表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マテリアル・イーター  作者: 紅羊
1/1

02章:派兵


02章:01*任務


 北の独裁国と東の帝国を別つヤロドバヴァ湖の畔。背中に切り立った崩れた山を背負う目立たない場所に、如何にも最近切り開いたばかりであろう更地が広がっていた。彼処に掘建て小屋の作業場が設置され、屈強だが薄汚れた炭鉱夫が作業している。

 無駄な戦闘を避け、集落が見渡せる場所へ移動してから暫く身を潜めた一行は状況を監視した。鉄の森とも繋がっているらしい支流を行き来する船からは荷物が降ろされている。中身までは分からない。が、ちょうど荷物を受け取りに着たらしい帝国の車がやってきた。どうすべきかの判断はクジャタかユージンに任せられた。

 戦闘を起こすには数的な戦力差がある。情報もここまでとなる。車を追い掛け、鉱石の使い道とその搬入先を調べてから、その場所を潰すべきかも知れない。と慎重な判断が下され、皆が一様に納得し様とした時だった。帝国の騎士らしき人物が、まるでこちらに気付いたかのように視線を向けた。直後、隠れていた場所に術式の攻撃が雨霰と降り注いだ。

 崩れる崖の土砂に足元を滑らせ、望むべくもない敵の只中へと転がり込んだ。敵は荷物を受け取りにきた帝国兵らしき小隊。炭鉱夫らも遠巻きに見ているものの、戦闘に参加するような素振りはない。どうやら彼らは雇われているだけのようだった。仕方なく、そして十分な心構えも出来ぬまま、戦闘に突入する。

 何とか帝国兵を倒したが、クガ達が潜んでいた場所を突き止めた若い騎士は結局戦闘には参加しなかった。もはや彼しか帝国兵は残っていない。縛って情報を得ようかと、皆で青年を取り囲む。が、ニタリと笑った青年は、その両手にマテリアル・イーターを顕現させると、一行に襲い掛かってきた。連戦の影響もあり、状況は劣勢だ。隙を突き、青年がクガと接触、鍔迫り合いのような状況になる。

 「同じ臭いだな。獣くせーよ」

 青年は言うと、一旦、引いた。が、そこへ新たな乱入者が現れる。とその者の拳は帝国兵の青年を叩き、蹴りはクガを穿つ。吹き飛ばされ、距離を取る互いの間に立つ乱入者が告げる。内容はここは放棄する命令が下った事、青年オホトの仕事が遅いから連合にばれた事、乱入者(女は若そうな見た目の割りに階級が上らしくトルデリーゼと言う名前らしいなど分かった。トルデリーゼもマテリアル・イーターを持っているらしい。小さな変化だが、足と腕に硬化が見られる。

 「あぁ、貴方か。――ま、私も仲間かも知れない同類を殺すのは本意ではないからな。ここは互いに引いて貰おうか」

 意味深にクガへと挨拶したトルデリーゼは、撤収する帝国兵らの殿をオホトと務めた。逃げ果せる帝国兵ら。遅れて連合諸国の増援も駆けつけて来たが、結局、帝国兵らが集めた鉱石の行き先や、その利用法などは分からないまま、クガの初任務は終わった。

 失敗の一言が重く圧し掛かる。だが、人を殺さずに済んだ事実は大きい。とは言え、戦士である事を証明出来たのかは疑わしい、と思うクガの前に数人の騎士が立ち塞がった。そこには今回の任務でも一緒だった、訓練などで世話になったカーギルの姿もあった。

 「先ほどの帝国兵が言った事はどういう意味か、軍法会議で証言して貰おうか」

 仲間、同類と言う例えを指摘しているのだろうカーギルに詰め寄られたクガは、増援に駆けつけて来た後発の騎士らに拘束されてしまった。



02章:02*証明


 帝国のマテリアル・イーター所有者による術式の使用。加えクガに向けられたトルデリーゼの言葉。無関係を主張していたクガへの疑惑が再び高まり、今度は簡易ながら軍法会議への出廷が求められる事となった。だが、クガは無実を主張するしかなかった。主張は聞き入れられるものの、証拠はなかった。結果、潔白と無実を証明する為に、特別な任務を遂行して見せろ。と言う厳命を果たす事でしか、身の潔白を証明するしかなさそうだ。いや、マリアやクジャタの言葉を信じるならば、随分と甘い裁定かも知れない……との事だった。

 新たに課せられた任務は、共和国側へ向かう帝国にも顔の利く術式の研究者。今はマテリアル・イーターの研究にも携わっているメイナード・ファルコナー氏だ。噂では帝国に手を貸しているのではなく、脅迫されていると言う事らしい。氏を助け、連合国側へ渡す事。が、今回の任務ではあるものの、嫌疑を晴らす事に代えて、ノノアが留守番と言う形で人質にされてしまった。彼女は事情を知らないが、クガにとっては連合側の信用を欠く行為でもあった。

 任務の遂行にあたり、お目付け役として新たにレイブンズ・クロフト、ギレット・ゴドウィンを名乗る騎士が同行する事となった。ゼレノフ、マリアを加えた五人はひとまず共和国との国境線を目指し、ノノアを残した連合の施設を後にした。最初に目指すべきは、南の共和国への最短距離を取る連合の港である。

 お目付け役であるレイブンズとギレットとは反りが合わないまま、海上へ出た一行。途中、伝説級の害獣が住まう島を遠目に眺めながら、島々が連なる小国に到着する。海上からも目的地に行くことは可能だったが、メイナードの方の日程がずれ込んでいるようだ。接触を予定していた場所への到着が遅れるとの報告から、別件を片付ける事が新たに任務として加えられた。

 殃禍級の害獣から試料の回収である。一般に殃禍級への対応は国家レベルの武力などが必要とされているものの、必ずしも武力が必要と言う訳ではない。希少性が高かったり、いまだ血清のない毒を持っていたり、渡航や回遊が国境を跨いだりなどの問題が関わっている事も国家レベルでの対応が必要な理由だったりする。大概、伝説級や神話級に成り損ねた希少性の高い、且つ極めて攻撃性の強い、奇妙な生き物である事が殆どだ。今回のそれも伝説級に成り損ねた、生きた化石のような殃禍級の害獣と言ったところらしい。回収する試料は害獣の鱗や角などの角質系に含まれる揮発性の高い物質だが、何やらその害獣内では安定しているらしいそのの結晶を入手する事が、新たな任務の内容である。

 目標となる害獣は近くの珊瑚礁の付近で最近目撃されるそうだ。殃禍級に指定されている理由は、鯨以上に大きく、且つ海産資源への影響も大きく、海流に乗って国家間を跨いで回遊するかであり、また、その試料にある特殊な構造を持つ結晶の危険性が指摘されているからだ。同物質は揮発性を利用した高品質の爆弾など兵器への転用も考えられている。ただ、あまり生態が詳しくない殃禍級の害獣と言う事もあり、なかなか十分な量が確保できなかった。が、最近、分かってきた調査で、この辺を周遊する時期があるそうだ。ちょうど、今がその時期らしく、任務のお声がかかったのである。



M:ギレット・ゴドウィン

 ∟自称魔法剣士。術式と剣技共に優れた連合の上級騎士

M:レイブンズ・クロフト

 ∟ME持ち。近接格闘、暗器の扱いが得意な上級騎士



03章:03*海獣


 小型の船舶を借り、件の害獣が周遊するらしい珊瑚礁を望む、観光地とは程遠い有人島へ到着した一行。界隈では殃禍級の害獣を生きた伝説として崇めているローカルな宗教もあるようだ。原住民にとっては神、近現代の科学から見れば兵器にも転用できる特殊体質の希少種だ。案内してくれたガイドの話によれば、過激な信奉者や、動物学的に保護すべきと考え、行動する人物もいるから、衝突しないようにと念を押された。

 害獣には名前が付けられており、ウム・ダブルチュと言うらしい。嵐の魔物を意味する古い言葉だ。この時期の新月、一斉に産卵する固有種を食べにくるようだ。体躯は中型の鯨ほどあるものの、その数は少ないと言われている。確実に観察できるのはこの一体だけのようだ。必要なサンプルは、害獣の各種体液、鱗や鰭などの角質系の肉体の一部である。戦う選択肢は元よりないが、恐らく一時的な住処とする場所に落ちている事が推測されている。万が一にでも戦うような事があれば、流石に逃げるしかない。が、好戦的な害獣ではないとの報告もあった。

 日中に島を探索し、邪魔そうな固有種の厄難級、致傷級の害獣をあらかじめ排除した一行は、夜を待った。幸いにも晴れた新月の夜。星の光だけでは心許ないものの、海中で行われる海魚や珊瑚の固有種らが育む産卵の様子は、信じられないほどに神秘的な光景だった。件の害獣が来るかどうかは確かではなかった為、外れと思われた直後、海を割り、空へと飛び上がった海獣が一行の目に入ってきた。

 一見すると鯨のようなシルエットは、しかしながら浅瀬でのっそりと歩く姿から寧ろ爬虫類を連想させた。稀有な海獣と見れば物珍しさもあるが、害獣と見ればただただ恐ろしい姿である。禍殃級と言う分類だけではない、天敵や捕食者を連想させるほどの圧倒的なプレッシャーに怯えつつも、ギレットが先導の下、ウム・ダブルチュの後を暫し追跡する事となった。

 珊瑚地帯を器用にも避けながら、浅瀬を歩くウム・ダブルチュ。一刻ほど追いかけた後、害獣はとある無人島に隠れていった。どうやらこの辺に構えたねぐらはこの島のようだ。幸いな事に他の面倒な害獣はいない。息を潜め、ねぐらと思しき洞窟へと潜入を試みようとした一行の前に突然火柱が立ち上がった。新月の夜をまるで夕方のように照らす、煌々とした赤熱の嵐に一行は怯み、立ち竦んだ。

 「去れ。ここは誰も来るべできはない」

 火柱の向こう、砂浜に僅かな頭を見せる岩肌の上に人影がある。ふと思い出される過激な信奉者の情報。その動機を連想してゾッとする一方で、高度な術式だと分かる複数の火柱を顕現させた事実にも驚いた。

 初老と言うよりは若く、壮齢と呼ぶには老いた顔立ちの男が告げる。去れ、ここには来るな。何が目的だと。正論を言ったところで賛同を得られる訳もない。況してや兵器転用を目的としており、純粋に学術的な研究が目的ではない。だが、任務を遂行しなければいけない手前、ギレットはレイブンズを引き連れ、マリアに命令を下した上、ゼレノフとクガに生きた試料を手に入れろと指示した。新鮮な飼料ではなく、生きた試料と言う表現にクガは害獣との少なくない接触……戦闘も辞さない接近が強要されているのだと理解した。

 連合は帝国に対し、講和を求めるような国際的な総意に基づく組織だと思っていただけに、クガは再び連合への不信感を募らせた。が、今は潔白を証明し、人質となっているノノアに気を使わなければいけない。大事と小事の差は分からない。が、今、クガの手で出来る事、その手で救えるものには限界があり、仮に理不尽、且つ納得出来ない、そして不信感のある命令でも従うしかなかった。



04章:04*同類


 「近付くな、と言った筈だが?」

 再び逆巻く火柱に行く手を遮られるクガとゼレノフ。男の顔が歪む――……いや、変身、変形していく。何だ、何が起きたのか分からぬまま呆然とする一行を他所に、男の半身がマテリアル・イーターに覆われたような姿へと変わっていった。

 「人の忠告は素直に聞いておくべきだったな」

 男が一行の前に降り立った。と同時に広がる衝撃波。いや、それが男の拳であり、蹴りであった事に気付いたときには、全員が害獣が潜むねぐらからは遠くへ吹き飛ばされていた。その一撃から伺える実力差は、クガのような素人にも分かるものだった。圧倒的な力。それは騎士達にも分かるものだった。面持ちからもそれが伺える。

 男との戦闘が始まった。攻撃は当たらない。あしらわれる。術式も効果がない。男に殺意はない。だが、子供のように弄ばれる。マテリアル・イーターとは思えぬ腕以外にも及ぶ変形、肉体の強化、術式の併用など、連合にはない技術の数々を繰り出す男に全員が圧倒されるばかりだった。

 「いい加減、逃げるくらいしたらどうだ?」

 男の態度が変わる。と同時に鋭い蹴りがレイブンズを卒倒させる。続けギレットを地面に叩き付けた。マリアにも襲い掛かり、その首を絞めにかかる。殺意……とまではいかないが、鋭い怒気は残るゼレノフ、クガを硬直させた。気絶したマリアを砂浜に捨てた男が今度はゼレノフの方へと近付いて行った。

 ゼレノフは辛うじて動く体を……まるで極寒の中か、その全身は激しく震え、僅かに露出した素肌からは冷や汗が溢れ出る。再び剣を構え、大声を上げた。自らを鼓舞する。動け、体。迎え撃て、敵を。だが、精一杯の反撃は、男の皮膚に弾かれる。

 「惨めだな」

 それを如実に表すかのようにゼレノフへの攻撃は平手打ちだった。とは言っても、頭が吹き飛ぶほどに強烈な一撃だった。体を回転させ、転がっていくゼレノフ。他の三人よりも物理的な攻撃力こそ低いが、脳を揺さぶるものだったのだろう。直ぐに体を起こそうにもふらついている。

 「殺しはしない。だが、今夜の邪魔をされた以上、少しくらい私の癇癪に付き合ってもらいたがな」

 動く事さえ出来ないクガに歩み寄ってくる男。その口からは連合の思惑を言い当て、帝国を謗る言葉が溢れてくる。所詮、爆弾か何かに使えると思い彼女の肉片を取りに来たのだろう。それとも帝国の追っ手か。連合か、独裁国か。目的は何だ。だが、もとより男は回答に興味はないように見える。ただの脅迫として適当な事を言っているだけのようだ。

 だが、クガの意思とは無関係にその左手のマテリアル・イーターが伸びてくる男の腕を弾いた。その予想外の反撃に男は笑い、クガはバランスを崩す。もはや腕そのものが何かの首のように持ち上がり、クガの体も無視して男を威嚇し、牽制のような行動を取り始める。

 「ほぅ」と感心して見せる男の顔に、膨張し、増殖したクガの左腕が襲い掛かった。大きさの所為もあり、その一撃は砂浜とは言え、大きな穴も穿つほどの衝撃を放つ。それを目撃した男は、帝国の新型のマテリアル・イーターか。と当りをつける。続け、連合が奪ったのか。それとも同じように逃げてきたのか。などと言った。

 大振りの攻撃だ。男には当たる筈もない。だが、不規則に増殖し、変形し、時には収縮し、膨張するクガのマテリアル・イーターを完全に避ける事は大きく距離を取らない限りは難しかった。当たっても大した事はない。と高を括っていた男の頬を、クガのマテリアル・イーターの爪が切り裂いた。

 瞬間、男の全身が逆立った。瞬間移動かと錯覚するほど、男はクガから大きく距離を取った。その顔には複雑な笑顔が浮かんでいる。あらゆる感情を込めた笑み。ただ、その視線だけは殺意に近い、ギラギラとした敵対心を孕んでいた。

 「まさか……。お前、なのか?」

 それは以前に疑惑を持たれた戦闘の際に出会ったトルデリーゼの言葉にも似ていた。やはり、帝国から逃げてきたのか。と納得した男は、続け何かを言おうとした。だが、幕切れを知らせるような害獣の雄叫びが響くのを聞いた男は何かを諦めたような態度を見せる。

 「時間だ」

 何時の間にかねぐらから姿をさらし、海の方へと歩き出していた害獣。男はそれを追いかけるように、無防備な背中をクガ達に向ける。

 「次に会う時は敵かもしれないが、願わくは敵にはなりたくないな」

 少しばかり寂しげに言い捨てた男は、最後にクガに向かって、同類である事を願うよ、と言った。



02章:05*沈黙


 夢だった。鬱蒼とした森林地帯を彷徨うクガ。足取りは重いものの、肌を舐め回すような湿気などは感じられない。身体を自由に動かしているのかは分からない。暫く彷徨っていると、ふと視界の端に大きな獣を見付けた。

 ストーンサークルのような巨石が意味深に並ぶ真ん中に、狼らしき獣がいる。ずっとこちらを見ている。何かを訴えるような視線だ。木々も何時の間にか遠退き、ストーンサークルと狼が佇む茫洋とした何もない空間だけになっていた。まるで誘われるまま、近付いていったとき、突然、狼がクガの左腕に噛付いた。

 そこで目を覚ますクガ。宿屋のようだ。既に夜だった。いや、再び夜か。部屋には同行した全員がいる。だが、ゼレノフ以外は寝ている。どうやら謎の男との戦闘の後、早々に回復したゼレノフが地元民の助けを借りて宿へと皆を運んだようだ。

 「あの言葉は聞かなかった事にした」

 男からの意味深な発言について言及したつもりのゼレノフはそれ以上何も言わなかった。恐らくあの場では誰もが昏睡していただろう。気遣いか、その意図を測りかねたまま、今後の予定を確認するクガ。負傷こそしたものの、任務の遂行には問題がないらしい。予想外のイベントとなってしまったが、結果的にメイナードとの予定とうまくかち合い、適当な場所での接触が期待できる運びとなった。

 「君は自分のMEの正体を知った方が良いだろう。この任務に至った動機と背景は納得出来るものではないだろうが、結果的にメイナードとの接触は君に何か答えをもたらすだろうさ」

 慰めているだろうゼレノフの言葉を素直に受け止められたクガはその晩をグッスリ眠ると、翌朝、改めてメイナードとの接触、拿捕を目的に町を後にした。

 目的地は帝国と共和国、鉄の森に面した海路の街。流通も盛んで、世界屈指の要害都市でもある。帝国にも様々な品を降ろしているが、独裁国、連合と共に公平な立場を堅持しており、帝国と連合との戦いには静観を決め込んでいる街だ。

 メイナードは新型のマテリアル・イーターの研究と共にその量産体制の責任者でもある。連合には必要な資材の調達、工場の設立などを目的に視察に来たらしい。とのタレコミだ。秘密裏に動いている訳ではないが、公には人道的な見地から外資獲得の為の視察、遠征と言う話である。

 一行は二手に分かれた。レイブンズ、マリア、クガ。ギレット、ゼレノフの二班だ。レイブンズ班は公式に幾つか開かれる講演と視察を利用しメイナードに接触、且つ亡命を促す事。他方、ギレット班は帝国の研究施設を当たる事になった。

 夕方から開かれた講演会は術式の新たな体系についての説明だった。思ったよりも若い格好のメイナード女史から説かれる理論を理解できるだけの教養はクガにはなかったが、レイブンズやゼレノフはひどく感心していた。連合の正式な招待状、及び紹介状を用意していたお陰か、メイナードへのインタビューだけは簡単に行われた。帝国の監視やSPと思しき者達の前で、色々と会話しているが、専門的な言葉が行き交っている。事前の打ち合わせは隠語を使ってやり取りしているらしい。とは言え、クガには打ち合わせ聞き逃すなと言われた幾つかの単語を探すのが精一杯だった。

 一方、ギレット班は事前に調べておいた帝国が所有権を持つ敷地内に忍んでいた。規模の割りに警備は多い。施設の内情までは知れないものの、状況から重要な研究をしている可能性が予想される。警備兵の監視網を潜り抜け、メイナードの研究室か私室へ向かう二人。どうやら私室か書斎で当たりだったようだ。そこにはやや老齢のメイナードの姿があった。警戒し、慌てるもう一人のメイナード博士を落ち着かせ、ギレットはひとつの書簡を渡した。

 「これは正式な書状です。読んで頂ければ、事情を理解出来ると思いますが」

 不信に思いつつも書簡を目にしたメイナード博士は、一頻り読んだ後、深く納得した様子で、施設の一室へ案内する旨を提案した。

 「まさか、正面から帝国に戦争を仕掛けようと考えていたとは……驚きですよ」

 ギレット、ゼレノフはメイナード博士の案内の下、地下の研究室へと足を踏み入れる。地下の部屋は兵器研究をしているとは思えない装いだ。潔癖な白い内装が続き、白衣や不思議な格好で全身を覆う研究者が見える。薬品、化学品、精密部品などを作っている様子だ。病院と言った趣が近い。奥へと進み、マテリアル・イーターの制御中枢を研究する部屋へと入った二人は、大型の獣ほどに大きな肉片?を目にする。

 「これはムシュマッヘです。現在、帝国内で量産化の体制が整ったMEの雛形、その元型でも有り、最もオリジナルに近いモノのひとつです」

 ムシュマッヘの傍らには腸を収めた、見た目がクリスタルのような荒い、小さな結晶体が並んでいる。腸はクリスタルの表面の鈍い光沢を通している為、詳細が知れない。だが、メイナード博士の説明では、旧式や制限付きのマテリアル・イーターにとある機能を追加する為の、生物的制御可能態……ブルトンと呼ばれるものらしい。今、警備の目を盗み、持ち出せるのは十数個。一緒にその作り方も記した論文もメイナード博士から手渡される。

 「これらブルトンの生産法はほぼ確立されています。勿論、初期投資と時間は必要ですが、帝国は今やMEの研究では先端を行きます」

 メイナード博士は一見すれば休戦状態とも言える今の膠着状態の中でも帝国が着々と軍備の強化を進めている事をギレットらに伝える。また、連合はマテリアル・イーターの研究と配備が遅れている事についても言及した。

 「急いで下さい。帝国は既に始めているんですよ?」

 「分かっています。ですが、連合は民主主義を標榜しています。仮に多数派により武力行使が認められたとしても、交渉の席と、宣言の場を無視して敵国へ攻撃する事はありません」

 「ですが、専守防衛にしろ力は必要でしょう。だからこそ、MEの配備を急ごうとしている。資源と人材の多様さと多さが連合のアドバンテージですからね」

 ギレットとゼレノフは了解している。と伝えると、やや視線が鋭くなったであろう周囲の疑惑から逃げるように、ブルトンとその生産法の論文を手に施設から脱出する。恐らくメイナード博士は言葉巧みに追及を誤魔化すかも知れないが、疑惑は残るだろう。よもやマテリアル・イーターの研究で先端を行く人物を簡単に帝国が切り捨てるような事もないだろうとは言え、ギレットとゼレノフは彼が命がけで技術をくれた事の意味と結果がどのような事態に至るのかも十分に理解しており、また後悔と自責の念を抱かざるを得なかった。

 「殺されるでしょうか?」

 「分かりません。ですが、事が露見すれば重罪は免れないでしょう」

 ありがとう。よりも、ごめんなさい。の言葉がゼレノフの口から呟かれた。施設を後にし、追っ手や監視も届かないだろう場所に到着する二人。夜は更けていた。収穫があったかどうか、もう一人のメイナード女史について結果を改めようと、宿へ向かおうとしたときだった。

 去った方向から大きな爆発音が聞こえ、振り返ると、先ほどまで進入していた帝国の施設から火の手が上がっている。黒々とした煙が夜空を汚い灰色に染め、一方で火の粉が辺りに飛び火し、夕方か朝焼けくらいに街を明るくさせていた。

 「何?!」と驚く二人が来た道を戻ると、黒煙を薙ぎ払い、燃え盛る建物の外壁を破壊する巨大な獣がそこに佇んでいた。



02章:06*怪獣


 街中に警報が鳴り響いた。アナウンスは街中に現れた害獣が災害級だと伝えている。つまり都市規模の被害が想定され、対処には相当数の人材が必要と言う事だった。取り急ぎ街中の警備兵が集められ、近辺の共和国兵への召集がかけられた。小数ながら駐留中の傭兵や他国の兵士などが志願兵として害獣の討伐、街の守護、避難民の警護を申し出た為、かなりの数が街中に配備される運びとなった。市民の避難に目処が立つと、適当な戦力が各所に配置された。

 情報を正確に伝える都合、便宜上、災害級の害獣はハリケーンの語源ともなったウラカンと言う名前が付けられた。ウラカンの全長は十数メートル。だが、生き物としての形を成していない。肉と脂肪の塊に腸を巻きつけ、無数の手足を生やした奇妙な形をしている。それ故、歩みは遅く、小回りも利かない様子だ。転がる……這いずるように移動し、現れた場所から港へ向かっている。真っ直ぐに。途中の建物など気にせず、破壊しながら進んでおり、後三時間もすれば港に到着する予想だ。港に到着すれば、沿岸に置いた燃料に火が付き、また多くの資材が焼失、破壊されるだろう。幸いな事に進行方向には更地がある。そこに十分な戦力と火力を集め、一網打尽する作戦が先ずは立てられ、可能なら適宜に攻撃、可能ならば早くに始末する事が計画された。

 ギレット、ゼレノフはレイブンズ班と合流した。街の警備とウラカンへの攻撃に参加する事を市政に志願し、同作戦へ協力中だった。メイナード博士から託されたブルトンも安全な場所に隠す事も出来そうにない。仕方なく仲間内でマテリアル・イーターを持つレイブンズに試験も吟味もしないまま、ブルトンと呼ばれる有機的制御可能態を取り込んだ。論文によれば、マテリアル・イーターに簡易ながら術式の平行運用などを可能とさせるものらしい。が、付け焼刃の可能性もある。奥の手としては期待出来ないが、牽制くらいの効果は見込んでいた。クガにもブルトンを。と言う提案がマリアからされたものの、正体の知れないマテリアル・イーターへの投与は危険だ。と言う意見から却下された。が、何よりも信用を欠いているのがギレットやレイブンズの正直な意見だった。

 マテリアル・イーターを持っているとは言え、火力は決して大きくない一行は、市政のウラカン討伐対策本部から遊撃的に街中を動き、各所の兵士のサポート、及び最終的な防衛ラインでもあり、決戦場である更地へウラカンを誘導する任務が与えられた。

 ウラカンが第一線防衛網と接触した旨が伝えられる。出現から移動しか確認されていないウラカンの戦力と能力を測る為、第一線防衛網には決戦場に次いで多くの戦力が配備された。街への被害は折り込み済み。可能ならば討伐しようと言う算段のようだ。方角だけが分かるそちらへ視線を向けると、火の手が上がり、爆発音が鳴り響いていた。ギレットらの予想では足止めと誘導が精々だろうと言う事だ。場合によっては、決戦場での火力を改める必要が生じ、各所に散らせた遊撃隊を集める事もありそうだ。

 「倒せるんでしょうか?」

 戦力的に足手まといの可能性もあるクガが心配そうな声を上げる。

 「災害級の害獣だ。そう簡単に倒せる訳じゃない……が、幸いにも多くの兵士がいる。それに相当数の術式詠唱者を確保出来れば同等の規模、相応な威力の術式の展開も可能だろう」

 ギレットの冷静だが、やや悲観的とも取れる見解を証明するように、第一線防衛網での迎撃が失敗に終わった事が聞こえてきた。どうやら小隊が複数程度の規模での相手ではウラカンの足止めにもならなかったらしい。だが、ウラカンの攻撃方法は少ないとの報告もある。割と単純な攻撃のようだ。身体から伸びる触手を使い、闇雲な攻撃しか仕掛けてこなかったようだ。

 「どうやら建物の被害を減らして欲しいとの通達が商工会からあったようだ」

 仕方ないと言う嫌味を飲み込みながら、そう告げたギレットが先導の下、一行はウラカンの誘導の為、他のチームと共に遊撃的な攻撃を仕掛ける作戦が展開される。

 街中を駆け抜け、屋根の上を飛び回る面々。ウラカンには複数の目があった。まるで死角がない。見付かっては伸びる触手で攻撃、こちらの動きが牽制される。火を噴いたりしないだけマシだが、その巨体の歩みを止める事は出来ない。とは言え、我が儘な商工会の命令は何とか果たせそうではある。

 防衛網での攻防と誘導の末、ウラカンは予定された決戦場へと移動させられた。そこには広場を取り囲むように数十人以上の術式の詠唱者が構えていた。

 「街中で鏖殺級の術式の多層展開は見られないぞ」

 何の役に立つのか分からないが、後学の為にと告げるレイブンズは興味深げに事の成り行きに注目していた。結界に覆われ、その歩みを止められたウラカン。そこに鏖殺級の術式が発動する。大地から牙がそそり立ち、ウラカンの巨体に噛付いたかと思うと、頭上から無数の光が降り注ぎ、突き刺さった。続け炎の嵐が逆巻き、ウラカンの体を焼き、薙ぎ払った。数十秒にも及ぶ立て続けに起きる現象の数々が収まると、そこには焼け焦げ、爛れ、崩れ落ちたウラカンらしき肉片の残骸が更地の上に転がっていた。



02章:@*術式理論


 いわゆる魔法。例に漏れず地水火風空の属性を持つが、仮想空間装置と呼ばれる見えない空間的な機械を利用し、使う事が出来る技術。細かい理論は原理からあるものの、熟練度と詠唱者の数の多寡で威力と範囲が増大すると言う設定。

 損傷級、破壊級、鏖殺級、殲滅級、神罰級と言う大きな括りがあり、害獣の被害レベル(厄難級、致傷級、損失級、災害級、殃禍級)とほぼ対応している。現代兵器に置き換え、暫定的な表現をするならば、損傷級は刃物、破壊級は銃、鏖殺級は戦闘機などの搭載兵器、殲滅級は艦載兵器やミサイルなど、神罰級は大量破壊兵器(核とか?)をイメージしている。順に、個人、複数人、建物、街、国家レベルに被害が及ぶ感じ。

 但し、結界などを用い、威力や範囲を限定的にする事は可能。今回の場合、厳密には鏖殺級とは言えないものの、範囲を極限定的にする事で、それに近い破壊力になった。或いはレイブンズの目測に過ぎない。これら分類の根拠や評価は多元的で、飽くまでも目安に過ぎない。



02章:07*戦傷


 夜も明けると、被害の様子が有り有りと分かる。幸いにも死者は出なかったが、被害は大きい。ウラカンの歩いた所は全てが押し潰され、破壊されていた。作戦に参加した者も引き続き、商工会らの者達と共に現場の後片付けに協力している。ウラカンを討伐したと言う歓喜の声は聞こえてこない。互いに無事だった事を安心する者が殆どだ。

 ゼレノフとギレットはメイナード博士から受け取ったブルトン?を連合の施設へと送る為、先に別行動を取り、帰路に立っている。他方、マリア、レイブンズ、クガは現場の片付けに協力していた。今回の作戦に協力し、且つ連合の上から与えられた任務を取り合えず全うした事から、一応の信用は得たようだ。レイブンズの監視は相変わらず強いが、マリアは気にするなと言っている。

 「酷い在り様――。死者が出なかったのは奇跡ですね」

 気付けばひとり黙々と作業していたクガの後ろに人が立っていた。メイナード博士だ。が、メイナード女史とメイナード博士が別々にいる事をクガは知らなかった。恐らく今回の事件の被害者だろうと言う思いから、愛想笑いで返すくらい出来なかった。

 「あの化け物が現れた所、帝国が所有する施設から出てきたって目撃があるんですよ。まったく、帝国は何をしようと……テロでも企ててるんですかね」

 メイナード博士がふと、わざとらしく躓いた。

 「これ、あの化け物の燃えカスですかね」

 まるで溶岩の塊のような、焦げ付かせた煮物の残飯のような黒い物が転がっていた。メイナード博士が拾い上げる。あの惨状を目撃しただけに、クガはゾッとした。

 「ME……マテリアル・イーター、持ってますよね?」

 クガにメイナード博士が詰め寄った。

 「私、あそこで働いてまして。直前に、連合の騎士が侵入する事件がありまして」

 ギレットとゼレノフが予定していた行動を思い出すクガ。愛想笑いもぎこちないものに変わる。

 「連合と帝国の戦争、終わってないんですね」

 全てを見透かすような、図星を突く博士の言葉にクガは堪らず質問した。誰なんですかと。するとメイナード博士も逆に訊いてきた。

 「君こそ何者なんですか。そんな特別なMEを持ってるなんて」

 「特別?」

 「そう、帝国から盗み出されたものですよ。それ」

 思わず左手を庇い、隠すクガ。だが、メイナードからは意外な提案が告げられる。

 「お願いがあります。きっと連合の騎士はこれを盗みに来たんだと思うんです」

 ゼレノフやギレットが持ち出したブルトンと呼ばれる帝国の秘術?に似た結晶体をメイナード博士がお披露目する。だが、二人が連合の施設へと送ったものより綺麗な形だ。

 「ど、どうして自分に?」

 当惑するクガを尻目に、メイナードは押し付けるように結晶体を握らせた。

 「クガっ!」

 遠くからレイブンズの声が飛んできた。この場から逃げる口実が出来たと思うクガだったが、意外にも先にこの場を立ち去ったのはメイナード博士の方だった。去り際に、お願いします、と繰り返した。怒涛の展開と言うよりは、ただただ困惑する押し付けにクガはどうして良いか分からなかった。が、手渡されたはずの結晶体は既に手の平から何時の間にか消えていた。レイブンズのマテリアル・イーターがブルトンと呼ばれる結晶体を取り込んだときと同じような痕だけが手の平を汚している。

 歩み寄ってきたレイブンズに事の成り行きを告白しようかとも思ったが、先のメイナード博士の言葉が引っかかった。連合が帝国からマテリアル・イーターの技術を盗んだ。ウラカン出現の原因を作ったかもしれない。連合への不信感と募らせるクガは、何も報告する事が出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ