4人目の■■、優しい■■
小刻みではあるが、部屋の揺れはまだ続いている。
わたしは下から何かが徐々に近付いてくる気配を感じていた。
「ワンズ様、大丈夫デスカ?」
側にいたマザーさんが私を起こしてくれた。
怪我がないかとわたしを見てくれたが、どこも異常は無さそうだった。
「「大丈夫、ワンズ?びっくりしたね」」
駆け寄ってきた双子の兄と姉、アーとゼタは心配そうな雰囲気でそう言った。
フールは立ちあがり、不機嫌そうにあちこちと服についた埃を払っていた。
「ったく……、毎度毎度の事だがアイツは普通に来れねぇのか……?」
父は倒れていなかったようで、いつの間にか椅子に腰掛けて、優雅に本を広げていた。父はそのまま本から顔は離さずに、
「フールよ、アニマは君達の様に転移は出来んのだ、仕方あるまい?」
ページを捲りながら、兄に諭すように言った。
「まぁ、そうなんだがな」
「安心したまえ!この家は安心・安全・信頼第一のDW興業の特一級設計士のお墨付きだからね!」
「「だからね」」
父は胸を張ってそう言うと、双子がそれに続いた。兄はそれを見て、額に手を当て呆れたように大きくため息をついていた。
あれだけ自信満々に言っているのだから、きっと大丈夫なんだろう。訳が分からないのは相変わらずだが、父の言う事には何だか信頼が持てる気がした。
「分かってるよ、その話は毎回聞いてるっての……」
そう言いながら、兄はするりと煙に姿を変えてわたしの目の前に現れ実体化した。
「大丈夫か?アイツが帰って来る時は大体こうなんだ」
兄の現れ方はどうにも慣れない。驚いて目を白黒させていると、兄はわたしを軽々と抱き上げて、父の方へと歩き始めた。
「まぁそろそろ来るだろ、なぁ親父殿?」
「ふむ、そのようだ!」
父は読んでいた本を閉じて、立ち上がった。
それと同時位に兄と私の後方の床が突如陥没した。音もなく、部屋に直径3m程の大きな穴が空いたのだ。
幸い誰もいない場所にその大穴は表れた。兄の背越しに見るが、その部分をそっくり切り取ってしまったように見える。ぽっかりと空いたその穴は光が見えず真っ暗で、少し冷えた空気が流れてきている。
何が来るのだろう。本当にあんな所から家族が出てくるのだろうか。
半信半疑で穴の方を見つめていると、ぐっと中から一本腕が出て穴の縁を掴んだ。思わず、目が点になる。
わたしの何倍もありそうな大きな人の腕。肌も見えない位指の先まで包帯が巻かれていて、所々に赤い染みが見える。恐らくは血だろうか。痛々しく見える。
続けて逆の腕が縁を掴む。こちらも大きいが、先に出てきた腕とは違い、まるでぬいぐるみの腕のように丸くて、焦げ茶色の毛足の長いふわふわしたものだったが、不釣り合いな鋭い爪が5本備わっている。
あの腕は同一人物のものなんだろうか。驚きを隠せない。
「ああ、あれは間違いなく俺の、お前のきょうだいだよ。これで驚いてたらこの後はもっと驚くぜ?」
兄がわたしの心境を聞いたのか、そう誂うような口調で語る。その言葉を聞いて双子もうんうんと頷いていた。
しかし、腕は出てきたものの一向にそれ以外の姿を見せそうになかった。
気づけば表れた腕の側に父が移動していて、両腕の丁度間の部分に立って穴を覗き、何やら穴に向かって語り掛けているようだが声は上手く聞こえない。揃って双子も穴の回りで駆け回りながらどうやら呼んでいるらしい。
「……ふむふむ、そうかね!少し待っていたまえ!」
穴を覗いていた父がこちらを振りかえる。
「ワンズよ、どうやらアニマは君に会うのが恥ずかしいらしい!それと驚かしてしまうかもしれないと心配しているようだ」
彼はとてもシャイでね!と父はわたしにそう告げる。
「確かに少々個性的な格好ではあるが、間違いなく私の可愛い我が子だ!どうか驚く事はあっても怖がらないで欲しいのだよ、出来るかね?」
皆の視線がわたしに集まっているのを感じた。恥ずかしさからつい顔を伏せてしまう。
仲良くできるか、と言う事については恐らく大丈夫だろうと思っている。だって、フール兄や双子のアーとゼタの姉兄、マザーさんも父もわたしに好意的に接してくれているように思えるからだ。まだ、知り合ったばかりだから探り探りなのかもしれないが。それでも、何か悪意を持っているとか裏があるとかは感じない。
わたし自身には家族やきょうだいの記憶がないから、どうやって接していけば良いのかが分かっていない。つまり、会ってみないと分からない、と言うのが正直な所だった。
とりあえず顔を上げ、父に肯定の頷きを返す。すると、父は両手を上げて嬉しそうにありがとう!と言った。
「さて、アニマよ、新しい君のきょうだいが待っているよ!そろそろ出ておいで!」
父は再度穴に向かい、声を張った。しかし、穴に声が木霊するだけ。アニマと呼ばれた兄は一向に動かない。父はがっかりしたように床に崩れ落ちた。
その後も気まずい沈黙が続いた。やはり彼は出てきてくれそうにない。……なら、わたしから、動かなきゃ。
――おにいさん、わたしを、おろして、くれますか?
意を決して、わたしを抱き上げていたフールにそう伝える。彼は一瞬驚いた顔をしたが、にっと笑い、わたしを床に下ろしてくれた。暫く抱かれたままだったので、足元がやや落ち着かないが、ゆっくり歩く分には問題なさそうだった。マザーさんが支えてくれようとしたが、大丈夫と断りを入れた。
一歩、一歩、わたしは穴に向かって歩いた。歩みを進める度に鼓動が大きく早くなるのを感じていた。これは怖さではない、これは期待からだ、と自分自身に言い聞かせながら歩いた。
思ったよりも時間が掛かってしまったが、わたしは大穴の手前まで辿り着いた。縁を掴む彼の手だけでもわたしの背ほどあり、近づくとより大きさに圧倒される。まるで大きな柱が立ち並んでいるようだ。本体はもっと大きな人なんだろう。果たしてこの部屋に収まるんだろうか。
父の横を抜けて、わたしはアニマと呼ばれた兄の手にそっと触れてみた。直後、驚いたようにびくりと彼の手が大きく跳ねて、わたしは弾き飛ばされそうになってしまったが何とか堪えた。回りからは安堵と不安混じりの声が聞こえてくる。
気を取り直してもう一度、触れてみる。今度は跳ねはしなかったものの微かに震えているのが分かった。
――はじめまして、アニマ、おにいさん。わたしは、ワンズです。ご挨拶に、きました。
――声は、出ませんが、こうやって、お話は、できます。
――宜しく、お願い、します、おにいさん。
触れながら、心で話してみる。多分この距離なら伝わるはず。
彼の震えは止まっていた。大穴の底から微かに低い唸り声のようなものが聞こえたと思ったその直後だった。
また部屋全体が揺れ始めた。先程よりも強い揺れだ。何かの支えなしでは立っていられず、思わず近くの彼の手にしがみつく。同じく恐らくは彼の開けた大穴を中心にグラグラと揺れている。めきりと何かの砕ける音も聞こえ始めて、しがみついた彼の手に力が入っているように思えた。もしかすると、彼が登って来ようとしているのだろうか。
「「アニマが来るよ、来たよ!」」
揺れの最中でも双子のアーとゼタは楽しそうな様子ではしゃいでいるのが見えたが、バランスを崩したのか穴の中へ落ちてしまった。咄嗟にその先を見るが、真っ暗で何も見えそうにない。何処までも続く暗闇に二人は落ちてしまったのだ。
わたしが声を掛けたから?だから、アニマと呼ばれる彼は怒ってしまった?そのせいで双子の兄姉も落ちてしまった?取り返しの付かないことをしてしまったのかと、底知れぬ不安がわたしを襲う。
「ワンズよ、心配は無用だ!二人は先にアニマに会いにいっただけさ!弟が心配になったのだろう!」
気づけば、父も側にいてわたしを庇うように立っていた。部屋の揺れは激しさを増し、ミシミシと家具も床も天井も崩れそうな悲痛な音を響かせている。
「さあ、そろそろ出てきてくれるようだ!」
父がそう叫んだとほぼ同時に、目の前に巨大な何かが土煙と床の残骸を伴いながらゆっくりとせり上がってくるのが見えた。
まず見えたのは若干癖のある金髪が半分と毛足の長いモコモコした肌、熊のように丸い耳が付いている。先程から見えていた片手と同じだった。良く見ればその上には先程落ちたと思われた双子がちょこんと座っていた。こちらに向かって手を振っている。良かった、生きていたようだ。
次に目が見えた。片目は大きなボタン、雑に糸で止められているようだ。もう片目は深緑でややたれ目の感じだ。辺りを警戒するようにキョロキョロと忙しなく動いている。
天井すれすれまでせり上がった所で彼は動きを止めた。部屋の揺れも同じく収まっている。顔の半分までしか出てくる事が出来なかったようだ。因みに双子達は途中で彼の頭を飛び降りて、今はわたしの側にいる。
まるで大きなぬいぐるみと大きな人が半分半分でくっついているような不揃いな光景だった。この彼がアニマと呼ばれたわたしの兄と言う事らしい。顔だけでこの大きさという事は全体はどれだけ大きな人なんだろうか。
わたしは彼を見上げる形になっている。ただただ大きさに圧倒されていた。多分今までの人生でもここまでの大きな人は見たことがないはずだ。
忙しなく動いていた片目がわたしを捉えた。思わずギョっとしてしまう。深緑の目に驚いているわたしが鏡のように写っていた。
「ききき君が、あああ新しい、ききききょうだいかな?」
声は思ったより大きくはないが吃りがちな口調で彼は言う。喋るだけで部屋の空気が揺れた。わたしはおずおずと頷きを返すと片目がにこりと笑っているように動いた。
「ももももう、ききき聞いていると、おおお思うけれど、ぼぼぼ僕は、あああアニマ、ききき君の、おおお兄さんだよ、よよよ宜しくね!ささささっきは、おおお驚かせちゃった、みみみみたいで、ごごごごめんね」
わたしはまた頷いた。どうやら怒っていた訳ではなかったようだ。彼の頬がほんのりと赤くなっている。照れているのかもしれない、と思った。
「「アニマ、会えて嬉しい!」」
双子は声を揃えて彼に言う。彼は嬉しそうに目元を緩ませる。
「おう、アニマ、久し振りだな」
「アニマ様、オ元気ソウデ、何ヨリデ、ゴザイマス」
また大きくなったか?とフールが声をかけるとまた彼は嬉しそうに微笑んだ。
「ふふふフール兄さん、あああアー姉さん、ぜぜぜゼタ兄さん、みみみ皆、ひひひ久し振り、おおおお父さんも、まままマザーも、ひひひ久し振りだね」
彼が声を掛けると皆嬉しそうに笑っていた。
「おお!やっと声を掛けてくれたかね!忘れられていなかったようで父は嬉しいよ!」
余程嬉しかったのか、両手を高く上げて、彼に大きく手を振っている。
「そそそそうだ!」
彼は何かを思い出したように、そう言うと、人の手を一度引っ込めて、再度わたしの前に差し出した。先程はなかった小箱のようなものが、小指に巻かれた包帯に括り付けられていた。
開けてみて、と言う彼に促されて、小箱を取り中を開けてみると、中には一つの透き通った結晶のようなものが入っていた。見た目に反して綿のように軽い。わたしの手に収まる位のそれは光を受けてプリズムのように様々な色で輝いていた。
これは、と彼の方を見ると、彼は目元を緩ませて、
「そそそそれはね、つつつ告げる石、ききき君に、あああ危ない事が、おおお起こりそうな時は、いいい色が、かかか変わって、ししし知らせて、くくくくれるんだ」
普段は虹色に光っているが、何かを身の回りの危険を察知した場合には、赤く濁り光らなくなり、徐々に重くなると教えてくれた。お守りとして持っておくといいが後で加工してあげよう、と父が付け加えてくれた。
ありがとうございます、とお礼を伝えると、彼は目を細めてふふふと嬉しそうに笑った。
わたしは思った。確かに体は凄く大きいし、見た目も随分変わっているけれど、優しい人なんだと。父が言っていた、仲良くできるか、と言う事に関しては問題はなさそうだ。
ここまでで、きょうだい、と呼ばれた人達はこれで4人現れた事になる。これで全員揃ったのか、それともまだ現れるのか。わたしは知らない。
個性的な面々の集いは始まったばかりのようだ。




