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仮面博士の愉快な日常  作者: 凍々
5/15

そして、彼女は、■■■■になった

 暫くの間、軽い足取りで歩いていた彼だったが、ある場所の前でピタリと足を止めた。

 それから踵を基点にぐるりと90度、勢いよく身体ごとその方へ向き直った。振り回される形になり、わたしは軽い目眩を覚えた。

 目の前には一つの扉があった。高さは2メートル位だろうか。鉄製のもので青みがかった灰色のペンキで塗装されているが、所々剥げてしまって錆びついている様子が見える。扉の中央の辺りには赤いペンキで`HAPPY BIRTHDAY!!´と文字の大きさがまちまちでまるで子供が書いたような文字が書かれていた。扉の上から30センチ位の場所には横長の四角い窓の様なものがあり、ガラスは嵌まっていないが、錆び付いた鉄格子が縦横に張られていた。鉄格子越しには真っ暗な空間しか見えないが、うっすらと何か、小さな声のようなものが聞こえたような気がした。何処にでもありそうなドアなのに、何故か嫌な気配がする。

 「さあ、着いたよ、愛しき我が子等よ!ここに君達への贈り物を用意してあるよ!早速中に案内しよう!」

 きっと気に入ってくれるに違いない!と興奮したような声で彼は言うと、ドアノブに手を掛け、扉を開いた。

 ギィ……と金属の擦れる音と共にゆっくりと扉が開いていく。開いた先にあったのはやはり暗闇だった。ただ、うっすらと生臭く、温い空気で満ちている。

 彼は何処からか持ってきていた車椅子にわたしをそっと下ろし座らせると丁度わたしの後ろに回った。何が起きるのか分からず、とりあえずわたしは正面に目を凝らす。すると、暗闇の中に何かの影が見える。それは1つではなく幾つもあるようで、小刻みに揺れているようにも見えた。

 「さて、御披露目といこうか!」

 言葉の終わりに彼はパチンと指を弾いた。

 指の音とほぼ同時に、部屋が一気にパッと明るくなった。急のあまりの眩しさに思わずわたしは目を閉じた。瞼の裏でも真っ白な世界が広がっている。

 「……失敬、少々明るくし過ぎたようだね。……っと、これでどうだろうか、愛しい我が子等よ、目を開けてごらん!」

 何かの機器を操作する音の後に彼は慌てた様子でわたしに言った。

 彼の言葉に従い、ゆっくりと瞼を開く。真っ白だった視界が徐々に晴れていく。視界がクリアになるにつれ、目の前の光景にわたしは言葉を失う事になる。


 その部屋はあまり奥行きはなく、横に長く広がっており、壁も天井も灰色のコンクリートで出来ていた。部屋と言うよりは通路に近いように思えた。

 そして、2メートル程離れたわたしの目の前には、幾つもの生首があった。簡素な長テーブルに載せられていて、首はどれもわたしの方を向いている。共通して目隠しをされ、猿轡を嵌められ、見える範囲の顔や頭部には殴られたり切りつけられたような後が残っており、血塗れのものばかり。原型を留めない程に砕かれてしまったものもあった。震える視線を動かして確認してみると、男性もいれば女性もいて、年齢も高齢の人から子供まで幅広い。視界に映るだけでも10人以上の首が横に並んでいるが、テーブルはまだ続いているようだった。彼等はまだ息があるのか微かに動き、言葉にならない呻き声をあげている。

 先程暗闇で見たのはこれだったのか。

 ――これは、いったい、なん、なの、なに、これ……

 視線を動かす事が出来ず、うわ言のように呟く。奇妙過ぎる光景にわたしは強烈な嫌悪感を抱き、胃が騒ぎだしている。

 「これらが何かって?これはね、君達の加害者だよ!愛しい我が子等に忘れられない傷を付けた罪人、つまりは屑の集まりさ!君達の記憶を辿って連れてきたんだ!」

 彼の声に反応するように首たちは一斉に騒ぎだした。言葉にならない呻き声が部屋中に木霊して、怨嗟の波がわたしに迫っているようだった。首だけのはずなのに襲い掛かってきそうな狂気を発している。混乱からか恐怖からかわたしの身体が端から冷えていく。最悪の特等席に座らされたわたしはガタガタと震えるばかりで身動き一つ取れずにいた。

 反応できないわたしをいつの間にか前に回り込んでいた彼が眺めていた。小首を傾げて不思議そうな様子で。

 「おや?あまりお気に召さなかったかな?首だけでは物足りなかったかね?」

 そうじゃない、違う、と口を開こうとするが、今口を開ければ、確実に嘔吐してしまいそうだった。代わりに首を横に振る事で意思を伝えようとする。

 そんなわたしの様子を見て、彼はわたしの前にしゃがみこみ、手を伸ばして宥めるように背中をそっと撫で始めた。

 「自らが暴力を受けた事があっても、他者の被害は見た事がなかったのだね……、少々刺激が強すぎたか。でも安心しなさい、あの屑どもは君に危害は加えない、加えられないのだよ、この父が保証しよう……」

 ゆっくりと穏やかな声で彼は言う。実に今の状況にそぐわない声で。

 吐きそうになる気分を必死に抑えて、彼を見る。仮面の裏ではどんな表情をしているのか。わたしを精神的にいたぶって楽しんでいるのだろうか。仮面に包まれたままでは想像するしかない。

 「君達に贈り物をした、その話は覚えているね?それこそが君達を守るもの、その贈り物がある限り君達は傷つく事はない!特別な力が君達には備わっているのだよ!」

 

 彼の言葉を聞いて、わたしの意識の中で何かが蠢くのを感じた。゛わたし゛の意識を取り囲むようにわたし以外の幾つもの意志がじわじわと迫っている感覚があった。

 この意思たちはわたしの元になった、あの彼等だろうか。きっとそうだ。気付き始めは静かに囁くだけだった彼等の声は、今や目の前にいるかのように近く聞こえてくる。そしてわたしを取り囲むように四方八方から、苛むように、追いたてるように、様々な声色で叫んでいるのだ。もはや幻覚や幻聴と呼ぶにははっきりしすぎている程だ。

 今聞こえる、彼等が口々に叫ぶのは、怨嗟を込めたただ1つの単語だけ。

 ――殺せ、と。

 わたしには記憶がないが、どうもわたしの元になった彼等には残っていて、凝縮された殺意がわたしの意識だけでなく、身体も震わせているようだった。

 でも違う。この震えは殺意からではない、得体のしれない恐怖や混乱からでもない。

 わたしは、わたしたちは、この状況に歓喜している、興奮しているのだ!この最高の舞台で、復讐が出来る事に!

 気付けば、わたしは車椅子から立ち上がっていた。今の今までちっとも動こうとしなかった身体が嘘のように軽い。吐き気や震えも全く感じなかった。

 仮面の彼はいつの間にかわたしの後ろに移動しており、私の両肩にそっと両手を置いた。そして、背後から呟く。

 「……愛しい我が子達よ、さあお楽しみの時間だ……、君の初めての声をどうか父にも聞かせておくれ……!」

 わたしは一度目を閉じて深呼吸した。もう十分に冷静になれているけれど、わたしの内なる声達は今か今かと急かすように語気を強めている。

 ……焦らなくても、大丈夫、ちゃんと出来る。

 目を開き、前を真っ直ぐ見据える。生首達は未だに醜く蠢く。

 

 「みんな、死ね」

 

 助けてなどやらない。報いを受けるといい。止めを刺すように言い切った。


 その言葉を発した途端、生首達が一斉に動きを止めた。それから、一斉に呻き声を上げながら激しく左右に揺れ始め、塞がれている目や口や耳から黒い煙と共にドロリとした赤黒い液体が流れ始めた。漂う煙からは肉の焦げた臭いがした。その臭いにわたしは眉を潜めた。

 生首達は次第に黒く変色していきながら膨らみ、まるで風船が割れるようにバチりと一斉に爆ぜた。肉だった何かと、溢れだした赤黒い液体が飛び散り、酷く凄惨な光景を呈している。

 もう呻き声は聞こえない。静寂の中に黒煙が舞うだけだった。

 パチパチパチパチと拍手の音がして、振り返ると彼がそこにいた。

 「実に、実に上出来だ!流石、私の愛しい我が子等だ!」

 わたしは褒められているらしい。何だか気恥ずかしくなって俯いてしまう。

 それから顔を上げて、彼にこう言った。


 「産まれて、初めて、すごく、すっきり、しました、おとうさん」

 

 今のわたしはどんな顔をしているのだろうか。

 多分、笑えている気がする。

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