱ッテ下サル、平等ニ接シテ下サル。コノ印ニハ旦那様ノ思イガ込メラレテイルノデス……」

 

 家族。わたしには全く実感のない言葉だった。

 父が話してくれた通りなら、わたしに家族と呼べるものは存在しなかった。あったのは加害者と被害者という関係だけだ。恐らくはわたし以外の内なる子達もほぼ同様だろうと思う。

 かぞく、かぞく、と呟いてみる。音はないが、呟く度に少しずつ言葉が染み込んでいくように感じた。

 いつの間にか居ずまいを直したマザーさんがわたしの前にいた。そしてそっとわたしの手を取り、ゆっくりと語りかける。

 「……オ嬢様方、私共ハモウ家族デス。同ジ印ヲ持ッタ《バベル》ノ一員デゴザイマス。オ嬢様方ノ境遇ハ伺ッテオリマス。何カト戸惑ウ事モ多イカト思イマスガ、何カ御座マシタラ何デモゴ相談下サイ」

 ――ありがとう、ございます、マザー、さん。

 冷たい鉄の手とは裏腹にこの人の心は温かい。本当に。

 わたしの言葉に反応するように彼女はゆっくりと頷いた。

 「……サテ、オ支度ヲ済マセテシマイマショウ。旦那様モオ待チノ事デショウカラ」

 そうだった。父を外で待たせていたんだった。

 こくりとわたしは一つ頷く。

 先程よりは手を早めて支度は終わった。


 マザーさんに手を引かれ、部屋の外へ出た。

そこには父に連れられて見たコンクリートの無機質な廊下が広がっているはずだった。はずだったのだが。

 「やぁ!愛しい我が子等とマザーよ!待ちくたびれたよ!」

 正面から父の声が聞こえる。

 気付けばそこは廊下ではなくまた見たことのない部屋だった。

 先程わたしがいた部屋よりずっと広い。足元には部屋の隅まで紺色の絨毯が敷かれている。白と黒の市松模様の壁には大小様々な肖像画や絵画や写真の入った額縁が幾つも飾られていた。黒く塗られた天井からは二段に分かれた豪華なシャンデリアが吊られていて部屋を仄かに照らしている。少し離れた目の前には長く広いテーブルがあり、左右に3つずつ揃いの椅子が配置されている。その端のわたし達と対面になる席に父は座っていた。

 わたしはただただ驚いていた。

 マザーさんは腕組みをして呆れたように、

 「旦那様……マタ配置ヲ変エラレマシタネ?」

 「その通り!あの部屋からここまで少しあったのでね、待っている間に変えておいたよ!」

 父は両手を広げてこちらまで聞こえる位の大声でそう言った。その声はまるで子供が何かやりきったような満足げなものだった。

 この家の構造は旦那様の気分ですぐに変わってしまうのです、とマザーさんがそっと耳打ちしてくれた。

 「全ク……コレカラ他ノオ子様方モイラッシャイマスノニ……」

 マタ館内マップを書キ換エマス、そう呟いた後、マザーさんはぴったりと動きを止めて、立ったまま沈黙してしまった。

彼女のモニターに砂嵐のようなものが現れ、その中に数字の列が幾つも右から左へ横に走っていく。画面の異常と共に内部からカシャカシャという音が彼女から忙しなく響いている。

 もしかして壊れてしまったのだろうか。

 何かしてあげなければと思うがどうしたらいいか分からない。見たことのない現象にわたしは為す術なく内心慌てて彼女の横で立ち尽くすばかりだった。

 救いを求めるように父を見る。彼はわたしの目線に気付くと、わたしに向かってまたも大きな声で言う。

 「安心したまえ、愛しい我が子等よ!マザーは故障などしていないよ!今は最新状況にアップデート中だ!何、彼女は優秀だからね、直ぐに復帰するとも!」

 どうやら状況の変化がある度に彼女は自身の記憶を最新情報に書き換え、最適化をするらしい。その時は機能が一旦停止して身動き一つ取れなくなる。まるでパソコンみたいだ。

 とりあえず壊れてしまったのではなくて安心した。胸に手を当て、ふぅと一息ついた。

 そんなわたしの様子を見て、彼はふふと仮面の裏で笑っていた。それからわたしを手招きして呼ぶ仕草をした。

 動かないマザーさんを置いて行くのは正直な所申し訳ない気持ちではあったのだが、父は大丈夫だと言っていたので、その言葉を信じて彼の方へ向かった。

 テーブルに沿って片手を着きながらゆっくりと歩く。身体は動くようになっているけれど、思ったよりは動きが良くない。動くと言う考えから実際に動くまでに若干のラグがあるような感じだ。上手く頭と身体が結びついていないような感覚もある。わたしが自身をまだ自分だと認識しきれていないのかもしれない。

 そんな事を考えていたらいつの間にか彼の傍まで辿り着いていた。彼はわたしに向かって軽く拍手をした。

 「随分と新しい身体にも慣れたようで父は実に嬉しく思う!普通ならもう少しリハビリが必要なのだがね、君達は馴染みが早くて助かるよ」

 実に良い子等よ!と父はわたしを褒めながら頭を撫でてくれた。この人に褒められるのは何だか気持ちがいい。

 「そんな愛しい我が子等に父はプレゼントを用意したよ!」

 そう言って彼は片手でテーブルの方を指し示した。示された方を見れば、何も置かれていなかったはずのそこには見慣れない木箱が現れていた。

 わたしの手のひらに収まるくらいの小さな箱。隙間なく組まれたその箱には開けられそうな蓋も鍵穴も見当たらない。目立った所と言えば例の印が刻まれているだけだ。

 開けてみてごらん、と父は言ったが、わたしには開け方が思い浮かばなかった。

 とりあえず印の部分に触れてみる。すると印の部分が箱に吸い込まれるように消え、その後風船のように膨らんでポンっと目の前で破裂した。

 わたしは声もなく驚いて後ろに跳び跳ねる。

 「ははは!驚いたかね?」

 父の方を振り返り、こくこくと頭を縦に振る。

 わたしの顔を見てか、サプライズは大成功だね!と彼は両手を上げて笑った。

 

 箱が破裂して、残ったのはネックレスとブレスレットのようなものだった。

 首に掛ける部分は黒く染めた細い革紐で、端は結ばれていない。わたしが掛けるには随分長いように思える。ブレスレットも作りは同じだった。トップの部分には何かの骨だろうか、どちらも白く小さな欠片が括りつけられていた。

 不思議な事に、破裂して出てきたわりには千切れたり砕けている様子はなかった。初めからテーブルにあったようだ。

 父はおもむろに立ちあがりわたしの後ろに立つと、テーブルの上にあるそのネックレスをそっと拾い上げた。

 「これは君達の為に作った、君達にしか使えないものだ。君達の悩み事を少しは解決してくれるプレゼントだよ」

 そう言いながら彼はわたしの首元にそれを巻き付けるように幾重にも絡ませて最後に首の後ろで端を結んだようだ。白い欠片は丁度鎖骨に掛かるようになった。

 幾重に巻かれた革紐はわたしの首を締め付ける事はなく、肌に吸い付くように収まった。

 見せてごらん、と父の声に反応して振り返る。

 「うむ!実に良く似合っているよ!」

 父はうんうんと頷きながら満足げに言った。

 「それは私の同胞の欠片。……残念ながら今は彼女はもうこの世にいないがね。亡くなる時に形見分けでもらったもので、出来れば君達に引き継いでもらいたくてね!」

 そう言いながら残ったブレスレットを着けていく。こちらもぴったりとわたしの右手首に収まった。

 遺骨、という事だろうか。そんな大事なものをわたしに渡してしまっていいのだろうか。

 「勿論!彼女はとても子供好きでね、君達の様な子達は特に可愛がっていたんだ!きっと彼女も本望だろうさ!」

 驚いた。言葉にする前に父は返答して来た。

 無意識に口にしていた?いや、口にはしていなかったはずだ。読唇術だけではなく読心術も父は使えるのだろうか?

 「ふふふ、戸惑っているね?」

 まただ。まるでわたしの思考が筒抜けになっている。

 彼は笑いながら、悪かった、種明かしをしようか、と話始めた。

 「それを遺した彼女は精神干渉(テレパシー)の使い手でね、その力を使って幼子を拐ったりしていたのだよ。ハーメルンと呼ばれた事もあったかな」

 ハーメルン。昔聞いた事のある話だった。多分、わたしじゃない、他の子だろうけれど。

 昔々、ある街で鼠が沢山増えて困っていた時にある男が現れて鼠を退治すると申し出た。報酬と引き換えに彼は笛の音で鼠を誘き寄せて川へと連れていき、全て溺れさせて退治した。だが、報酬を渋った街の人々に落胆して、代わりに街の子供達を笛の音で拐い、姿を消してしまった。子供達も男も行方知れず。大人達は悲しみに暮れる。

 ……そんなお話だったような気がする。

 わたしの思考をまたも読み取ったように父は大きく頷いた。

 「その通り!君達は実に物知りだね!まあ、彼女と彼の共通点は子供を拐うという所だけなのだがね」

 ……一旦思考を読まれている事については置いておこう。

 父の話は続いた。

 「彼女は類稀なる精神干渉(テレパシー)を使い、世界中で児童誘拐を繰り返した。初めは以前の君達のような恵まれない子達を救い、自らの元で保護してあげようという親切心からさ。ただ、彼女は次第に飲まれていった……」

 そこで父は言葉を切る。まるでわたしの返答を待っているかのようだ。

 ――のうりょくに、ですか?

 「その通り!君達は実に聡明だ!」

 わたしを指差して、父は言い切る。

 「彼女は能力を使いすぎたのだよ、救いを求める声を聞きすぎたせいでね。幾つもの声がいつも頭の中に響き、幻聴か妄想か、現実のものか区別がつかなくなってしまった。本来救われるべき子を拐わずに自らの好みで拐うようになった。救うべき子等をものの様に扱うようになった。そして、随分昔だが彼女は()()されてしまった」

 とある機関によってね、と父は言った。

 「ある国にこんな諺があるんだ、()()()()()()()()、私達は優れた能力を持つが故に疎まれる。人は自分と違ったものを恐れ、排除したい生き物なのだよ」

 使い方さえ間違わなければ、本当に素晴らしい力だったのだ。きっとそうなんだ。

 わたしの能力(ギフト)もそうなんだろう。私利私欲に走ればきっと淘汰されてしまうんだ。

 意識すると中々恐ろしい。背筋がすっと冷えた。

 「……と、まあ話が長くなったがね、それを着けていれば彼女と同じく精神干渉(テレパシー)が使えるわけさ!」

 父が言うには能力はわたし達に合わせて調節してあるらしい。半径1~2m位であれば思考が飛ばせる。受信は出来ず、あくまでわたしの考えや意思だけとの事だった。

 「君達ならばその能力(ギフト)を有効に使ってくれるだろう!どうかね?」

 わたしの頭を撫でながら父は言う。

 ――だいじに、きをつけて、つかいます、ありがとう、ございます、おとうさん。

 わたしは父と目を合わせて言った。口にするより先に彼に届いてしまっているかもしれなかったけれど、やっぱり感謝の言葉は伝えたかった。相変わらず声は出ないけれど。

 「うんうん!実に良い子等だ!」

 わたしの言葉を受けて彼は頷きながら嬉しそうにそう言った。


 ふと、マザーさんの方を見る。

 画面に映るのは二重の輪。アップデートと言っただろうか、どうやら終わったらしい。固まった姿からゆっくりと動き出すのが見えた。

「ふむ、マザーの準備も終わったようだね!」

 もうそろそろ集まる頃合いだろう!と父が言った。


 これから何が始まるのだろう。

 今のわたしには分からなかった。

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