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仮面博士の愉快な日常  作者: 凍々
11/15

わたしの、名前は、■■■

 「何だぁ?俺が一番乗りか?」

 煙が意思を持って喋った上に、人の形になり、中から人が現れ、その人はわたしの兄だと名乗った。

 わたし自身も不可思議の塊だが、実に不可解過ぎて全く飲み込める気がしていない。

 目の前で起きた事が理解の範疇を越えている。見えるなら?マークが飛び交っている事だろう。つまりは混乱しているという事だ。

 「信じられないのも無理はねぇなぁ。俺だって自分自身がどうなってるかなんて、まだ理解出来てない所が多いぜ?」

 と、わたしの心情を計ってか彼はそう言った。

 フール、と呼ばれたこの男性はわたしの兄にあたるらしい。

 身長は180㎝はありそうな、もしくはそれ以上の大柄な人だ。若干つり目がちのアジア系の凛凛しい顔立に、銀色の髪は短く切り揃えられていて、同じ色の瞳がこちらを見ていた。顔の左半分ぐらいは火傷の痕だろうか、痛々しく覆われている。細身だが全体的に筋肉質な体格で、着ている白いシャツがやや窮屈そうだ。シャツの胸元は大きく開いており、褐色の肌に一族の証である印がしっかりと刻まれていた。襟と裏側にボアの付いた臙脂色のロングコートを羽織り、黒のズボンを黒革のブーツに入れて履いていた。じゃらじゃらと銀色の鎖が腰元に吊られていて、静かに光っている。

 何だか繁華街を締めていそうな人だ。喧嘩が凄く強そうだ。

 彼はわたしの前まで来て、父からわたしを抱き上げてから、そのまま頭を撫でた。まるで猫でも撫でるみたいに優しく。

 なすがままのわたしを尻目に二人は会話を始めてしまった。

 「中々可愛い子を作ったじゃねぇの、親父殿」

 「そうだろう?分かるかね!」

 「そりゃあもう極上だな。まぁ、きょうだいじゃなけりゃ、そのまま拐って行く(とこ)だがなぁ……」

 「……子供達には余り干渉する気はないがね、近親相姦などと言い出すようならこの父は黙っていないよ!」

 「近親って何を言い出すんだこの親父は!冗談でも言わねぇさ!きょうだいは大事にしろ、親父殿からもう400年は言われてるんだ、だろう?」

 「ふむ、少しばかり深読みし過ぎたようだね!なら良し!新しい君のきょうだいを呉々も大事にしたまえよ!それが長兄たる君の役目だからね!」

 「へいへい」

 ……何だか不穏な単語が聞こえた気がしたが、聞かなかった事にする。

 それと400年はと言っていたけど、何かの聞き違いだろうか。

 目の前で父と会話する彼、兄はどう見ても若く見える。20代後半から30代前半位の青年然として見えるのだが、本当はもっと年上なんだろうか。

 ふと、兄の顔を見る。火傷の痕と思わしき痕は目立つものの肌は張りがあり皺もない。活力に満ちたやはり見た目通りの感じだ。

 視線に気づいたのか、不意に兄と目が合った。

 「お?俺の事が気になるのか?」

 恐る恐る首を縦に振る。彼は喜んだようにニッと笑った。それから父に視線を戻して、

 「そうか!じゃあ話してやってもいいが……、なぁ親父殿、コイツの名前は何て言うんだ?」

 「ふむ?まだ付けていないが?」

 ……妙な沈黙が流れた。父は小首を傾げ、兄の表情がジワジワと険しいものになり、マザーさんは驚いたように両手を顔の前で合わせていた。

 そうだったのか。言われないだけであるのかと思っていたけど、まだ決められていなかったようだ。少々残念な気持ちになった。

 「おやおや!悲しまないでおくれ、愛しい我が子等よ!皆が揃ってから君達に名前をと思っていてね……」

 「旦那様……」

 「馬鹿親父!悲しむに決まってんだろうが!」

 父は慌てたように弁明し、マザーさんはいつになく冷たい口調で父を見て、兄は怒鳴りながらもわたしを慰めるように頭を撫で続けている。

 名前が決まっていない、と言うのはそんなに大変な事なんだろうか。多分だけれど、以前のわたしは名前では呼ばれていなかったと思う。()()とか()()とか物のように扱われていたんじゃないか。他の子達はどうだか分からないが。

 「わ、分かった!これは父たる私の失態である!今から我が子等に名前を授けよう!」

 マザーさんの冷たい視線と食い付きそうな兄の剣幕に押されて父は口調を乱しながらもそう言った。

 「ふん、……分かれば良いんだよ、親父殿」

 急に冷静さを取り戻したように兄は怒鳴るのを止めた。

 父は後ろ手にその場を歩き回ったり、立ち止まり天井を眺める仕草を取ったりと考え込んでいるようだった。

 兄に抱かれたままでその様子を見ていると、兄が話し掛けてきた。

 「おう、さっきは騒がして悪かったな」

 いきなり話し掛けられて驚いたが、わたしは首を横に振る。

 ――いえ、ありがとう、ございます、おにい、さん。

 つい父に話すように唇を動かして言葉を伝えた。兄はきょとんとした表情を見せたが、すぐに元の不敵な笑顔を見せた。

 「そうか、声が出ないか。でも、気持ちは伝わったぜ?その首に巻いてるのはハーメルンの婆さんが遺したやつだろう?」

 私の首元を指差しながら彼はそう言った。肯定の頷きを返す。

 「そうか、やっぱりな。婆さんの気配がすると思ってはいたが、お前に親父殿が譲った訳か。婆さんも今頃天国で喜んでるだろうぜ」

 そこでふぅと兄は一息吹いた。煙草でも吸っていたみたいに出たのは白い煙だった。

「そうだ、新しいきょうだい、俺が何で名前についてあんなに怒っていたか分かるか?」

 問い掛けられたが、わたしには分からない。首を横に振る。

 「まだ実感がないか。名前ってのはな、自分を、存在を世界に示すものだ。名前がないって事は存在を認められていないって事に繋がる訳だ」

 名前がなければ世界には受け入れられない、という事。個を示すには名前が必要だ、という事。生まれても存在がない事に等しい、という事。兄は真摯な口調でわたしに話してくれた。

 「だから俺は怒った。折角生まれた新しい(きょうだい)を蔑ろにしているってな」

 そこまで言い切ってから、彼はわたしの頭を軽くポンポンと叩いた。

 「まぁ、あの親父殿がそういった事を考えていないはずはない。あれでも俺らの()だからな」

 安心しな、と兄は言った。

 兄の言葉を受けて、父の様子を見る。まだ考え事は続いているようだった。

 わたしがわたしである為の名前。家族になる為の名前。この人生で新しくもらえる名前。

 因みに以前のわたしはどんな名前だったんだろう。他の子達はどうだったんだろう。考え事は尽きない。

 「ああなると親父殿は長い。まぁ気長に待つとするか」

 他のきょうだいも来るだろうしな、と兄は付け加えた。


 「……閃いた!」

 静寂を割るよう声が響いた。視線を向ければ、父は上方を仰ぎながら両手を高く掲げている体勢だった。

 「ん?決まったか?」

 その父の声に反応するように兄は目覚め、大きく背伸びをしていた。

 父の考え事は思ったより長かった。ので、その間にわたしと兄とマザーさんは少し離れた位置にあった3人掛け位のソファーに移動して父の様子を観察していた。兄はわたしをソファーまで運んでくれて、座らせた後に彼は隣にどっかりと腰掛け、二人で並んで座っている格好になった。

 特に話す話題もなくて、お互いに無言。退屈だったのか、兄は決まったら起こしてくれと言い残して、眠りの体勢に入ってしまった。マザーさんはいつの間にか淹れたお茶やお菓子を持ってきてくれたり、膝掛けやクッションを持ってきてくれたりと世話をしてくれていたが、今は後方で待機している。わたしは特にやる事もなく、ぼんやりと父の様子を眺めていた。

 しかし、忙しなく動く人だ。あんなに動いて疲れはしないのだろうか。

 などと考えていた矢先、父は先のように叫んだのだ。

 突然の声に少々驚いてしまったが、隣では兄がまだ眠たそうにあくびを一つしていた。

 「随分と待たせてしまって申し訳なかったね!愛しい我が子等よ!」

 そう言いながらわたしの前まで来て、片膝を付き、わたしの手を取った。さながら、侍従と主人のようだ。立場はまるで逆だろうが。

 「愛しい我が子等よ、君達が父、我バベルが名を授ける。様々な個が集まり、新たな個となった君達へ送る名は……」

 先程の明るい雰囲気とは一転して、父は仰々しい雰囲気になり、わたしは少々驚いてしまった。回りに視線を向ければ、兄もマザーさんも固唾を飲んで見守っている。

 「……ワンズ、だ!」

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