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仮面博士の愉快な日常  作者: 凍々
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閑話:博士と煙の夜話

 真夜中にベルが鳴った。

 ベッドサイドに置かれた小さなベルが吊るされた置物が気づいて欲しいと言わんばかりに部屋に鳴り響いている。

 嫁との■■の中でも聞こえる澄んだ金属音。

 これが鳴るという事は、親父殿からの呼び出しだ。

 嫁を攻めつつ、横目でベルの鳴るのを暫く見ていたが、鳴り止む気配はない。むしろ音が激しくなっているようにも思える。

 攻める動きを止め、一つ大きく息を吐いた。

 俺の下になっている嫁と目が合う。汗ばみ、高揚した肌。■■に満ちた眼差しがこちらを刺し、俺は罪悪感を感じた。

 そりゃあ俺だってこの状況から行きたくはねぇさ。だが、この時間からの呼び出しという事は急を要する案件だろう。

 「……悪いな、親父殿からだ」

 すがるような嫁の視線を振り切り、ベッドから抜け出す。服を着る最中も無言だが彼女の視線は俺にあった。

 出掛ける間際、嫁を抱き寄せた。彼女の腕がするりと俺の背中に回る。理解はしているのだろうが、少しでも引き留めたいのだろう。少し長い爪が服越しに食い込む感覚、細やかな抵抗が見える。

 俺は宥めるようにそっと耳元で囁いた。

 「続きは帰ってからな、……寝かせねぇ位にしてやるからよ」

 嫁はゆっくりと頷いて、名残惜しそうだったが回した腕を解いた。うっすら見えた横顔は照れていたのか耳まで真っ赤に染まっていた。

 なるべく早く帰る、と言い残して俺は父の元へ向かった。


 煙になれば家までは一瞬だ。嫁の元から離れて秒で父の部屋まで辿り着いた。

部屋は薄暗く、やや埃っぽい空気が漂っている。天井まで届くような本棚が立ち並び、その中にはあらゆる世界の蔵書や研究結果が詰まっているらしい。それらは円を書くように配置されていて、中央に開けた広間のような場所がある。

 広間は応接室も兼ねており、ソファーが4脚、低めの大理石で出来た長テーブルを囲むように配置されている。テーブルの上には俺の部屋にあるベル付きの置物と照明があり、その一角は明るい。そこに父はいて、何か読み物をしているようだった。

 本棚を抜けて、実体化すると、父はすぐにこちらへ視線を向けた。

 「来てくれたかね、フール!」

 待っていたのだよ!と腰掛けていた椅子から跳ねるように立ち上がった。

 「……生憎と嫁と■■■■してたがよ、呼ばれれば来るさ」

 皮肉混じりで俺はそう言うと、近くにあったソファーに腰掛けて、目の前にあったテーブルに足を乱暴に投げ出した。

 父はこほんと一つ咳払いをして、それは失敬した、気まずそうに呟いた。

 「夫婦仲良くて何よりだ!孫の顔が見れそうで父は嬉しく思うよ!」

 万歳も付けて、いつもの調子に戻って父はそう宣う。

 全く調子が狂う事この上ないが、このマイペースな父に空気を読めと言う方が間違っている。暖簾に腕押し、糠に釘、苛つくだけ時間とエネルギーの無駄だ、と俺は半ば諦めている。俺は長めの溜め息を吐いた。 

 「……んで、こんな時間に何の話があるんだ?」

 あの召集のベルが鳴る時は何か個人的に話をしたい場合に父が鳴らす。あのベルを持つのは父と俺だけ、直通のホットラインのようなものだ。所有者以外には鳴らせず、所有者以外には聞こえない。さっきも俺にはベルの音が煩いぐらいだったが、嫁には聞こえていなかった。父が作ったものだが、俺以外にも聞こえるようにしてもらえないだろうか……。嘘は言っていないが、呼び出しの度に嫁に謝らなければいけないのは彼女に申し訳がない。

 俺の行儀の悪さは目に止めず、父は居住いを正して俺の向かいのソファーに座り、話を始めた。

 父が纏う雰囲気が変わる。まるで機械のような冷静さだ。

 「君を呼んだのは他でもない、長男として聞いて貰いたい事柄だ!新しいきょうだい、ワンズの事についてなんだがね……」

 「ほう?あの娘に問題でもありそうなのか?声が出ない以外は別段ないように見えたが」

 「君も言った通り、声帯の機能不全は目立っているがそれ以外は控え目で理知的なレディで間違いはない!」

 「だったら何が問題だ?親父殿よ」

 「()の彼女等には問題はないが、()()の彼女には少々引っ掛かる所があってね」

 「素体になる前の話か、結構集めてきたんだろ?」

 「そうだ、救われない理不尽な悲劇に嘆く子等を出来るだけ見つけて、出来るだけ連れてきた。あの中にあの子もいたのだよ」

 「そこまでは俺も聞いているが、その後か」

 「その子等を凝縮して、最終的に固定されたのが彼女だった訳だが……、さらった記憶と実際の記録に()()があるようなのだよ」

 「記憶違いか記録が誤ってるって事か?だが、そんなに問題にする事でもない気がするが……」

 「記録は間違っていなかった。■■■■■という少女は実在したし、彼女を引き取った孤児院も里親の夫婦も実在していた」

 「じゃあ虐待やらが間違っているという事か?それじゃ……!」

 「いや、虐待の事実もあった」

 「……言っている意味が分からんぜ、親父殿。以前のアイツも存在していて、孤児院の奴らや里親が虐待してたってのも事実なんだろ?どこに差違とやらがあるんだよ?」

 ここまで聞いても父の真意が分かりかねない。まだ深部に達していないからなのか。

 父は少し間を開けて、言った。

 「……その事実があったのは今から60年前の事だからだ」

 一瞬、耳を疑った。

 「……どういう事だ?だってアイツは……」

 「どう見ても10代そこそこの少女にしか見えんだろう?迎えに行った時の彼女もそうにしか見えなかった。肉体年齢も精神年齢も準じていたよ」

 まだその時には彼女には能力(ギフト)やそれに類するものはなかったはずだ。あれば虐待なんて逃げ出せた。むしろ、そんな能力(ギフト)があれば、俺達や別の組織にも知れていたはずだ。俺の記憶にはそんなものは一切ない。

 「じゃあ何だ、タイムスリップでもしてきたってのか?」

 我ながら安易で突飛な意見が出る。だが父は首を横に振る。

 「そう考えるのが自然ではあるが、配達屋君にはここ数年の範囲で、尚且つ年若く抗う術もない子等にしか頼んでいないのだよ」

 「配達屋か、アイツが仕事を間違うとも思えんな」

 人外の世界には様々な仕事人がいるが、その中でも随一の実力を備えた集団、便利屋同盟(オールラウンダー)がいる。父も上得意様らしいが、依頼があれば即座に駆けつけ、依頼主のどんな注文にも完璧に答える。掃除屋、配達屋、修理屋、銀行屋、料理屋、記録屋等、個々が業務を名前にし、その道では他に出るものはいない。様々な人脈から絶大な信頼を得ているのだ。

 俺も仕事を頼んだ事があるが、彼等の仕事には無駄がなく、早く、確実丁寧にこなしてくれていた。

 「その通りさ!念の為確認もしたが、彼の仕事には間違いはなかった。記録屋君の記録にもしっかり残っていたのでね!」

 「なるほどな、記録屋も絡んでるなら余計に間違いないだろ」

 「実に彼等は仕事熱心で素敵だ!」

 「そうだな、便利屋同盟は有能だよ、全く」

 一瞬だけ、場が和んだが、すぐに空気は張りつめる。

 「更に衝撃的な事実を伝えるとすれば、■■■■■と言う少女はその虐待の直後亡くなっている。それも60年前の事、記録屋君に合わせて確認済みなのだよ」

 記録も記憶も間違っていない。実に不可解だ。

 「益々訳が分からんな……。つまり、アイツは何なんだ?」

 「考えられるのは幾つかあるがね……、一つは現代において同姓同名の少女がいて、60年前と全く同じ状況で死亡した説。もう一つは何らかの方法で時を越えて現れて死亡した説。もう一つは考えたくはない説ではあるが、一番可能性の高い説だ」

 「可能性が高いってのは俺等寄りの奴らの仕業か」

 「恐らくは、だがね。一つ目の説に付随したものではあるが、意図的に過去にその事件を起こし、巧妙に精巧に再現して、意図的に新たに作った彼女を虐げ、意図的に私に救うように仕掛けた。全くもって長い計画だよ」

 「随分手の込んだ事だな、俺等が調べるのも折り込み済みって事だろうがよ」

 「彼女だけではなく他の子等にも同じ事が見られたが、一番彼女が一番顕著だった。つまりは……」

 「奴等が潜在的なスパイとして送り込んだって事か……?もしくは引き換えに何かを欲しているか。心底胸糞の悪い奴等だな。因みにその事実はアイツは知ってるのか?」

 「いや、ワンズ自身には過去の記憶はない。気にかかる事が見受けられたのでね、申し訳ないが全て消させてもらった。今ある過去の記憶は素材の子等の寄せ集めだ」

 「そうか、なら大丈夫か」

 俺は内心胸を撫で下ろしていた。もしかすると、俺は彼女を手に掛けなきゃならんと思ったからだ。きょうだい同士で争うなど不毛でしかない。

 「さて、私は少々怒っているのだよ、フール」

 「少々ではないだろうよ、親父殿?」

 父を囲む空気が怒りで満ちている。テーブルを挟んでいるからまだ耐えられるが、ピリピリと殺気に近いものが肌を刺してくる。仮面の裏も酷く怒りで歪んでいることだろう。俺も苦笑いしか出来ない。

 「……そうだね。少々ではない、私は大いに怒りを感じている!訳も分からず、罪もない子等を自らの欲の為に贄に差し出すような外道にはね!」

 言葉の最後に父は激しく目の前のテーブルを叩いた。衝撃で部屋全体が揺れる程だ。振り下ろした先も陥没したように砕けている。俺も若干だが飛ばされかけた。

 親父殿がキレるとこれだから困る。普段怒り慣れていないから手加減ってものがないからだ。俺は過去に何度も見てきているから多少耐性があるが、アイツ(ワンズ)の前でやったら卒倒するぞ。

 「ならどうするんだ、親父殿?どうせ当てはついてるんだろ?」

 俺の問いに父は一旦殺気を収めて、懐から一枚の写真を取り出し、テーブルの上に広げた。

 そこには少女が手術台の上で仰向けに寝かされているものが写っていた。胸元から足までは布が掛けられている。僅かながらワンズの面影があるが、暴力を受け続けた顔には幾つもの痣や傷で一杯だった。恐らくは布の下も同じ状態だろう。

 自分の中に怒りと憎悪が満ちて行くのが分かる。ピキリと額に青筋が走った。

 そして、もう一枚父は写真を取り出し、先の写真に被せるように置いた。

 そこには先程の彼女が俯せになったものが写っていた。やはりどこもかしこも痣と傷ばかりだ。だが、背中の中心にそれらとは違う何かの刻印が刻まれていた。ただ傷ついてしまい良くは分からない。下には文字が書かれているが、それも判別できない。

 「さらにもう一枚ある。これは彼女に時間逆行処理をしたものだ」

 椅子、恐らくは身分の高い者が座るような玉座と呼ばれるものに羽が生えたようなデザインが見てとれる。そして、そのデザインの下には二行、文章が刻まれていた。


 ――極上の贄を、捧げます、我等の神よ

 ――我等に知恵を、豊穣を、救済を、お与え下さい


 「これはまだ連れてきた彼女の背中にあったものだ」

 「ん?これは……」

 見覚えがある。忘れようにも記憶の端にこびりついている。顔を上げると父は目線を合わせて、俺の考えを肯定するように一つ頷いて見せた。

 「そう、これは救済を謳ってはいるが、利益を求める為には手段を選ばない、我等人外を神と崇めるが内心は蔑視している、道具としか考えていない輩の集り。空白の神の座のシンボルだ」

 シンボルの下にあった二行は奴等の常套句だ。身寄りのない子等や老人を匿い、表向きは慈善団体として通っているが、裏では超常の力を得る為の生贄として彼等を利用している。無差別に生贄を送り、手当たり次第に力を寄越せと迫る、俺達の世界でも面倒な奴等として知れている。返答する奴はそうはいないが。

 「奴等ならやるだろうな、俺達にもまだ執着しているしよ」

 「全面的に潰しに行こうかと思うのだが、どう思うね?」

 ほう、親父殿の口から潰すなんて言葉が出るとは!ここ300年は聞いてない台詞だな!

 「俺としては全く問題ないぜ?むしろ賛成だな」

 嗚呼、確定だ。完璧に親父殿は怒っている。少なくとも俺では止められねぇ。奴等はもう終わりだ。

 「そうかね!以前にも彼等には()()()()()してあったはずだがね、どうにも伝わらなかったようだ。全く人間というのは過ちを繰り返す……、実に愚かだ」

 「仕方がないだろうさ、人間なんて根っこは皆同じだ」

 どんな人間だろうと、少なからず欲はある。俺等の力に惹かれ、近づこうとする奴等は数知れない。夢で終わらせとけばまだ可愛いもんだが、時に境界線を踏み越える馬鹿がいる。奴等はその典型だ。

 「これから向かうが、着いてくるかね?」

 「……今からか?」

 まるで近くに買い物でも行く誘いのような問い。いつもながら父のフットワークの軽さに感心した。

 「……私が間違っていたのだよ、フール。小さくとも芽は以前に摘むべきであったのだ」

 言葉の端々が震えている。怒りを抑えているのが分かる。

 「親父殿がそう言うなら、長男としては異言はねぇさ。だがなぁ……、今からか……」

 「何か用でもあったかね?」

 この状況で言うべきではないとは分かっているが、言わなきゃならん。男としてはな。

 「実はよ……、嫁を待たしてるんだ、約束でな」

 言い淀んだ俺の言葉に父は口元に手を当て、しまったという仕草を見せた。

 「これは失敬した!ならば結構は明日にしよう!営みは恙無く済ませてきたまえ!」

 アンタの呼び出しで中断したんだが、という言葉が出そうになったが何とか留める。

 「悪いな、親父殿……、恩にきるぜ」

 「さあ、愛しい淑女を待たせてはいけない!帰ったら義父が謝っていたと伝えてくれたまえ!」

 「おう」

 別れの挨拶もそこそこに俺は再び煙になり、するりと部屋を後にした。

 嫁への気持ちも募るが、その前に奴等への殺意が身体を満たしていた。

 ――殺す、ぶっ殺す、同じ目に合わせるだけでは足らない、根絶やしにしよう、遺恨も残さないように全部だ。

 だが、まずは嫁の元へ帰らねば。思ったよりも時間が掛かってしまった。

 嫁は拗ねるとご機嫌取りが難しいからな。途中で■■でも拐って行けば、少しはましだろうか。

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