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仮面博士の愉快な日常  作者: 凍々
3/15

彼女は■■され、■■され、■に至ったか。

 とある少女の話。

 彼女は生まれついてから不幸の連続だった。

 実の両親とは離別している。彼らは望まなかった子だと、産まれてすぐの彼女を孤児院の前に放置し、消息を絶った。真冬の深夜に捨てられてしまった彼女は危うく死ぬ所であったと言う。

 そのまま■■孤児院で引き取られ、そこで育った彼女はある時を境に仲間であるはずの子供達、果ては先生に至るまで酷く苛められる事となった。■■孤児院の院長は重度の小児愛病者で、それまでにも多くの被害者が出ていたものの、院内ぐるみで隠蔽を図っていた為表沙汰にはなっていなかった。憐れにも彼女も標的にされてしまった。必死に抵抗した彼女は――院長に怪我をさせた。怪我はほんのかすり傷程度であったとされているが、逆恨みの上激昂した院長は彼女に対し、肉体的にも精神的にも虐待を始める事となった。庇ってくれていた子供たちも先生もいつしか加害者側に回り、彼女の味方は誰もいなくなった。外へ救いを求めることができなかった彼女はただただ耐えるしかなかった。

 虐待は続き、いつも彼女は見えるところも見えないところも傷だらけだった。死ぬ間際まで追い詰められていた■歳のある日、彼女を引き取りたいという里親が現れた。■■孤児院は彼女を追い出すように早急に手続きをし、最後に念を入れて彼女へ脅しをかけ、そして里親の元へと送り出した。ちなみに彼女の傷や怪我は自傷癖によるもので私達は何度も止めていたと、里親となる人物には説明をしていた。

 夫婦は■■歳頃の中年の男女で穏やかそうな雰囲気であった。救われた、助かったと彼女が思えたのはほんの一瞬だった。

 里親の家へと着いた彼女は直ぐ様地下室へと連れて行かれた。何が起こるのか期待に胸を膨らませていた彼女を里親夫婦はいきなり隠し持っていた鈍器で殴打した。訳も分からず、恐怖と混乱で泣き叫ぶ彼女に対し、里親夫婦は更に殴る蹴るの暴力を加えた上、これ以上喚かないように彼女の喉元を切り裂いた。彼女はあまりの痛みに気を失うが、次に目覚めた時、喉元の傷は縫合により塞がっており、治療された痕跡があった。

 里親となった■■夫婦は共に医師であり、普段は自身所有の診療所で地元の信頼される医師として振る舞っていたが、裏では傷つけ壊し毒物を与え、それを治療してはまた傷つけると言う猟奇的な側面を持っていた。彼女以前にも身寄りのない子供を引き取っては地下室で監禁し同じ凶行を繰り返していた。動かなくなったら次を探す、まるでスーパーで買い物でもするように。そして今回は彼女が選ばれてしまった。

 凶行は毎晩のように続き、以前とは比べ物にならないほどの傷を多く残した。ある時は麻酔なしで指先を徐々に切断された。またある時は毒物混じりの食べ物を与えられ、内蔵が溶けていく感覚を味わった。局所麻酔の上、自らの腹部を切開され、その光景を見せつけられた。血液を強制的に抜かれ、出血により生死の境をさまよった。何かの劇薬を背中に散布され、皮膚が酷く爛れた。■■夫婦はそれらの光景を見て、満足げな笑顔を浮かべていた。彼女にはそれが酷く冷酷なものに見えて恐怖を感じた。

 夫婦が診療所にて就業している間は彼女は地下室に放置されていた。叫んでも声が出ないから誰も助けてくれない。手足はベッドに固く繋がれたまま動かせない。舌を噛んで死のうにも猿轡を噛ませられそれも出来ない。栄養は主に点滴と胃ろうからの摂取だった。栄養状態は問題がないものの運動能力は格段に低下していき、枯れ木のように体は痩せ細っていった。

 命は繋がれていたがもはや彼女にこの悪夢から逃れるすべはなく、絶望の淵でただ日々を過ごす以外なかった。

 里親に引き取られ■ヶ月経ったある日の事。逃げる意思も抵抗する気力ももうないと判断された彼女はベッドからの拘束を解かれ、地下室の片隅に乱暴に放置された。

 打ちっぱなしのコンクリートの床の上で、彼女は力なく横たわる。痛みのせいでろくに眠る事も出来ず、幻覚を見るほどだった。服はなく、申し訳程度の布切れを纏っているだけ。髪は随分前に無理に刈り上げられてしまった。両足は放置される前に骨を折られ、ギプスで固定されており、何かの支えがなければ立ち上がることも不可能だった。

 天井に吊るされた裸電球が唯一の照明であり、その他は暗闇に満ちている。彼女の目は漆黒にそまり、絶望しか映らない。

 ■■夫婦の医療技術が天才的だったのか、彼女の生命力が優れていたのか、死が迎えに来ることはなかった。

 そんな中、彼女は視界の端にあるものを見つける。それは暗闇の中ぼんやりと発光しているようだった。

 初めは見間違いか幻覚の類いかと無視をしたが、一度目を閉じて開いてもそこには変わらずそれは存在していた。

 痛みと不眠のせいで視界も意識も朧気ではあったが、彼女はそれに向かって動き出した。動かない両足と痛み続ける身体を引き摺って、床をもがきながら少しずつ近づいていった。

 震える手で見える位置まで引寄せるとそれは一枚のカード状のものだった。掌に収まるぐらいの小さなもので、白地に赤色の何かの文字と仮面を付けた男性のイラストが描かれていた。男性は両腕を大きく広げた格好で誰かに呼び掛けているように彼女には見えた。そして彼には台詞の吹き出しが付いていた。

 

 ―絶望の淵に沈むまだ見ぬ隣人へ、君の望みを叶えよう!


 吹き出しにはそう書かれていた。読んだ途端、彼女の静かだった心臓が急に騒ぎ出した。

 彼女は思う。自分の状況を知っている誰かがいるのだろうか。それともあの夫婦の悪趣味な悪戯だろうか。それともこれは幻覚、夢の中のことなのだろうか。

 カードを手に取る。サラサラとした感触と大きさの割りにしっかりした重みが感じられた。

 夢ではないと彼女は思った。力ない視線でそれを見つめる。

 わたしの望み、と声もなく呟く。

 暫くの沈黙の後、彼女は乾ききっていなかった傷口から滲み出る血をもって、カードの空白に震える指でゆっくりと一文字ずつ記していった。


 ―わたしを、たすけてください―


 すると、カードが一際輝きだした。彼女は驚いてそれを取り落としてしまうが、次の光景に更に驚く事になる。


 ―OK!迎えに行くよ!良い子で待っていてね!―


 男性の吹き出しの文字がカードに吸い込まれるように消え、代わりに返答と思われる文字が浮かび上がってきたのだ。思わず彼女は後ずさる。

 カードは文字を再表示した後、ゆっくりと光を失い、文字もイラストも消えていき、ただの紙に戻ってしまったようだった。指でそっとつついてみるが何の反応も返ってこなかった。

 やっぱり夢だった、こんな光景はあり得ないもの、と彼女は大きく肩を落とした。

 彼女は力なくゆっくりと目を閉じた。身体の感覚が徐々に無くなっていくのを感じていた。先程の動きでどうやら限界が来たらしい、と彼女は悟った。

 目蓋の裏には相変わらず暗闇しか映らない。終わりの今に至っても走馬灯を映す事もない。嬉しさも寂しさもなかった。

 

 そうして彼女は動かなくなった。

 コンクリートの床の上、ただ一人。

 ■歳の短い生涯だった。


 とある少女のお話。

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