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仮面博士の愉快な日常  作者: 凍々
8/15

まるで■■のような、わたし

 「やぁ!私が来たよ!!」

 扉が壊れるのではないかと思われるバゴンと言う盛大な音と共に部屋のドアが開かれた。そして部屋に十字架の様な影がすっと伸びてきた。

 影の方を見れば、予想通りに仮面の男、博士が立っていて、ドアの枠に手を渡すように広げてこちらを見ていた。ドアは幸いにも壊れてはいなかった。

 「愛しい我が子等とマザーよ!君達の父が迎えに来たよ!」

 彼の声は随分と興奮して聞こえ、感情を表すように広げた両腕は激しく上下に振れていた。

 「申し訳ゴザイマセン、旦那様、オ嬢様方ノ準備ガ整ッテオリマセン。今少々オ待チ頂ケマスト幸イデゴザイマス」

 「おや?そうだったかね!これは失敬!喜び勇んで飛んで来てしまったのでね!」

 そう言うと彼は慌てた様子を見せながら、部屋に備え付けられていたソファーに腰掛けてこちらを見た。

 「レディの支度は待たなくてはね、紳士の義務だよ!」

 わたしは覚束無い足取りでマザーさんに手を引かれ、ベッドから鏡台の前に誘導され、その前にあった丸い椅子に腰掛けた。

 マザーさんはわたしの髪を丁寧に櫛でとかしている。

 鏡に映るのは丸顔の小柄な女の子だった。歳は肩ほどまでの髪は黒く、天使の輪が出ている程にサラサラと美しい。傷一つ見つからない綺麗な肌は血管が透けて見える程白く、頬と少々低めの鼻にはほんのりと桃色がさしている。パッチリと大きい目の色は薄い水色でガラスを嵌め込んだような綺麗な色合いだった。東洋系とも西洋系ともつかない、まるで人形のような女の子に見えた。

 映っているその彼女が自分だと気付くのに少し時間が掛かってしまった。まるで実感が湧かなかった。

 確認しようと両手で顔や身体をあちこち触ってみる。感触は本物だ。夢ではないかと頬をつねってみると痛みを感じ、思わず片目を瞑る。鏡の中の少女も逆向きで同じく痛がっている。

 「ふふふ、初めて見る姿はどうかね?紛うことなき君の今の姿だよ!」

 大元になった《わたし》のパーツはほぼ同じらしいが、混ざり合った事で髪や目や肌の色は違ってしまっている、と父は話した。

 彼の言葉を受けて改めて鏡を見る。やっぱり、実感がない。記憶がないせいだ。

 「良ク良クオ似合イデスヨ、お嬢様方」

 気付けばわたしの髪に赤い薔薇をモチーフにした綺麗な髪飾りを付けてくれていたマザーさんがわたしを見ながら話す。画面の輪は緩やかに弾み、黄色になっていた。

 黒の髪に一輪の花が咲いたように、髪飾りの赤は良く映えて見える。鏡越しに父が嬉しそうに頷いているのが見えた。

 髪を整えた後、マザーさんに手伝われながら服を着替えた。先程のワンピースに見えたものはどうやら下着だったらしい。その上に灰色で首元と袖に刺繍が入ったブラウスを羽織り、黒に濃い灰色のチェック柄が入った足元まであるスカートを履いた。足には白の靴下と黒でピカピカしたエナメルの靴を履かせてもらった。

 ますます何処かに飾られた人形みたいだ。多分、今までにこんな格好はした事がない、と内心で思っていた。

 それでも何だか嬉しくなって立ち上がってその場でクルリと一回転する。動きに合わせて髪とスカートがふわりと舞った。その様子を見て父は嬉しそうに頷き、マザーさんは画面の前で軽く拍手をした。

 「本当ニ良クオ似合イデス、オ仕立テシタ甲斐ガアリマシタ」

 「流石はマザー!君の見立てはいつも完璧だ!」

 父はマザーさんにも喝采を送る。彼女はモニターの端に手を添えると恥ずかしそうに首を振っていた。

 

 「そうだ!具合はどうかね、愛しい我が子等よ?」

 そうだ。わたしはおとうさんに伝えなければならない事があるんだ。

 父の前まで歩いていく。彼は座ったまま、向かい合う体勢になる。彼は不思議そうに小首を傾げていた。わたしは気合いを入れるようにぎゅっとスカートを握った。

 ――からだは、うごく、ように、なりました。けれど……。

 わたしは彼に向かい音なき声を伝えるが、終わりまで言い切れなかった。

 父はわたしの言葉を受けて、そっと手を伸ばし、わたしの首元に触れた。

 「ふむ、また声が出ないかね?」

 首元に触れた手とは逆の手で私の頭をゆっくりと撫でた。

 「……恐らくは君が生前に受けた傷と、君が得た能力(ギフト)が関係している可能性が考えられる」

 生前に受けた傷。里親に喉元を無残にも切り裂かれたと聞いた。先程鏡で見る限りは傷らしきものはなかったはずだ。マザーさんが言っていた精神的なものに繋がる事柄だろうか。

 能力(ギフト)と言うのはよく分からない。父がわたし達に贈ったと言う力があると話していた。考えられるのはわたしが気を失う前に起こった、起こしたと言う方が正しいのかもしれない。たったの一声で、死を齎したあの声。わたしを過去から解放したあの力の事だろうか。

 「賢い君達ならもう大体考察出来ているかもしれないね。君に、君達に贈った能力(ギフト)全ては君達の思うまま(ワールドイズマイン)は声に関するものさ!」

 わたしの心を読んだかのようにパッと手を離し、父は語る。

 「我が子達よ、君達はあらゆるものから辱しめられ、傷つけられ、虐げられても救いの手は、言葉は届かなかった!声を上げることも許されず、ただ一つの幸福も得られなかった!何て不条理な事か!」

 父はわたしの手を取りそっと握った。そしてわたしと目を合わせるようにぐっと顔を寄せてきた。

 「だから私は君達に能力(ギフト)を贈ったのだよ……。君達が世界から愛されるように、危機に立ち向かう力をね」

 視線はそのままに彼は一度顔を離して言葉を続ける。

 「君達の声は、言葉は、世界を改変できる程の力を持っている!望めば王にも女王にもなれる!その声があれば世界から戦争すらなくなるだろう!何をも君達を妨げる事は出来ないのだ!」

 わたしが思えば全て思い通りになる。声さえ出れば、だが。

 「……だが残念な事に君達はその力を使おうとはしていない。初めの時は怒りに飲まれて発揮したが、理解した今、声が出ないのはその事もあるからだろう。謙虚なのか臆病なのかそれは計りかねるがね」

 興奮と冷静を交互に交えながら彼は語る。本当に感情豊かな人なんだと思う。表情が見えればなお良いのだけれど。

 「そんな所も実に慎み深くいじらしい!私は全てを受け入れよう!愛しい我が子等よ!」

 そう言って彼はわたしを抱き寄せた。思ったより容赦のない抱擁だった。だけれど、安心できた。この人は、父はわたしの事を思ってくれている。本当の子供のように。

 「旦那様ニオ伝エデキテ良カッタデスネ、オ嬢様方」

 背中越しに見えるマザーさんに向けてこくりと一つ頷いて答える。マザーさんは静かに拍手で返してくれた。

 「……ソレハソウト、旦那様、オ嬢様ノオ髪ヤオ召シ物ガ乱レテシマイマシタ。三度オ時間ヲ頂ケマスカ?」

 はっとしたように彼は身体を離す。見れば確かにわたしの髪はぐしゃぐしゃに、服は随分と皺が寄ってしまっていた。

 「これは失敬!喜び余ってしまったようだ……!」

 父はもう一度レディに仕立ててくれるかね、とマザーさんに一声掛けるととぼとぼと部屋の外へ出てしまった。どうも父なりに反省しているらしく少々哀愁漂う背中だった。

 マザーさんはは了解の意味の一礼を返し、わたしはもう一度鏡の前でマザーさんとに支度をやり直す事になったのだった。

 

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