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番外編 在りし日のエトセトラ

以前コンビニプリントでミニ本データを配布した時の短編たちです。ろりアベルちゃん書くのは楽しかったなぁという記憶があります。

ゴールデンウィークの暇つぶしにでもどうぞ。

【始まりの詩】


「おまえがぼくのフィアンセか?」


 唐突に声をかけられてその幼い少女は一瞬怯えるように飴細工の様な碧玉の瞳を震わせたが、意を決したようにさくらんぼ色の唇を引き結ぶと、拙くも愛らしい仕草で淑女の礼をとって見せた。


「おはつにお目にかかります。みかえりゅっ……ミカエルでんか。あの……まりあべる・ふぉん=ろーとれっくともうします」


 舌足らずな発音だが何とか言い切ると、ホッとしたように顔をほころばせ、隣に立つ銀縁眼鏡の少年を見上げる。

 ちゃんとできたでしょうと言いたげな表情にお付きなのであろうその少年が笑顔で頷くのを見て、初めに少女に声をかけた少年が鼻を鳴らした。


「ふん、ぼくの名前をいいまちがえそうになっただろ。みらいのおっとの名前もよべないなんてまだまだなんだぞ」


 小さな言い間違いをあげつらわれて、少女の頬に朱が昇る。碧玉の瞳が見開かれ、水膜が張るのを見て少年の顔にしまったという表情が浮かぶ。


「だっ……だがまちがいは誰にでもあると父上もおっしゃっていた! そうだ! 呼びにくいのだったらお前は特別にぼくのことを『ミケル』と呼んでもいいぞ! 母上と兄上しか呼ばないとくべつな名前だが、おまえには……」

「いりませんわ」


 思いもよらなかった拒絶に少年が驚いて顔を上げると、人形の様な美しい顔の少女はまっすぐに見つめ返してきた。今にも泣きそうなのに、じっとこらえるような表情に気圧されて、少年は二の句が継げなくなる。


「つぎにお会いするときまでにはちゃんと呼べるようになってまいります。なので、きょ……ほんじつはごぜんをしつれいいたしますわ」


 早口で言い切った少女は再度拙い淑女の礼を披露すると、踵を返した。その背をお付きの少年が追う。


「お嬢様、お待ちください!」


 小走りに少女を追っていた少年はふと思い出したように振り返った。眼鏡越し視線が針のような鋭さでその場に取り残された少年に突き刺さる。


「第二王子殿下、お嬢様のご無礼、ご容赦ください。初めての王宮での顔合わせで緊張なさっておられたのです。お心映えの優しい事で知られる殿下の事ですから、これくらいのことで人を咎めるなどと言うことは無いとは思いますが……」

「あ……ああ、分かっている。今のはぼくが悪かった。マリアベルにも気にするなと伝えろ」


 気まずさと、従僕如きに圧倒された悔しさをにじませながらも王子としての最期の矜持で胸を反らせると、従僕の少年は一転して気弱そうな笑みを浮かべてみせた。


「ありがとうございます。温情に感謝いたします」


 へりくだった態度が気づかいによるものだと分からない程鈍くもない少年は唇を噛みしめ、何でもない顔を装うしかなかった。


「マリアベル……ロートレック……か……」


 これが生まれた時から婚約者として定められた王子と令嬢の出会いと、その後のすれ違いの始まりの日の事であった。



【いとけなき焔】


「カミーユお兄様! ご覧になって。王宮から新しい髪飾りが届きましたの」


 声を弾ませて駆け寄ってくる少女が、急ぎ過ぎてつんのめりそうになるのを上等のお仕着せを着た従僕が抱き止める。


「お嬢様、淑女が廊下を走ってはなりませんといつも言われているでしょう? 俺がこうして毎回受け止められるとは限らないんですからね?」

「ごめんなさい。とても可愛らしいものだったから、お兄様に早くお見せしたくて……」


 白磁の頬を薔薇色に染め上げながら申し訳なさそうに目を伏せる少女の、バサリと音を立てそうな長いまつ毛が震えるのを見て、従僕の少年は溜息を吐いた。


「まぁ、俺がお側に居る限り、お嬢様には髪の毛一筋の怪我もさせませんけれどね。お怪我がなくて何よりです。それで? どんな髪飾りなんですか?」


 短すぎるお説教タイムの終わりに、少女がぱっと顔を輝かせる。そのあどけない顔を見るたびに、うっかり甘やかしてしまっているという自覚はあるのだが、こればかりはどうしようもない。


「あのね、薄紅色の薔薇をクリスタルで削り出してあって、結い上げた髪に挿して飾るの。デビュタントでは髪を上げるでしょう? その時に着けておいでなさい、ですって。王太后様がわたくしの為にお選びくださったの」


 まだ数年は先であろうデビュタントの為の飾りを贈ってくるとは王太后様も気が早すぎるのではないかと従僕の少年は苦笑いを浮かべる。


「きっとお似合いだと思いますよ。それではデビュタントまでその飾りはしまっておきますか?」

「ちょっとだけ、ほんの少しだけ試しに着けてみては駄目かしら?」


 装飾品に胸をときめかせるのは年頃の娘だけとは限らない。まだ子供と言って差し支えない少女も、華やかな飾りに目を輝かせる乙女なのだとしみじみと思う。


「そうですね。一回だけなら良いのではないでしょうか?」

「それじゃあこっちへ来て、カミーユお兄様が結って頂戴」

「俺がですか? 侍女を呼んだほうが……」

「デビュタントの為の飾りを貰ってすぐにつけるなんて、って怒られてしまうわ。だから試しに着けてみるのは、わたくしとお兄様の秘密よ」


 金色の緩やかな髪を揺らして振り返る少女が桜色の指先を唇に当てて、内緒のポーズを取る。碧玉の瞳の奥にほのかに揺れる熱に、少年の胸が痛む。


「……そうですね。メイド長にばれたら奥様に告げ口されてしまうかもしれませんからね。そっと着けて、そっとしまっておきましょう」


 決して同じ熱を自分も抱いているのだと告げてはならない。悟られてはならない。彼女もそれは望んではいないだろう。


「ええ、大事に、大事にしまっておくわ」


 少女がそっと目を伏せる。まつ毛の影で揺れる瞳が見えずに済んだのは、お互いにとっての幸いだったと、この時少年は考えていた。



【公爵家と伯爵家の子供たちのエトセトラ】


「オージェ、マリアちゃんを知らない?」


 金色の髪を揺らして走ってきた少年の問いかけに、アッシュグレーの髪の少年が小首をかしげる。


「マリー嬢は今しがた君と土手の花を摘むと言って二人で河原に降りて行ったんじゃなかったのかい?」

「さっきまでは一緒にいたんだ。でもぼくが水筒を取りに荷物の方へ戻っている間にいなくなっちゃったんだよ!」


 泣きそうな顔で訴える友の言葉にオージェと呼びかけられた少年の顔にも緊張が走る。


「まさか川に落ちてしまったんじゃないだろうね?! カミーユは?! あいつがあの子から目を離すはずはないだろう??!」

「カミーユもいないんだ! どうしよう……っ! 二人で一緒に川に流されてしまったりしたら……」


 堪えきれずしゃくりあげ始めた金髪の少年のマリンブルーの瞳から涙がぼろぼろと零れ落ちる。それに伴って周囲の空気がピリピリと魔力を孕んで渦巻き始めるのを見てオージェは慌てて目の前の少年、アンリを揺さぶった。


「泣いている場合じゃないよ。アンリ、カミーユが一緒ならむしろマリー嬢は無事に決まっている。あいつが大事なお嬢様を守り切らない筈がないからね。泣くよりもまず魔法でお父様たちにこのことを伝えるんだ!」

「オージェ……っ……ひくっ……わかった。やってみる」


 鋭い声で諭されたアンリは涙を引っ込ませて、頷いた。すぐに声を遠方に飛ばす魔法を詠唱しはじめる。

 大人の、一人前の魔導師でも難しい魔法を難なく使いこなす少年に、オージェこと、オーギュストはそっと息を吐く。


「僕は河原に痕跡がないか見てみるよ。カミーユの事だから、僕らを呼びに来る暇がなかったとしても何か手がかりを残しているだろうから」


 魔法に集中しているアンリを置いて、河原へと降りる。草藪を観察してみると、慌てて踏み切ったような足跡が見つかった。

 やはり探している少女は川へ落ち、従僕の少年は後を追って飛び込んだらしい。川下へと視線を巡らせる。流れは急で、地図で見た記憶が確かなら、この先はいくつかの支流に分かれていた筈だ。

 はやる心を抑えながら、川べりを調べて進む。


「あっ!?」


 木の根が張りだしたように飛び出ている場所を見つけた。先端は折れていて、その折れ口は真新しい。


「あった!」


 ぎざぎざの折れ口に細い糸の様なモノが引っ掛かっていた。糸は波に揺れながら、支流の分岐点へと続いている。鮮やかな朱色は、従僕の少年カミーユが纏っていた毛糸のセーターの色だ。木の根に絡みついた糸には微かな魔力の痕跡があった。


「この先に、二人はいる」


 オーギュストは糸が解けないようしっかりとつかむと、救援が来るのをじっと待つことにした。

 水の魔法属性を持つオーギュストだが、今のこの川の流れをどうにかできるような技量は無い。

 せめてでも、糸が切れることが無いように、そしてその先にいる二人の無事を祈って、掴んだ糸へ魔力を流し続けた。

 川の水は冷たく、手を浸しているだけなのに、心の臓まで凍り付くようだった。


 


 ぽたり、ぽたりと水滴が顔に落ちてくる。

 緩やかに覚醒した意識のもと、マリアベルの視界に入ってきたのは暗紅色の瞳からとめどなく涙をこぼす従僕の少年の顔だった。


「おに……いさま……?」


 泣かないで、と呟いてその目元を拭おうと手を伸ばすが、手足は自分のものとは思えない程重く、全身が震えるほど寒いのに、頭の芯は燃えるように熱く、意識が朦朧とする。


「マリー……無事で……良かった……っ!!」


 泣きながら強く抱きしめられて、触れ合う部分からじんわりと熱が伝わってくる。


「気が……狂うかと……思ったんです……あなたが川へ落ちて、何も考えずに飛び込んで、ここまで流されて……あなたが目を覚まさなくて……」


 濡れたシャツの胸に頬をうずめるようにすり寄せれば、ほっそりとした成長途上の指が、腕の中の存在を確かめるように髪を撫で、肩を腕を、冷え切った四肢を温めるように擦ってはぎゅうぎゅうと抱きしめる。

 まるで少しでも離れれば彼女が死んでしまうとでもいうように。

 痛いほどの抱擁に、マリアベルの意識がようやく本格的に覚醒する。


「おにいさま……痛いですわ……」


 ぽんぽんと、宥めるようにその背を叩けば、ようやくカミーユの腕が緩む。

 流されている間に眼鏡を失くしたのか、露わになった暗紅色の瞳が申し訳なさげに揺れている。


「申し訳ありません……あなたが川へ落ちるのを防げなかった。アンリ様があなたの傍を離れた時、すぐにお傍へ行くべきでした」

「わたくしが来ては駄目といったのだもの。お兄様は悪くありませんわ。……お兄様に内緒で花冠を作ろうとしていましたの。アンリお兄様と、おーじさまと、お兄様とわたくしでお揃いにしようと……。心配をかけてごめんなさい」


 ほっとしたように息を吐いたマリアベルの瞳から大粒の涙が滴り落ちる。


「ごめんなさい……おにいさま……わたくしの所為で……」


 その手がカミーユの腕にそっと触れようとして、踏みとどまる。白いシャツを真っ赤に染める血の色に、マリアベルの顔が蒼白になる。


「濡れた所為で染みてしまっただけで、かすり傷ですよ」


 しまったというように腕を隠しながら笑うカミーユに、マリアベルの涙が更に増す。


「それに救援がもうすぐ来るはずです。オーギュスト様とアンリ様がすぐに大人を呼んで、ここへ来てくれます」


 濡れた指で涙を拭われるが、マリアベルはそのまま救援が駆け付けるまでカミーユの胸に縋って泣き続けたのだった。




 無事救助され、馬車で着替えと治療を受けた子供たちは屋敷へと送り届けられた。

 馬車の中で疲れ切って眠ってしまったマリアベルを、兄とその友人が安心したように覗きこむ。


「マリアちゃん、怪我がなくて良かったね」

「だから言っただろう? カミーユがこの子を無傷で守りきらない筈がないって。……ところで、屋敷に着いたらどうしようか?」


 オーギュストの言葉にアンリが首をかしげる。


「どうするって?」

「マリー嬢は眠ってしまって起きそうもない。屋敷に着いたら部屋まで運ばなくてはいけないけれど、肝心のカミーユは腕がああだろう? ここは僕か君が運ぶしかないと思うんだけど?」


 オーギュストが紫の瞳を細めて笑う。


「アンリは力が無いから、僕が運んであげようか?」

「だめ! オージェはマリアちゃんに触っちゃだめ!! ぼくが運ぶよ! 魔法を使えば運べるよ! ……多分」

「アンリは重力の魔法はまだ苦手だって言っていただろう? 君の風の魔法だとマリー嬢を吹き飛ばしかねないし、僕が運んだほうが安全だと思うけど?」

「マリアちゃんはよめいりまえのしゅくじょなんだから、家族じゃない男がさわっちゃだめなんだよ!」

「カミーユは?」

「カミーユはぼくの乳兄弟だから家族みたいなものだよ! オージェは絶対だめ!」


 アンリとオーギュストが騒いでいると、唸るような声が割り込んできた。


「お二人とも、そんなに騒いではお嬢様が起きちまうでしょ。……お嬢様は俺が運びます。お軽い方なので片手でも余裕です。モヤシボンボンはすっこんでてください」


 ころんと横になったマリアベルに膝を貸しながらでは迫力も無いのだが、暗紅色の瞳は目上の筈の令息二人を黙らせるには充分の迫力に満ちていた。


「カミーユ……こわぁ……」

「仕方ありませんねぇ……今回の所はお姫さまを助けた勇者に栄誉を譲るとしますか」


 そう言って笑い合った令息二人も、屋敷に着くまでには眠りこけてしまい、屋敷の使用人によって運ばれることになるのだったが。


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