第四話 メイド少年と平民美少女にまつわるエトセトラ
後輩に誕生日プレゼントに最新話更新を早くしろと毎週せっつかれたので、ちょこっとだけ更新。ちなみに後輩の誕生日は、5月です。
※今回は視点がお嬢様じゃありません。
王立魔法学園の休日、学生寮はとても静かだ。
大半の学生が連れ立って街へ繰り出したり、王都の中に実家があるものは帰省したり、思い思いに過ごしている。そんななか、実家に帰ることもなく、街へも出ないで過ごすという御主人様の為、ボクはお茶の用意を整えたワゴンを押して廊下を歩いていた。
最高級の茶葉と、美味しいお菓子。今日はお部屋で読書をなさると言っていたから、きっと喜ばれるだろう。御主人様の笑顔を想像して、足取りも弾む。ふわりとエプロンドレスの裾が翻った。
くるぶしよりは少し上の動きやすい丈の紺色のワンピースに真っ白なエプロン、ヘッドドレスには金糸でロートレック伯爵家の紋章が刺繍されている。この紋章は伯爵家に仕える使用人の中でも特に当主やその妻子個人に仕えるものに授与される、名誉なものだ。
男であるボクがマリアベルお嬢様のメイドをしているのにはそれなりの理由がある。ひとつはボクがお嬢様の護衛も兼ねている為、女子寮に滞在しなければならないこと。この王立魔法学園は上は王族の方から、下は庶民に至るまで、才能あるものに門戸を開くというのを謳い文句にしているだけあって、学生の数も多ければ、彼らを世話する教員や職員の数も多い。その中に、ロートレック家の令嬢であるお嬢様を害しようと考える不届き者が紛れ込んでもおかしくはない。
学園の警備体制を疑うわけじゃないけど、お嬢様には敵が多いんだ。国の重鎮たるロートレック伯爵に恨みを抱くものはもちろん、お嬢様個人を恨んだり、嫌ったりして陥れようとする輩も少なくはない。その為、いざというときお嬢様を守ることができ、かつ年齢的に女子寮への滞在がギリギリ見逃される者として、ボクが選ばれた。
もうひとつは……。
「あれ? ラファエル君だ。おはよう」
いきなり声をかけられて、思わず舌打ちしそうになった。いけない、いけない。ロートレック伯爵令嬢に仕える者として、人前では品位ある行動をってお嬢様に言われているんだった。面倒くさい気持ちを押し隠して、足を止めて声のした方を振り返る。
廊下に面した部屋の一つから出てきたのは、現在のお嬢様の敵筆頭と言っても過言ではない平民の小娘だった。この辺りは寮の空き部屋の筈だ。いったい何をしていたんだ? ふと湧いた疑問は甘ったるい声に遮られた。
「またマリアベルさんに言いつけられてお茶の用意させられてる~……。今日は休日なのに……ラファエル君だって遊びに行きたかったんじゃない?」
馴れ馴れしい態度で勝手に同情的なまなざしを送ってくる小娘。ボクとしては何言ってんだこいつとしか思わない。
クローディア・モーヌ。平民出身だが、魔法技術と、その潜在的な魔力の高さを評価され、この学園へと途中編入という形で入り込んできた異分子。取るに足らない小娘だと思っていたら、あっという間に学園の中でも身分と容姿、財力などに優れた男子を虜にしては侍らせている、軽薄な尻軽女だ。
確かに容姿は整っていると思う。小動物を思わせる小柄で愛くるしい顔立ちと、真っ直ぐな黒髪、幼さの漂う雰囲気なのに、女性らしい柔らかさも感じさせる身体つきは、男心をくすぐるのだろう。けれど、どんなに見た目が整っていてもボクならこんな小娘に手玉に取られた挙句、貴族の矜持も捨て去った犬のように扱われるのは御免だなぁと思う。
あの男ハレムの集団はこの小娘の歓心を得るために平民には分不相応な贈り物を貢ぎ、どこへ行くにもついて回り、お姫様扱いをしている。おかげで最近じゃおこぼれにあやかろうとこの女の太鼓持ちになる一般学生もいるくらいだ。今もおよそこいつの実家の仕送りでは端切れですら到底買えないだろう上等なデイドレスを着ている。どこかへ出かけるつもりだったのか、単に見せびらかし目的で着ているのか知らないが、平民ごときが休日に着るような私服ではない。贈る奴も誰がいつどんな場所で着るべきものかくらい教えてやればいいのに。
「学園は休日でもボクは別に休みではありませんので……」
こんな女と長々会話をしていてはお嬢様の為のポットのお湯が冷めてしまう。そう思って言葉少なに通り過ぎようとしたのに、驚愕したような叫び声に引き留められてしまう。声だけでなくなぜか袖も掴まれている。咄嗟に振りほどいてしまったけれど、手首ごと切り落とされなかっただけありがたく思って欲しい。鬱陶しさを隠しもせずに睨めば、小娘は信じられないものを見る目でこちらを見返してきた。
「うそっ!? ラファエル君お休み無しで働かされてるの!!? ちゃんと訴えて労働環境改善してもらった方がいいよ!! それかもうマリアベルさんの使用人なんて辞めちゃいなよ!! パワハラにも程があるよ!!!」
「はぁ?!」
いきなり訳の分からないことを言われ、目が点になる。いつボクが休みがないなんて言った? 今日はボクは休みじゃないと言っただけだ。
確かにボクはお嬢様のメイド兼護衛侍官なので、ほぼ毎日四六時中お側に居る。けれど休みはちゃんと与えられているし、今日だって別にこき使われている訳じゃない。お茶を用意しているのはお嬢様に寛いで欲しいボクが勝手にしている事だ。そもそもボクが辞めた方がいいかどうかなんてボクの意志で決めることでこの女にどうこう言われる筋合いなんてないんだけど。
それを説明しようかとも思ったが、以前にも似たようなやり取りをして不毛な結果に終わったことを思い出した。この女はボクがお嬢様の不利になることを言えないように強制されていると思い込んでいるらしく、説明すればするほど『可哀想に』と憐れみに満ちた顔を向けてくるのだ。話すだけ無駄、むしろ不愉快な気分になる分損をする。
「その格好だって女子寮に入れるために無理矢理させられてるんでしょ? 男の子を女装させて身の回りの世話をさせるなんておかしいわ。ラファエル君が可哀想。私で良ければいつでも相談に乗るからね?」
「この先どんな困りごとが起きてもアンタにだけは相談しないから安心してよ」
むしろこんな女に相談に乗ってもらうやつの気が知れない。脳裏に幾人かの男どもの顔が浮かぶ。あいつらはこの女に救われただの、癒されただの、彼女に会って世界観が変わっただのと言っているらしいが、こんな薄っぺらな言葉で救われるような悩みなら、そもそも大した問題じゃなかったんだろうと思う。
「……なんか、ラファエル君ってツンデレっぽい! ……対象外だけどちょっといいかも。」
「何それ平民言葉? 意味は分からないけど、率直に言って気持ち悪いんだけど」
この女は何故か初対面から異様に馴れ馴れしく接してくる。ボクがマリアベルお嬢様のメイドだと知ってからも、いや、知ってからより一層話しかけてくる回数が増えた。 おそらくお嬢様の不利になる情報を引き出そうとでもしてるんだろうけど、それにしてはやり方が雑だ。学園の貴公子どもを落としまくった割に、ボクの心は読めないようで、こうして適当にあしらっていても、斜め上の解釈で受け止めたかと思えば、自分の都合や思い込みを何の躊躇もなく押し付けてくる。こんな女に癒され、救われたとか言ってる連中の脳みそが心配になってくる。……あいつら将来のこの国の重鎮になるんだよな? この国大丈夫か?
「……ねぇ、ラファエル君」
「ボク急いでるから。じゃあね」
まあ、ボクはお嬢様さえ安泰であれば他は知った事じゃないので、せいぜい旦那様があのバカ息子共の親を牽制して、余計な事をさせないようにしてくれてればいいや。そう思いながら早々に会話を打ち切ってワゴンを押しながら小娘の横をすり抜ける。今の時間だけでもだいぶ無駄に過ごしてしまった。最悪お湯は魔法で温め直そう。そんなことを考えていたボクの背中に、鈴を転がす様な声で、思いも寄らない質問が投げかけられてきた。
「……ねぇ、ラファエル君ってさ、お兄さんとか……いる?」
「はぁ? 何それ? いきなり意味わかんないんだけど」
ボクは密かに湧き上がった警戒を面に出すことなく、いつも通り、面倒くさい気持ちを全面に出して返す。横目で振り返れば、クローディアの瞳が探るような光を帯びているのが見えた。心の奥底で、この女への警戒レベルを上げる。
「……えっと、なんかラファエル君って弟属性っぽいかな~って。それに、マリアベルさんの傍付きにしては歳が若すぎるでしょ? ひょっとしたらお兄さんがいて、本当はその人が彼女のお世話係になるはずだったんじゃないかな~って……なんとなくよ、なんとなく」
特に深い意味はないというように繰り返すが、その目は笑ってはいない。ボクはいつも通りの、何言ってんだこいつという顔で、溜息をついて見せた。
「応える義務はないけど教えてあげるよ。……五人兄弟の真ん中。上は兄と姉が一人ずつ……いた。……もういないけど」
「え……?」
小娘の顔に困惑の色が広がる。予想が当たったとか外れたとか以上の、混乱と―――落胆。一瞬だけその黒曜石の様な瞳に翻った感情に、彼女の狙わんとした答えを無事に躱したのが分かった。
「……事故でね。おかげでまだ小さい弟妹を養うためにもこうしてお仕事に励んでるってわけさ。わかったらもう通してくれない? ボクはあんたと違って忙しいんだ」
「ラファエル君……ごめんね、辛い事思い出させて……」
「アンタが空気読めないのなんて前からでしょ。じゃあね」
そう言って今度こそワゴンを押してその場を後にする。なるべく普通の速さで、と思っていたけど、気が逸っていたのか、ポットのお湯がちゃぷりと音を立てた。零さなかったのは修練のたまもので、ギリギリお湯を零すことなく、ボクは小娘を置いて廊下の角を曲がって、お嬢様の部屋へと急いだ。
だから、ボクが立ち去った後、小娘が一人佇んで、親指の爪をガリガリと噛みしめていたなんて気づきもしなかったんだ。もし立ち止まって様子を窺っていたら、小娘が何事か呟くのを目にしていたら、ボクは―――。
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メイド服の裾が翻り、廊下の角へと消えた。人気のなくなった廊下で、思わず舌打ちがこぼれる。イライラをぶつけるように親指の爪を噛みしめれば、『お友達』にお金をかけて整えてもらった着け爪がパキリと割れる音がした。
「……何よ……やっぱり―――のルートは無しだってこと? 周回できないから他キャラ全員落としたのに……フラグが立たないどころかキャラが出てこないなんて……」
ここまで頑張ってきたのに報われないだなんてそんなの酷い。2番手キープの王子様はともかく、たいして好みでもない男爵家のドラ息子や、脳筋で気が利かない騎士見習いにまで優しくしてあげていたのに……。本命が来ないんだったらもうミカエル様で妥協するしかなくなってしまう。
だいたい展開があちこち違い過ぎない? あの女の学園追放は失敗するし、いいカモだったレオくんはいなくなっちゃうし、ミカエル様は優しいけど、記憶にあるシナリオ程全開で甘やかせてくれないし……。単独ルートだったらとっくに王宮とかパーティに招待してくれて、ドレスや宝石もいっぱいプレゼントしてくれるイベントが発生してるはずなのに……。
「……なんか、腑に落ちないのよね~。これはやっぱり……あの女にも私と同じ記憶が……? でもそれにしては攻略の邪魔自体はしてこなかったのよね……」
見た目や喋り方、性格の悪さは記憶の通りだもの。普通『私とおなじ』ならもうちょっと常識的な行動をすると思う。あんな高慢な態度って普通は取れないよね。自分のこと『わたくし』とかちょっと痛いと思うし。
「私だったらミカエル様にあんな生意気で可愛くない態度取れないし、エドくんをわざと怒らせるような事言ったりしないし、家柄でレオくんを蔑むようなことしないのに……。ほんと、マリアベルさんって性悪令嬢そのもの。あれで記憶持ちだったら元々性格ブスなんだわ。……可哀想」
思わず声に出してしまってから、周りを見回す。うん、誰もいない。優しく慈悲深いヒロインが、いくら本当のことでも人の事をブスなんて言っちゃ駄目よね。手鏡を出して、表情を確認する。無垢で天真爛漫な笑顔、完璧。
「さて、この後は……ミカエル様に会いに行こうかなぁ……。ほかの『お友達』からドレス頂いたんですって見せたら嫉妬イベント来ると思うのよね~」
ほかの男から送られたドレスなんて着るなとかいって壁に押しつけられちゃったりなんかして! 楽しみ過ぎてスキップしそうになるけど、パニエで膨らませてフリルをふんだんにあしらった裾の長いワンピースは案外動きづらいから我慢する。
お嬢様仕様の服って動きにくいけど、将来の為にも着慣れておかないといけないもんね。裾を引き摺るようなドレスとかも早く着てみたいなぁ。王子様と優雅に踊る私に家柄だけのブス共が文句言ってきても、きっと皆が私を庇ってくれるから怖くないもの。
ミカエル様にさりげなくおねだりしちゃおうかなぁ……。夢みる感じで『一度でいいから王宮の舞踏会って見てみたいです』って言ってから殊勝な顔で『私なんかには夢のまた夢ですけど』って寂しそうに言ったら流石にミカエル様も可愛そうな私の為にどうにかしてくれると思うのよね。
「王宮に行けば―――の事も何か分かるかもしれないし、ああ、楽しみだなぁ」
来たるべき舞踏会に向けて、イメージトレーニングもしておかないとね。高揚した気分のまま、鼻唄を口ずさみながら軽やかな足取りで廊下を駆け抜ける。あの女の小間使いが消えたのとは反対の角を曲がるころには、ツンデレだけが売りの雀斑面のチビのことなんて、頭から消え失せていた。
……というわけで、逆ハーちゃんの設定が少し明らかになったので、小説情報を修正してきます。転生ものに分類しますね。