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第十七話 追えば逃げられるエトセトラ

仕事とプライベートに追われすぎてる間に猛暑にやられたり旅に出たり、親戚の見舞いで電波の届かぬ山奥に行ったりしてました。ついでに本業の関係で世間一般のお盆休みは休日出勤でした。やっとお盆終わって休みに入った途端に体調を崩したので、皆さんも水分と睡眠はしっかりとってください。

久々にPCに向かったので、調子が出ません。後日書き直したりするかも。

『魔導皇帝の城に火の手が上がり、守護の塔は瞬く間に焼け落ちていきました。燃え盛る城から救い出された聖なる巫女姫は暁の丘で崩れゆく城を見つめながらポロリと涙をこぼしました―――』


 そこまで読んだところで窓の外が茜色に染まっていたことに気付いた。

 そろそろ寮に戻らなくては。

 読みかけの本に栞を挟むと、元の棚へと戻す。

 特別図書室の本は殆どが持ち出し禁止である。出入りする者が少ないので、栞を挟んでおいても次に来るときまで外される心配はないだろう。


「ラフィがそろそろ迎えに来るころね。何か情報が掴めているといいのだけれど……」


 図書室を出て廊下を歩き始めたところで前方から歩いてくる白尽くめの男性に目が留まった。

 ひらひらとした薄布を幾重にも重ねたローブは神殿の仕える神官の装束だ。スラリとした立ち姿は優美で、柔和な面立ちは、女性と見まごうほどだ。


「おや、貴女は……」


 向こうもこちらへと気づいた様子で足を止めると、スッと端へ寄って見せた。

 けれどその視線は伏せることなくわたくしへと注がれており、どことなく不躾な印象を受ける。


「この先は許可を得た者以外は立ち入り禁止の区域でしてよ。お戻りくださいませ」


 神殿の祭司とはいえ、学園では部外者だ。

 普通ならば門衛が付き添いの案内人という名の監視者を付ける筈なのだが……。

 訝しく思いつつそう声をかけると、神官は一瞬虚を突かれたような顔をして、ふにゃりと眉尻を下げた。

 その様子はただの困り顔の青年にしか見えない。

 さっきまでの態度は見間違いだったのだろうか。


「そうなんですかぁ~? すみません……学長室で面会していたのですが、お手洗いに立ったあと、つい珍しくて歩き回ってしまいました。あの……よろしければ出口までご一緒していただけないでしょうかぁ~」


 なぜわたくしが、と思わないでもなかったが、部外者をこの区域に放置していくわけにもいかない。

 仕方なく先に立って歩く。


「どうぞこちらへ。ここを出ましたら誰か案内の者を呼びますわ」

「そこまでしていただく必要はないですけど、ありがとうございます~。あ、私ジョシュアと申しまして、中央神殿で祭司を務めさせていただいております」


 そう名乗った青年はわたくしの後ろを子犬のようについてきた。


「この度学長殿から我が神殿に学生の安全と安寧を祈るためのお布施をいただきまして、そのお礼で窺ったんですけれど、噂には聞いていましたが、大きな学園ですね。学生の姿をあまり見かけませんでしたが、良い学習環境だと思います」

「それはどうも……今は放課後ですし、里帰りをしている学生も多いものですから」

「ああ、魔獣の出現が増えていますからねぇ~。マリアベル様は避難はなさらないのですか?」

「わたくしは父も母も王都に居りますし、領地に戻るよりは王都の方が安全ですので……」


 応えてから名前で呼ばれたことに気付いてハッとなったが、相手がきょとんとした邪気のない顔を向けてくるので、問いただすのをこらえる。

 名乗った覚えなどなくとも顔と名を知られている。これまでもよくあったことだ。

 とはいえ、目の前の青年への警戒を強めつつ、特別校舎の出口まで案内してきた。


「ここから真っ直ぐに行けば学長室のある職員棟ですわ。それではジョシュア様、ごきげんよう」

「マリアベル様ありがとうございます~。このお礼はまたいずれ」


 手を振って去っていく青年を見送っていると、ラファエルが息を切らせて駆け寄って来るのが見えた。




「クロムの聖女の神託が降りたって……それはどういうことなの?」


 寮に帰ってきて、部屋での夕食。

 ラファエルに給仕を受けながら調べてきてもらった話を聞いていたところ、神殿に下働きで入っているという人物から意外な話がもたらされたとのことだった。

 魔導帝国復活に兆しの噂に加えて、聖女の神託。


「神殿の狙いとしては王国の危機を予言し、救済に携わることで王政への発言力を得ようというところかしら?」

「おそらくは。ただ聖女の神託については具体的な内容は……ただ魔導皇帝の魂が解き放たれた場合、鎮めることができるのは女神に選ばれし聖女だけ、そしてそのものは聖女クロムの魂を受け継ぐものだという事くらいしか……」

「聖女クロム……ねぇ……」


 図書室で読んだ神話の本を思い出す。魔導皇帝に巫女として仕え、その暴虐を諌め、王宮を追われた聖女と騎士が手を取り合って非道の皇帝を誅する。どの本も似たり寄ったりの展開ではあったが、いくつか気になる点があった。


「ねぇ、ラフィ。図書館で読んだ神話では、聖女は王宮を追われ、騎士と共に反乱軍として戦の先頭に立ったと書かれていたわ」

「ええ、世界を救い、この国を作った建国の英雄とその傍らで支えた乙女の物語として語り継がれていますね」

「でも、魔導皇帝は光以外の全ての属性魔法を駆使した強大な魔導師でもあった」

「はい」


 カトラリーを置いて口元を拭う。ラファエルが食後のお茶を用意しに行くのを制して、話を続けた。


「光以外の属性を扱えるということは逆を言えば光の魔法が皇帝の弱点ともいえるわ。対する聖女は光と時の女神の加護を持つ巫女……。皇帝から見て、そのような危険人物を野放しにするかしら?」

「……確かに。普通なら手元に押しとどめ、監禁するか、処刑してしまった方が安全ですよね」


 魔導皇帝が伝説に謳われるような冷酷無比、悪逆非道の皇帝であるならばなおの事、聖女との敵対が避けられなくなった段階で彼女がまだ味方を得る前に手を下していた筈だ。


「ええ、わたくしなら最初から反乱の意志など持たぬよう囲い込んで、情報を統制し、巫女姫を政治にも世情にも関わらせないようにするわね」


 帝国の斜陽期、魔力を持たない只人は虐げられ、魔導師は帝国貴族として搾取の限りを尽くし、国内には怨嗟の声が溢れた。それでも民が皇帝に反旗を翻さなかったのは、彼らを率いる指導者がなかなか現れなかったからだ。そんな中、騎士と巫女姫は皇帝に殺されることもなく、市井に紛れ、兵をあげた。


「そもそも、巫女姫と呼ばれるその娘がいつから王宮に出入りするようになったか、どの神話でも語られてはいないのよ」

「神殿が使わしたんじゃないんですか?」

「わたくしも最初はそう思っていたのだけれど……。帝国時代、神殿は今よりもずっと王宮や政治の場からは引き離されていたの。国の中枢を担う者が殆ど強力な魔導師で、神を崇めるという信仰心とは無縁のものだった、と史書には記されていたわ。そのような状況で神殿が大事な巫女姫を王宮に差し出すとは考えられない」

「人質、としてだったとか?」

「だとしても、いえ、それならば一層の事、魔導皇帝の脛を撃つことができる光の巫女姫なんて差し出したりしない。当たり障りのない神官長の親類辺りを差し出すはずよ」


 神殿が虎の子の巫女姫を差し出さざるを得ない状況が起きたのか、あるいは……。


「ともかく、巫女姫と呼ばれたその娘は、いつの間にか王宮に存在し、皇帝の間近にいた。何度もその暴政に諫言し、やがて城を追われ、反乱軍の象徴となった……。当時の女性が今より活動的だったのだとしてもちょっと考えられない行動力だわ」


 女の身の上で政治に口を出し、戦の先頭に立つ。出自も分からない娘がいきなりそのような真似をすれば普通は周囲から反発しか起こらないだろう。けれど、彼女は王宮は追われたとはいえ、騎士という手助けを得て、反乱軍を率い、救国の聖女と崇められるまでになった。


「……わたくし、この聖女、どうしてかあまり好きになれませんわ。どこがどう……というわけではないのですけれど」


 仕えていた帝国を滅ぼし、新たな国の頂点に登りつめた聖女は、滅びゆく帝国の情景を前に涙を流したという。その涙が落ちた地には泉が湧きだし、今では神殿が建ち、聖地として多くの巡礼者を迎えている。


「自分で滅ぼした国のために泣くだなんて、欺瞞ではないかしら」


 魔道帝国皇帝の魂を封じたのは聖女のみが使える秘術だったと神話には語られていた。つまり聖女は自らの意志で帝国を滅ぼしたのだ。


「敵にすら憐れみを持つ心優しき娘だったって、神殿では語り伝えられてるみたいですよ」

「そう……まるでどこかの誰かさんみたいね」


 誰でも彼でも『可哀想』と言っては相手を気遣う振りで、その実相手の事を見下している、どこかの少女に。


「そういや最近あいつの噂聞きませんね。学園にいた頃はいつも何かしら起こしては騒いでた気がしますけど」

「相変わらず、ベリーニ大公の助手として動いてはいるみたいだけどね。今のところおかしな動きは無いようよ。史務省と、王立図書館を往復している、と報告は受けているわ」


 王族の声がかりで内宮勤めになったとはいえ、クローディアは平民出の学生に過ぎないのは事実。その行動には常に監視が付けられている。

 監視役と懇意にしているお父様の配下を通じてわたくしのもとへも報告が届いていた。

 今のところ与えられた仕事と無関係の場所への出入りや、他の王侯貴族との接触は報告されてはいない。

 不気味なほど、彼女の動向が静かだ。


「嵐の前のなんとやら……ではないことを祈るわ」


 けれどその祈りは天に通じることは無かった。

 翌日、学園へとオーギュストが訪ねて来て、クローディアが神殿によって聖女の神託を受けたと聞かされたのだ。



「オーギュスト、一体どういうことですの? あの娘が神殿によって聖女に指名されたというのは」

「今聞いたまま、中央神殿の大神官長サマが仰るには、あの娘は光と時の女神クロノアの加護を受けし聖女クロムの魂を受け継ぐ正当なる聖女様なのだそうですよ? 私は聖女という職は人間が務めるものだと思っていたんですが、子豚でも務まるものなのですねぇ」


 学園のカフェには人の気配はない。オーギュストが人払いをしたからだ。

 そのオーギュストはと言えば、優雅に脚を組み、カフェの椅子がまるで王宮のソファででもあるかのような雰囲気で優雅に紅茶を飲んでいる。


「今朝がたベリーニ大公閣下のもとへも神殿の使いが現れましてね。来月の魔獣討伐に聖女を随行させるため、彼女を神殿で引き取り、潔斎させると通達なさったそうですよ」

「それ、クローディアは何て?」

「それがあっさりと『わかりました。私でお役に立てるなら』と使者殿について行ったそうです。まるでこうなることが分かっていたようだ、と見ていたものが思ったそうですよ」

「わかっていた……のかもしれませんわ」


 クローディアの今までの言動を顧みると、彼女はときおり結果を知っていて行動したのではないかと思う部分が多々あるのだ。


「殿下やレオナルド、エドアルドが何を言われれば喜ぶのか、何をされたら自分の虜になるのか、分かっていて彼らに近付いた。ベリーニ大公の件も、何をすれば目に留まるのか知っていて、大公に会う機会があの研修講義の中にしかないと分かった上で、研修講義への参加を無理矢理もぎ取ったとすれば……」

「でも聖女に選ばれるのが分かっていたならそれこそミカエル殿下に近付く必要も、内宮に入る必要もなかったのでは? 神託さえ降りれば聖女になれるのだから、ベリーニ大公のもとにいる必要は無いでしょう?」

「それは……そうですけれど……」


 それならば彼女は何故あんなにも研修講義に拘り、内宮へ入ることに拘っていたのだろう。

 考えれば考えるほどわからない。


「ともかく今は彼女は神殿へとその身を移しています。おそらく来週の王立軍派兵の晩餐会で正式にお披露目されることでしょうね。今から頭が痛いですよ」

「……ミカエル殿下へは……?」

「この後帰ったらお伝えに上がりますよ。知らせないままというわけにはいきませんからねぇ」


 魔獣対策に没頭しておられる間はあえて思い出さないようにしていらっしゃっただろうに、思いもかけぬ形でまた目の前に彼女が現れるのだ。


「殿下がまた御心を乱されなければよろしいのですけれど……」

「まあ、そう簡単に吹っ切るとはいかないでしょうねぇ。けれど、あれで真面目で融通が利かないところが短所でもあり長所でもある方です。隣にあなたがいて下さったら、正気を保ってくれると思いますよ」


 それは夏宮でわたくしにした誓いの事だろうか。確かに責任感だけは人一倍で、わたくしとの婚約を解消できないうちはとクローディアに告白もしなかった方だ。この期に及んで公の場でわたくしを放り出すような真似はなさらないだろう。


「私は帆を失った船の碇ということかしら?」

「ついでに舵も取って頂ければ助かりますねぇ」

「無理を仰らないで、……そんな事より、今日わざわざいらしたのは聖女の件だけではないのでしょう?」


 以前、渡された謎のメモの件について、結局まだ一度も話ができていないのだ。

 今日こそは聞かせてもらわなくては。


「銀の書の件ですね。あれから僕の方でも調べを進めていたんですが、面白い事が分かりましてね。銀の書の正典が王宮から紛失した事件の際、責任を取らされた司書官の故郷が、ラクロワ地方だったんです」

「ラクロワ地方というと……」

「ええ、あの子豚さんの出身地です。そして彼女はベリーニ大公に銀の書と同時代の古代文字を読み解いて見せた」

「つまり、処分を受けた司書官は実は書を盗んだ張本人で、それを故郷に持ち帰り、クローディアはそれを見たと?」

「その可能性が出てきた、という段階ですがね。その司書官が持ち出したものがどうやら銀の書だけではなかったようで、それを含むいくつかの古代の魔導書を読み解くための魔導器マジックアイテムも一部持ち出していたようなんです。それがあれば、無教養な田舎娘でも難解な古文書を読み解くことができる、とすれば、確率が上がってきた気がしませんか?」


 盗まれた古文書とそれを解読するための魔導器それらをクローディアが何らかの伝手で手に入れていたとするならば……。


「その魔導器というのはどういったものかはわかっていますの?」

「書と組み合わせることで読むべき内容が浮き上がり、読み手にわかる言語に直されるというモノらしいですよ。見たことはないので伝え聞いた限りの話ですが」


 書と組み合わせる……。

 銀の書と同じ仕掛けの本がほかにもいくつかあったとして、クローディアの目的がその本だとしたら、王宮へ入ろうとした理由にはなる。そしてその本がベリーニ大公のもとにあったとしたら彼女の目的は既に達成されてしまったのではないだろうか。


「もっと何かわかりませんの? 銀の書や他の古文書が何について書かれたものであったかとか……」

「流石に見たこともない古文書の内容までは……ただ史務省にある写しと、他の古文書は中の書の文字や見た目がそっくりだとか」


 銀の書に似た内容と形式の書物。

 つい最近どこかで……。ハッと脳裏に閃いた記憶にオーギュストの手を思わず掴む。


「殿下の所に、同じような書がありますわ!」

「ミカエル殿下の……? それは一体……」

「先日特別図書室で見つけましたの。殿下が調べてみたいと仰って持ち替えられましたわ。ねえオーギュスト、この後殿下にお会いになると仰ってましたわね。わたくしも連れて行ってくださらない?」

「それは構いませんが、書を見つけたとしても魔導器が無ければ……」

「だとしても、調べてみる価値はございますわ」


 クローディアの目的がどうあれ、彼女はお兄様について何か知っている。それを明らかにするためにも、彼女が王宮で探していた物が何だったのか知る必要がある。



 けれど、そう勇んで出向いた王宮で知らされたのは、ミカエル殿下が持ち出した古文書が、ギュスターヴ殿下の要請により国王陛下の手を経てルーベンス侯爵のもとへ渡ったという事実だった。

 どうやら彼の書は元々何代か前のルーベンス侯爵家のご当主が王立図書館へ寄贈したもので、ミカエル殿下がそれを調べようとしているのをどこからか聞きつけて、それならばルーベンス家の資料と照らし合わせましょうと名乗り出た、ということらしいが……。

 問題はルーベンス侯爵は熱心なクロノア信者で、中央神殿にも多大な寄付を寄せている、という方だということだ。


「オーギュスト、こう言っては何ですけれど、タイミングが良すぎではないかと思うのですけれど」

「同感です、マリアベル嬢。ですが、相手はこの国でも古参貴族の代表格で、王太子殿下の後見です。ミカエル殿下も立場上お断りはしづらかったのだと思いますよ」

「すまない。ルーベンス家に適切な資料があるのならばと思ったし、兄上の要請でもあったので……」


 申し訳なさそうに肩を竦めるミカエル殿下に、気になさらないでと言いつつも、心の中では溜息を抑えられなかった。


「こうなっては直接確かめるほかありませんわね」

「……といいますと?」

「今度の晩餐会、彼女が来るのでしょう? そこで、直接問いただしますわ」

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