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仮面博士の愉快な日常  作者: 凍々
2/15

目覚めた、わたしと、彼

 初めに音が聞こえた。何かが泡立ち、流れていく音。

 ――わたしは、いったい、どこに、いるの?

 次に肌に触れるものがあった。細かく、大きく、ゆっくりと泡らしきものが絶えず肌を滑っていく。

 ――やわらかくて、すごく、きもちが、いい。

 最後に光を感じた。閉じたままの目蓋越しにも分かる眩しくも暖かい光を。

 ――だれかが、よんでいる?わたしを?

 ――おきなくっちゃ。

 

 わたしはゆっくりと目を開く。

 始めにぼんやりとした視界が段々と鮮明になって、見えてきたのは真っ白な天井と手術をする際に使われる大きな照明だった。照明には電気は通っていない。光を反射させるための銀色の部分にうっすらとわたしらしきが幾つも写っていた。

 とりあえず身体を起こそうとしたけれど、力が入らない。

 痛みはないが酷く身体が重い。背中や手足がぴったりと縫い付けられてしまったように、どうにも動ける気配がしない。

 誰かを呼ぼうと口を開いたけれど、声が出ない。

 回りに誰かの気配はない。音もなく静か過ぎる所。

 ここまで来たら不安や焦りも出るはずなのに不思議とそんな気持ちは微塵も感じられなかった。混乱が度を越しすぎて、思考が停止しつつあったのかもしれない。

 ぼんやりと天井を見続ける。すると、少し遠くで扉らしきものが開いて閉まったような音が聞こえてきた。

 その直後にカツカツと靴音が聞こえてくる。ゆっくりとだけど、段々と近づいてきている。

 かつん。わたしの側で靴音が止まった。

 相変わらず身体は動かないので、視線だけそちらに向けてみると、わたしを覗き混むように誰かが立っていた。薄灰色の髪をオールバックに、キッチリとしたスーツ姿、それとおかしな仮面を付けたほっそりとした人だった。生身の部分は今の所両耳と首しか見えないけれど妙に青白く見える。

 仮面は黒を基調にしたもので、目の部分には濃い灰色のレンズが嵌められていて瞳は見えない。鼻と口に当たる部分にはそれらの代わりに鳥の嘴のようなものが突き出ている。

 スーツは多分紺色の上下で白の細いストライプが入っている。シャツは水色。スーツと同じ柄のネクタイを締めて、上着の内側には紺色のベストみたいなものが見えた。

 多分男性だ、と見える限りの情報で推測した。仮面のせいで表情は見えないが、髪の感じからすると高齢なんだろうか。

 彼は何をするわけでもなく、こちらを覗き込んだまま動かない。視線は見えないが、見つめられていることは分かる。

 ――ここは、どこですか?あなたは、だれ、ですか?

 わたしはそう話そうとしたけれど、やはり言葉は出ず。パクパクと口を動かすだけになってしまった。

 すると、彼は驚いたように両手を上げ、その手をそっと私の頬に添えた。大きく、やや筋ばった冷たい手だった。

 「……愛しい()()()()よ、お目覚めかね」

 仮面越しに聞こえた声はくぐもっていたけれど、手の冷たさとは反対に暖かく優しい声色だった。

 ()()()()?ここには彼とわたししかいないはずなのに?

 不思議に思い、再び話そうとするけれど、やっぱり声が出ない。

 「あぁ……まだ発声器官が馴染んでいないようだね。君の声が聞けないのは残念でならない……!」

 と、片手を額に添えて、彼は嘆いているような素振りを見せている。

 「でも大丈夫さ、我が子達よ!私は読唇術を心得ている!この私、我が子達の父が!君の疑問に一つ一つお答えしよう!」

 嘆きの素振りから一転、バッと両腕を広げ、自信満々の様子で彼は笑った。わたしはびっくりして瞬きを何度もしてしまった。

 わたしからの疑問を待っているのか、彼はそのままの姿勢で沈黙している。

 ――わたしは、いま、どこに、いるの、ですか?わたしの、ほかにも、だれか、いるのですか?

 ――からだが、ぜんぜん、うごかなくって、こえも、でません。わたしは、なにかの、びょうき、ですか?

 ――あなたは、だれ、ですか?わたしの、おとうさん、なんですか?

――わたしが、だれかも、なにも、おもい、だせなくって。きを、わるく、したら、ごめんなさい。

 彼に向かって視線を合わせて、今の思いをのせて、ゆっくりと口を動かした。

 私の音無き言葉に合わせて、彼は相槌を打つように何度も頷いていた。

 一頻り伝え終わった後、彼は私を抱き上げた。バチバチと何かが私の身体から剥がれていく感覚があったけれど痛みはない。私を抱き上げて胸に納めた後、私に頬擦りをするような仕草をとった。仮面越しだったのでちょっぴり痛かった。

 暫しの沈黙の後、彼はゆっくりと歩き始めた。

 「……賢き愛しい我が子達よ、では話そうか!私の事は新たな父、もしくはドットーレと呼びなさい!まずは君が産まれた訳を話そう……!」



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