第二十一話 聖女にまつわるエトセトラ
「歴史書や教科書に寄れば、魔導帝国は古代に強力な魔導師たちによって建国され、彼らはその恐るべき魔術によって民を支配した、とあります」
クローディアは授業のおさらいをするように訥々と語りはじめる。
「代々の皇帝は先代から強大な魔力と多数の禁術と呼ばれる魔術を受け継ぎ、その力でもって国内に強い独裁体制を引き、魔術を持たない平民を虐げたのでしたわね?」
わたくしが問いかけると、なぜかクローディアはムッとした顔でこちらを睨んでくる。
「人が話してるときに遮るのはお行儀が悪いんじゃありませんでしたっけ?」
遮ったつもりは無い。ただ普通に質問を挟んだだけなのだが、どうやらお気に召さなかったようなので、黙って先を促す。
「歴史の上では魔導皇帝は最後の代、滅びの魔王と呼ばれたドゥナティリウスが最も苛烈で残虐かつ民への懲罰が厳しかった為に各地で反乱がおき、その反乱をまとめ上げ、革命軍として王都に攻め込んだのが騎士王ルキフェリス=アンジェロ・クリステル、当時の肩書では元帝国軍将軍だった方です」
そこまでは教科書通り。
この国に住まうものならば身分の差なく誰でも習う建国譚だ。
「ラ・クロワの神殿に伝わる逸話では、クリステル将軍は幼いころからドゥナティリウスの傍付きとして仕え、騎士として将軍職まで上り詰めた、優れた魔法騎士であり、皇太子時代のドゥナティリウスの唯一の親友であったと伝えられています」
テーブル内が微かにざわめく。
建国の騎士王が魔導帝国時代の皇帝につかえた将軍であったことは知られているが、最後の皇帝と親しかったなどと言う話は聞いたことがない。
「ドゥナティリウスが生まれた頃には既に帝国は腐敗により屋台骨が揺らぎ、斜陽の時期を迎えていました。そんな中若くして即位した皇帝はクリステル将軍と、神殿に仕えていたとある巫女姫と共に国を立て直そうと奔走しましたが、佞臣を退けることはおろか、自分たちの身を守ることさえおぼつかず、ドゥナティリウスは親友と巫女姫を守るため、あえて汚名を着せて放逐し、危険な王宮から遠ざけようとしたのです」
「馬鹿な!? 魔導皇帝ドゥナティリウスと言えば即位直後から民への課税を重くし、刑罰を残虐なものにし、国中に飢えと死の雨を降らせたと伝えられて……」
ルーベンス侯爵が信じられないと言うようにゴブレットをテーブルへと叩きつける。
幸い中身が空だったのでクロスが汚れることはなかった。
侯爵が驚くのも無理はないことで、『建国の祖ルキフェリスは残虐非道な皇帝を討ち果たし民を救って平和な国を作り上げた』というのがこの国の王統の、ひいてはそれに仕える貴族の歴史への正統性の根拠とされているからだ。
それなのに騎士王が討ち果たしたのが民想いの皇帝で騎士王の親友だったというのでは、聞きようによっては王家への侮辱になりかねない。
「もちろん、ドゥナティリウスの治政下で、民が飢えに苦しめられ、重税にあえいでいたのは本当です。だからこそ彼は親友であり、騎士である将軍にすべてを託したのだと思います」
「何……?!」
「ルキフェリス将軍が革命軍を起こすまで、帝国内で反乱が成功しなかった理由の一つに、皇帝の居城があまりにも堅固で、攻め落とすことが不可能だった、という説があります。国内でも有数の強力な魔導師たちによって多重の結界が張り巡らされ、外敵の侵入を阻んでいたからです。ドゥナテリウスはその結界を破る鍵を、ルキフェリウスに託していたのです」
魔導帝国の滅亡については強大な魔法兵団を擁する帝国側が、魔術が使えなかったり、魔法の力が弱い者たちが多数を占める革命軍を何故防ぎきれなかったのか、という疑問が未解決の問題点と言われてきたが、クローディアの語ったそれは、その穴を埋める説には違いなく、テーブルがシン、と静まり返る。
「また、ルキフェリウスに保護されるように共にラ・クロワへと身を隠した巫女姫はクロノアの託宣を受け、初代の聖女として帝国軍の魔導師たちの禁術によって疲弊した大地を甦らせ、浄化する使命を受けました。その為、ルキフェリウスと共に国中の神殿を巡りながら恐ろしい古代魔術が二度と使われることが無いよう、封印を施していったんです」
「古代魔術の拠点を浄化することで魔導師たちは悪しき古代魔術を使えなくなっていき、現代の清き魔法の基礎が紡がれるようになった、と我が神殿では伝わっていますね」
ジョシュアの言葉にクローディアが大きく頷く。
「そうなんです。そしてそれはルキフェリウス、ドゥナテリウスと巫女姫の三人共通の目的でもあった。腐敗の進んでしまった帝国を内側から変えることができないと悟ったドゥナテリウスはあえて傀儡を演じながら、ルキフェリウスに革命を起こさせ、自らの命と引き換えに新たな国をルキフェリウスと巫女姫へと託したんです」
「それでは聖女殿は我が王家が友人に汚名を着せて弑逆した、と?」
「そうじゃないんです! ルキフェリウスは革命は起こしても王位を簒奪するつもりではなかった。帝国の上層貴族を捉え、断罪し終えたらドゥナテリウスは生かしておいて国を立て直すための象徴として復権させるつもりだった……それなのに……」
クローディアが瞳を潤ませながら肩を震わせる。
それはまるで自分が体験した物語を語って聞かせているような、芝居を演じる女優が物語に感情移入しすぎているようなちぐはぐさを感じさせた。
「……結果として友を失ったルキフェリウスを慰めたのが初代聖女である巫女姫、彼らは共に亡き皇帝の意志を引き継いで民を救い、国を立て直し、今のクリステル王国の平和を築き上げたんです。悲しいけれど、その志はとても美しいものだった、と神殿の古文書には書いてありました」
「ドゥナテリウス個人がどうあれ、その身には悪しき古代の魔術の系譜が刻まれている。最後の皇帝の望みが新しい時代であったのだとすれば、自らの生存を良しとしなかったのも頷けますね」
ジョシュアのまとめるような口調に、モヤモヤとした気持ちにはなったが、あくまでもクローディアの故郷に伝わる伝説と、神殿の思想の部分であるので、真っ向から否定する材料もない。
「ルキフェリウスが騎士王として国を治めてくれたからこそ、この国は革命の傷跡から驚くべき早さで復興を遂げ、現代での隆盛に繋がっている。そんなふうにも書かれていました」
クローディアがそう付け加えたことでそれ以上彼女の話への非難はなく、話題は神殿の古文書がどのようにして見つかったのか、また、クローディアがその内容を知った経緯などについて話題が変わっていった。
クローディアは母が神殿に仕える巫女と親しかったため、幼いころから神殿に出入りしていたこと、そこで不思議な雰囲気の神官に見せられた古代の石板に触れたところ、その内容が音になって頭の中に入ってきたことなどを誇らしげに語っている。
幼い頃はその能力を気味悪がられたりしたが、クローディアが高い魔力を持っていたこと、聖女と同じ光と水の属性を有していたことで、領主であるラ・クロワ子爵の目に留まり、学園へ推薦されてきたことなどが語られている。
その辺りは以前彼女の事を調べさせた時に一通り聞いていた内容と大差ないので聞き流しながら、クローディアの語った魔導皇帝と騎士王、巫女姫の物語に思いを馳せた。
彼女が語った話にはいくつかの穴や間が飛んでいる部分があるように感じた。それが偶然なのかわざとなのかは判別がつかない。
古文書そのものが欠けていたとも考えられるし、幼いころに見たということだから正確には覚えていない可能性もある。
そんなことを考えていたら、ふとギュスターヴ殿下の様子が目に入った。
クローディアを見つめながら安堵したようにホッと息を吐いていらっしゃったのだ。
なぜそのような顔をなさるのだろう。
彼女が語った物語に彼を不安に陥れるような要素があっただろうか。建国の祖の正統性についてはその揺らぎはないと祭司長も仰っていたし、たとえあったとしても、その話が真実であるという証しがないならば、ただの戯言と一笑に付してしまえば済む。
さらには王家を侮辱したと一方的に断罪し、処罰することだってできるだろう。
「もしかして……」
ギュスターヴ殿下はクローディアの話が真実であるという証しをご存じなのだろうか……。
その為、彼女の事を昔から知っていて、王宮で出会った際に動揺なされた。
今の顔は、語られた内容が恐れていた物ではなかった事への安堵だとしたら、ラ・クロワの神殿に伝わる話には別の裏が何かあるということになる。
「不思議なお話ね。是非一度その古文書が保管されているという神殿に詣でてみたいですわ」
「よそから来た方にはお見せできないってその神殿の巫女長が言ってたと思いますけど、お参りだけならいつでも来てくださっていいですよ」
クローディアがまるで自分が領主であるかのように許可を出しているが、当然、ラ・クロワ子爵の許可なしに訪問はできない。
まあそんな些細な事はいちいち突っ込むのも面倒なので黙っておいた。
「旅をするにしてもまずは街道の安全が確保されてからですわね。今回の派兵によってそれも時間の問題ですけれど」
「ああ、可能な限り早く魔獣を退け、民に安寧をもたらそう」
ミカエル殿下が勇ましく宣言なさる様子は自信に満ち溢れ、生来の美しさに逞しさがにじみ出て、凛々しく見える。
周囲のテーブルからも女性たちの溜息が聞こえてくるほどだ。
「しかし、魔獣の出没範囲が広いため、部隊が分散してしまうことと、補給隊の人員で更に主戦部隊の人数が薄くなってしまうのは問題ですな。ノワール閣下の軍備拡張政策がもっと早くに功を奏していれば、と悔やまれますな」
「ええ、わたくしの先見の明が足りなかったばかりに侯爵閣下にもご苦労をおかけします。後衛の補給部隊、医療部隊、運搬についてはロートレック伯爵が良く働いてくれたおかげでどうにかなりそうです」
ルーベンス侯爵の当てこすりにノワール公爵は薄笑いで応える。そもそもノワール公爵と我が父ロートレック伯爵の革新的な政策に予算や前例を盾に及び腰だったのはルーベンス侯爵率いる保守派の方なのだが、いざことが起きるとこちらの対応が遅いと言わんばかりの論調なのはどうなのだろうか。
「補給や運搬、治療や看護の人が足りないんですか? それならボランティアを募集したらいいんじゃないですか?」
「ほう? 聖女様、そのお考え、聞かせていただけますかな?」
クローディアが無邪気に言い放った言葉に、公爵に軽くいなされたルーベンス侯爵が喰いついた。
「国中で魔獣の災害が起きていて、みんな不安な日々を過ごしてるのを学園の皆も心配してて、自分たちにできることはないだろうかって話し合ってたりしてたんです。だから今回の派兵部隊のお手伝いの奉仕活動を勧めてみたらいいんじゃないでしょうか?」
ノワール公爵が微かに眉をひそめたのが見えたし、わたくし自身、クローディアの口にお肉の塊でも突っ込んで黙らせたい気分になったが、流石に陛下の御前でそんな暴挙に出るわけにもいかず、彼女の言葉が途切れるのを待った。
「食料を運ぶとか、魔獣災害で壊れた建物の片付けくらいなら学生でもできるし、看護も専門的な事じゃなければ簡単な治癒魔法を使える子もいっぱいいるし、そういう後衛でのお仕事を学生にさせれば、軍の本職の方々は魔獣退治に集中できるでしょう?」
「学生は学業が本分ですわ。そのような募集、したところで誰も来ないのではありませんこと?」
自信満々と言った様子で計画を語って聞かせたクローディアに婉曲に反論してみる。
「そんなことないと思うわ。だって国中でたくさんの人が魔獣に苦しんでいるのよ。それを見捨てるなんて酷いこと、みんながするとは思えない!」
「見捨てるとは言っておりません。ですが、魔獣退治の手伝いの為に学生に長期の休みを取らせては進級や就職にも影響が出ますでしょう。そのような犠牲を払う必要性がどこに?」
「マリアベルさんって本当に自分のことばかり考えて人を思いやる気持ちがないのね。だいたい、魔獣騒ぎで私たちの学園だって授業が滞っているじゃない。だったらどうせ暇なんだから国の為、みんなの為に少しぐらい働いた方が有意義だわ」
確かに一部の授業はストップしているし、故郷へ避難している学生も多い。それでも王都に居を構える貴族の子女や、平民の学生も多数、今でも通学しているし、学ぶことを止めてはいない。
それなのにまるで遊んでいるかのような言われようは不愉快だ。
それに彼女自身、魔獣災害に苦しむ人々を思いやってはいるが、学園で共に過ごした学生仲間のことを思いやる気持ちは見られない。
「そもそも学生をいきなり実戦の場に連れ出せば足手まといになりますし、使い物にはならないでしょう。それよりもきちんと訓練された傭兵や各貴族の領邦に仕える私兵を雇い入れる方がよろしいのではなくて?」
「え~? でも学生の奉仕活動って事にした方が国の予算を節約できるでしょ?」
「……あなたまさか学生たちにただ働きをさせるつもりだったの?」
「え? だってボランティアってそういうものでしょう? 困ったときはお互いに助け合う。すごく崇高で素晴らしい事だわ。やりがいを求めてくる志願者にとって報酬なんて下世話なこと言う方が失礼よ」
どうしよう、あまりの案に眩暈がしてきた。
「もちろんごはんぐらいは用意してあげた方がいいけど、災害を受けた人たちに迷惑はかけられないんだから、なるべく自分たちで用意していくのが礼儀だと思うの。それに難しい仕事をさせるわけじゃないんだし、学生の身で報酬を要求するのって烏滸がましいんじゃないかしら」
だったら貴女は聖女のお仕事をするのにそのキラキラした衣装も髪飾りも、おそらく神殿で出されているであろう豪華な食事も、自分で用意しなさいと言いたくなったが、我慢する。
「精神論でどうにかなるほど魔獣討伐のお手伝いが甘いものだなんて、それこそ軍に所属する兵士たちを侮る発言だと思いますわ。それに、何度も申し上げますけれど、募集したところで人員が揃わなければどうにもなりませんわよ」
学生たちには学生たちの生活がある。それを犠牲にしてまでそんなバカげた活動に参加するメリットが何もない。
まともな学生ならそんな募集は無視して学業に専念するだろう。
「だったら、従軍していた間の単位は特別支給して、レポートなんかを免除してあげたらいいじゃない。軍のお仕事の手伝いだから卒業後の就職にも有利だし」
自ら学びたくて取っている授業に出られないまま単位だけ与えられ、研究結果の添削も受けられないことのどこがメリットなのか。
それでは単位を取ってもその科目の知識や技術を充分に身に着けたことの証明にならないではないか。
就職だって軍に就職するわけじゃないし、貴族の子女ならそのような縁故に頼らずとも人脈を得る術はいくらでもある。
問題はクローディアの話にルーベンス侯爵が興味を示した様子でいることだ。
もちろんお父様やノワール公爵はこんなバカげた案は止めようとなさるだろうが、ルーベンス侯爵の発言力は国王陛下とておいそれとは無視できない。
その上、国の政策としてではなく、神殿主催の慈善事業として計画を進められてしまえば、止めようがない。
「マリアベルさんは自分が危険な事をしたくないからそうやって、まるで他の学生が自分と同じ考えみたいに決めつけるんだわ。でもそれって自分勝手な考えよ。今まであなたの身分を気にしてみんな言うことを聞いてきたんでしょうけど、戦場ではあなたの身分なんて価値がないものになる。だからそんなに頑なに嫌がってるんだわ」
クローディアがまるで痛ましいものを見るような顔で、憐れむような声音で、語り掛けてくるが、同じ共通言語の筈なのに、何を言っているのかわからないのは、実は異国の言語で喋っているからなのだろうか。
ほかの学生の気持ちを勝手に代弁しようとしているのも、自分は安全な後方にいて、他人を危険に晒そうとしているのも、自分勝手なことばかり言っているのも、彼女の方ではないのだろうか。
クローディアがあまりにも堂々と、当然のような顔をしているので、一瞬自分の方が間違ってるのかと思いそうになったがそんな筈はない。
「それにミカエル様やエドくんだって学生なのに討伐軍で戦線に立つのよ。それなのに自分だけ王都でのんびりしてるなんて悪いと思わないの?」
「それは俺が学生である前にこの国の王子だからだ。俺はこいつ……彼女にしろほかの学生にしろ、安全な場所で待っていてほしいと思う。あえて危険な場所にくる必要は無い」
「ミカエル様は優しいからそう言ってるのはわかってます。でもそれに甘えて災害の現場も知ろうとしないで王都でいつも通りの贅沢をしようなんて不謹慎だと思うんです。魔獣に怯えて外にも出られず、ご飯に困っている国民がいるんですよ!?」
ミカエル殿下の擁護も捻じ曲げて、自分の良いように書き換えようとするしたたかさにはもはや感心してしまうほどだが、この話の流れはまずい。
「やはり聖女様は慈悲深く、我が国をあまねく包み込む御心をお持ちなのですなぁ。このルーベンス、いたく感激いたしました」
「侯爵閣下」
「学生の愛国心を養ういい機会にもなりましょう。このご提案、私めが審議会にかけ、聖女の御心に沿うよう取り計らいましょう」
「閣下、まだ議案にもなっていない酒席の戯言を本気にすれば物笑いの種となりますよ」
オーギュストの言葉さえ無視して、ルーベンス侯爵が赤ら顔で高らかに宣言しはじめる。
こうなってはこのバカげた奉仕活動への学生徴収案は貴族院の議案にあげられるのは防げない。
審議の席でルーベンスに同調する者が多くないことを祈るばかりだが……。
「議案が通らないよう、全力を尽くす。お前は俺が遠征から戻るまでしっかり学業に励め」
ミカエル殿下が小声でそう言ってくれたが、わたくしの不安は拭えなかった。




