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第一話 第二王子と婚約破棄にまつわるエトセトラ

続かないとか大口叩いて申し訳ありませんでした。

少し設定部分を修正しました(2017/02/19)

「マリアベル=フォン・ロートレック、お前のしたことは明白! よって今この場を以ってお前との婚約を破棄し、身分剥奪、学園からの追放処分を申し渡す!!」

「ミカエル様……?!」


 色とりどりの花に溢れた学園の中庭、大勢の観衆ヤジウマ、その中央で対峙する長身の美形集団と、その後ろに守られるように囲まれた小柄な少女。そして彼らに見下ろされるように地面に跪かされ、抑えつけられた女…わたくしである。

 何でこうなってるんだったっけ? 今何やら色々思い出しかけたのだが、高らかに喋りつづける美形集団の先頭、ミカエル=アンジェロ・クリステル王子殿下、わたくしの婚約者の声で思考が引き戻される。…正確には元・婚約者という事になるのだろうか。たった今ご本人から婚約破棄を言い渡されたのだから。


 わたくしの名はマリアベル=フォン・ロートレック。このクリステル王国の中でも由緒ある伯爵家の生まれで、父は大臣の職を拝命している。幼い頃からその美貌と教養を磨かれ、第二王子ミカエル=アンジェロ・クリステル様の婚約者として大事に育てられてきた。

 蜂蜜色の豊かな巻き毛に、丁寧に磨き上げられた白磁の肌、若葉を思わせる碧の瞳は宝石の様だと褒められ、称えられてきた。ミカエル殿下と並ぶと一対の人形の様だとも。

 対するミカエル殿下は白銀の髪に燃えるような紅玉の瞳、神々に創られた芸術品と言われるほどの美貌の持ち主で、同年代の貴族の子息たちの中でも抜きんでて背が高く、剣の腕もたつ。快活な人柄で人を惹きつける魅力の持ち主だ。


 十五歳になると、見聞を広める為、わたくしと王子は共に王都にある王立の魔法学園へと入学した。この学園は才能のある者には身分の差なく門戸を開いている為、学内には王侯貴族のほか、平民の学生も多数在籍している。

 王子の背後で不安げな表情で震えている少女、クローディア・モーヌもそんな平民出身の学生の一人だ。潜在的な魔力の高さと、独学で身につけたという魔法技術を評価され、途中編入という形で学園に入ってきた。編入直後から身分の差を物ともせず、ミカエル王子や学内でも人気の男子生徒との距離を詰め、あっという間に彼らを虜にしてしまった。

 そして今現在、わたくしは彼女への嫌がらせ、いじめの咎で断罪を受けているわけである。


「お前の様な性悪女の顔などもう見たくはない! 即刻この学園から出ていくがいい!!」


 柳眉を吊り上げ、声高に怒鳴るミカエル殿下を見上げ、私は深々と溜息をついた。


「恐れながら殿下、発言をお許しいただいてもよろしいでしょうか?」

「む、なんだ? 命乞いなら無駄だぞ」


 いつの間に学園追放が死刑にすり替わったのでしょうか。言葉の綾にしてももっと言い方というものがあってもいいんじゃないだろうかと思わなくもなかったが、取りあえず、訊き返されたことで発言は許可されたものとして言葉を続けた。


「まず、わたくしと殿下の婚約に関して、わたくしに仰られてもどうにもできません」

「なんだと?!」

「…殿下もご存じのとおり、殿下とわたくしの婚約は国王陛下と大臣であるわが父によって取り決められ、誓約を交わされたものにございます。ですので、殿下が婚約を破棄なさりたいのであれば、わたくしではなくまず陛下にその旨を奏上し、承認を頂くのが正道かと存じます」


 王侯貴族の政略的婚姻において、本人の意思などあってないようなもの。王子とてそれは理解していたからこそ今まで愛情の欠片もないわたくしとの婚約を唯々諾々と受け入れていらっしゃったのだろうに…。


「……もちろん父上にはこの事実を訴え、婚約は取り消してもらう! 俺が言ったのは、その宣誓だ!」

「左様でございますか。では次に、わたくしの身分を剥奪なさると仰いましたが…」

「お前のようなものが伯爵令嬢を名乗り、今後社交界に出入りするなど我慢がならん。よってお前の身分を…」

「わたくしには剥奪されるべき公の爵位などはございません。あくまでもわたくしの身分は父であるロートレック伯爵の娘として生まれたという変えようもない事実に基づくものです。もちろん、わたくしが父から縁を切られ、勘当を申し渡されれば別でしょうが、これもまた殿下がこの場でどうこうできるものではございません」


 概ね貴族の子女というものは成人までは親の身分の囲いによってその身を保証されている。男子であれば親の爵位を継いだり、功績をあげて国王陛下から爵位を授与されるなどして個人の身分を手に入れるが、女子の場合は嫁するまでは父の身分、嫁しては夫の身分に依る。わたくしの身分を剥奪するという事は、父から伯爵位を取り上げるという事になるが、当然そんなことをやり遂げるためには国王陛下はもとより、多くの貴族や元老院を納得させるだけの理由と根拠がなければならない。


「…っ…あくまでも言葉の綾だ! お前がもう二度と父親の身分をかさに着て傲慢な振る舞いをしないよう申し渡したのだ」

「では、次に…」

「まだあるのか?!」


 殿下の苛立ちのこもった怒鳴り声が響くが、こちらも黙って殿下の通告を受け入れるわけにもいかない。


「学園を追放なさると仰いましたが、それも、殿下の一存では決めることはできません」

「なんだと?! お前は自分が何をしたか分かっていないのか?!」

「お言葉を返させていただきますが、殿下、わたくしは何をしましたか?」

「何を白々しい! ここにいるクローディアをいじめ、事あるごとに学園を出て行けと罵倒したそうではないか!?? そのような性根の腐った行為は断じて許さないぞ!」


 殿下の言葉にまたしてもわたくしの口からは溜息が零れた。その態度を不敬とみなしたのか、わたくしの肩を押さえつける男、エドアルド=マーニュの腕に力がこもる。おかげで突き倒された時に擦り剥いた膝に砂利が擦れて痛んだ。


「そのような曖昧かつ伝聞のみの証言では学園の倫理委員会に訴えを受諾させることすら不可能です。わたくしを学園から除籍したいというのであれば、殿下と言えど学園の倫理委員会に訴え、その審査においてわたくしが学園に在籍することが不当であると証明できなければなりません」

「なっ…! 俺を誰だと思っているんだ!! この国の王子である俺が追放すると言っているんだぞ!? それが通らないわけが…」

「殿下はこの国の尊き第二王子であらせられます。ですが、この学園に在籍する以上、学内では一人の学生に過ぎません。ゆえに他の学生同様、訴えは正規の手続きに則るよう要求されます」


 高い身分の者が一言いえば学園を追い出せるなら、こんな事態になる前にわたくしはクローディアを学園から追い出せていたはずである。それをしなかったのは、それができなかったからに他ならない。


「更にいえば、わたくしがやった『酷いいじめ』については具体的かつ詳細な内容記録およびその証明が必要とされます。殿下はその内容をご存知ですか?」

「…それくらいちゃんと聞いている! 貴様はクローディアが挨拶をしても一顧だにせず無視し続けたそうだな?!」

「社交界では下の身分の者が上の身分の者に話しかけるなどと言う不作法があり得ませんでしたので、習慣になってしまっていただけですわ」

「図書館の一部をサロンのように私物化し、クローディアを追い出した!」

「決まった曜日の決まった放課後だけクラブ活動の場所として申請して使わせていただいておりました。活動の邪魔をされたので、日を改めるようにと申し上げただけですわ」


 ついでに言うと彼女が探していた本もその場で見つけて渡してあげている。不当に占拠していたとは言い難い。


「…っ…ことあるごとにクローディアを成りあがりの平民風情と呼んで嘲笑したと聞いている!」

「彼女が平民であるのはただの事実です。その程度の嫌味の応酬が罪になるというのであればこの学園に在籍する殆どの貴族の子弟は罪を問われなければならないでしょう」

「彼女を学園から追い出そうと画策し、脅迫を繰り返した!!」

「画策というほどの事はしておりません。たまたま彼女が近くにいる時に『分を弁えず高貴な庭園を荒らす野鳥がいて困惑しておりますの。…あまりに食い荒らすようでしたら駆除しなくてはなりませんわね』と世間話をした事はございますけれど、別にクローディアの事だなんて言ってはおりませんわ」


 実際、遠まわしに脅す以外の事、例えば実際に彼女を手にかけて暴力を振るうなどといった野蛮な振る舞いはしてはいない。婚約者のある貴族子弟にあからさまに言い寄るという不作法に対する仕返しとしては我ながら大人しかった方だと自負している。もちろん、わたくしの取り巻きを自称する貴族子女の者たちにもその辺りは注意して聞かせていた。後々自らが不利になるような言動を控えることはこの先貴族の社交界を生きる上では必須スキルだ。

 むしろクローディアへのいじめが苛烈だったのは同じ平民出身の者たちだろう。同じ立場にいたはずなのに一人だけ飛び抜けて貴族の子弟たちを侍らせているのだ、妬みというのは恐ろしい。もしかしたらそれらの黒幕としてわたくしの名が挙がっているのかもしれないけれど、それこそ濡れ衣である。


「クローディアを物陰に連れ込もうとしたグループがお前の指示だと…」

「確たる証拠がありまして? わたくしがそのもの達とつながりを持ったと誰が証明できますの? ……少なくとも、わたくしは軽々しく人の名前を使う様な輩を雇うほど人手に困っておりませんわ」


 先の倫理委員会は事実と証拠に基づいた審査しか行わないことで知られている。当事者の証言のみではなく多角的な状況証拠や交友関係、繋がりを示す根拠がなければ訴えは棄却されるだろう。


「言い逃れは見苦しいぞ! クリステル王国第二王子たる俺の言葉に異を唱えるのか!??」

「…先ほども申し上げましたが、殿下はこの学園内に於かれましてはいち学生でございます。殿下はわたくしが伯爵令嬢という身分をかさに着て平民であるクローディアを苛んだと責めておられますが、王族の身分をかさに着て学園の秩序を歪めることは罪ではないとでも?」


 殿下の顔が言い返されたという屈辱で歪む。まあ、今までこんな風に反抗的な事を言われたことは無いだろうから、耐性がないのも仕方がないのだけれど、感情に素直すぎて心配になる。この方、今後貴族社会で生きていけるのかしら。


「更に申し上げますと、わたくしがクローディア・モーヌ嬢に対して行ったという非人道的振る舞いを事実とし、倫理委員会に訴えるのでしたら、訴状を提出するのは殿下ではございません。クローディア嬢ご本人でなければなりませんわ」

「え?!」


 それまで憐れみと怯えの表情を浮かべて震えていた少女に困惑の表情が浮かぶ。それはそうだろう。この場において彼女は被害者ながら断罪される悪役令嬢わたくしに同情のこもった眼差しを向け、殿下やその他の取り巻きに対しても『私なら平気ですからあまり酷い事はしないでくださいね』とお優しい言葉を口にしていたのだから。

 もちろんそれは彼女の本心ではないだろう。むしろ抑えきれないトラウマを植え付けられたというようにか細く震えながら訴えることで、殿下やその他の取り巻きに愛する少女をいじめた相手への憎悪をより募らせる結果をもたらした。

 かくして、極悪非道な恋敵にも優しい悲劇の少女とそれを守るために義憤に駆られ立ち上がった騎士たちという構図が出来上がった訳である。クローディアはわたくしへの同情と酌量を訴えれば訴えるほどその心の広さをアピールしながら、自ら手を汚さずにわたくしへの断罪を厳しくできる、まさに一石二鳥ということだ。

 けれど、それは殿下とその周囲の独断で断罪が成り立つ場合だけ。倫理委員会へ訴えるには被害者本人が直訴しなければならない。守られるだけのお姫さまを演じていてはそうもいかないだろう。よしんば訴えてきたとしてもそれはそれで、彼女の化けの皮をはがす準備ができるだけだ。


「お前はクローディアが優しいのをいいことに問題をうやむやにしようとしている! クローディア、俺がお前を守るから、勇気を出してマリアベルを訴えろ。俺は全面的にお前の味方だ!」


 味方と言ってもわたくしとクローディアの会話やその他接触現場に悉く居合わせなかった殿下には倫理委員会の審査会で証言に立つ権利はないのだけれど…。また聞きの証言など彼らは求めていないのだし…。

 クローディアもその辺りは理解しているのか、殿下の熱意に対し、一瞬だけではあるが有難迷惑と言った表情をした。本当に一瞬だったので気づいたものはいないだろうけれど。


「そんな……ミカエル様…私そんなこと……できませんっ…」


 青褪めて震える少女は縋るように殿下の腕にぎゅっとしがみつく。突然のことに殿下の頬が真っ赤に染まったのが見て取れた。しがみつかれた腕に柔らかく豊かな膨らみが押し付けられているのが見える。一瞬だけ、己の懐を見下ろして、零れそうになる溜息を呑み込んだ。大丈夫。わたくしはスレンダーなだけ。…悔しくなんてない…。


「大丈夫だ。訴状には俺たちも連名する。学園の風紀と秩序を取り戻す為の訴えだ。お前ひとりが背負うことは無い」

「そうですよ。あなたと同じように平民ゆえに虐げられて苦しんできた者たちもきっと味方になってくださいます」


 殿下とクローディア嬢の傍らに立っていた深緑色の髪を右肩で束ねた青年がおっとりとクローディアの肩を撫でて慰める。被害者仲間を集めればクローディアの責任は軽くなると言いたいようだが、わたくしはあくまでもクローディア一人しか目の敵にはしていない。そして、実際クローディアへの苛烈な嫌がらせを繰り返していたのは彼女と同じ平民出身者たちなので、自分の首を絞めるような連名での訴状に協力するとは思えない。

 どちらにせよ、訴えられたら訴えられたで、わたくしのやったことはもちろん、クローディア自身の振る舞いも審査の対象となるだろうから、構わないとも思った。

 それよりも……。


「殿下、最後にもう一つ、よろしいでしょうか?」

「なんだ!? まだ文句があるのか?!!」


 むしろ文句しかないのだけれど。わたくしはもう一度顔を上げてミカエル殿下の顔をまっすぐに見た。


「わたくしも、学園の倫理委員会に訴状を提出させていただきます。……わたくしがこうむった、学内での暴力行為について、ですわ」

「は?!!」


 わたくしの発言に目を剥いた殿下はらしからぬ下品な声を上げて固まった。わたくしが何を言っているのか本気でわからないというように目を丸々とさせている。


「……言うに事欠いて自分が被害者ぶるつもりか!? 優しいクローディアがそのような野蛮な真似をする筈がないだろう!!」


 それはそうだ。実際クローディアは直接的にわたくしに仕返しをしてくるような不用心な真似はしていない。まぁ、陰で彼女が糸を引いていたのだろうなという嫌がらせは何度もあったけれども、わたくしのそれと同じく、証拠がなければ事件自体無かったことにした方が安全である。


「もちろん、クローディア嬢はそんなことなさっていません。わたくしが受けているものは、もっとわかりやすく、証人も多数おりますわ。……言い逃れなど、しようもないほどに」


 見開かれた紅玉の瞳をまっすぐに見つめる。その目に閃きが落ちるのを見て、自然と口角が上がった。


「まさか……!?」

「はい、今現在、進行形でわたくしは暴力を受けております。…殿下とその部下によって」


 わたくしの肩を押さえつけていたエドアルド=マーニュが驚いたように一瞬力を緩めたが、殿下を…正確には殿下の傍らのクローディアを見て、再び手に力を込める。けれど、そこには先ほどまでの様な力強さはなくなっている。


「わたくしは今、殿下の命を受けたエドアルド=マーニュによって突然に地面に突き倒され、ご覧のとおり、膝を地に付かされ、抑えつけられております。これが暴力ではなくなんだというのでしょうか?」

「それは…っ! お前がクローディアを…」

「わたくしがクローディア嬢にやったことを糾弾するための正道については既にご説明申し上げました。殿下も、このエドアルドも、そちらにいらっしゃる殿下のご学友の皆様も、個人でわたくしを断罪する権限は誰一人持ち合わせておりません。とすれば、今この場で行われているのは不当な私刑リンチであり、暴力です。そして、それにより、わたくし、負傷いたしました」


 掌をかざして殿下や観衆へとみせつける。掌には地面の砂利で擦れた傷が無数に走り、血がにじんでいる。白い肌にみみずばれと共に走る真っ赤な傷は痛々しいことだろう。そして、まだ見せてはない膝も似たような、いやもっとひどい状態になっていることだろう。実際、かなり痛む。

 殿下一人はまだしも、エドアルドをはじめとする殿下の周りの男子は、我がロートレック家よりは家格が下である。そのような者が伯爵家の令嬢にして暴力を働き、傷を負わせたのだ。ことこの件に関しては学内だけで収まる話ではない。当然父は激怒するだろうし、その怒りはそれぞれの子息の親へと降り注ぐだろう。

 ここに来て事の重大さに気づいたのか、エドアルドの手から完全に力が抜ける。わたくしは痛む膝を庇いつつ立ち上がった。膝丈の制服のスカートは土に汚れ、足を包んでいたタイツは膝の部分が大きく裂けて、そこから伝線してしまっている。そして膝は案の定、擦り傷で真っ赤になり、血が滴っていた。


「御覧いただけまして? これが殿下の所業です」

「俺…だと?!」

「はい。この場でわたくしを取り押さえよとエドアルドに命じたのが殿下であるならば、わたくしに傷を負わせたのも殿下という事になります。そしてわたくしへの疑惑と違ってこれは誰の目にも明らかな事実ですわ」


 観衆のざわめきが聞こえる。殿下を非難するものもあれば、わたくしの態度が不遜であるとするもの、クローディアを責めるもの―これは彼女に意中の男子を取られた令嬢たちの声のようだが。様々な声が飛び交う中、観衆の意見は微妙なバランスでわたくしを擁護するものが過半数を占め始めているようだった。


「まてっ! もとはと言えばお前がクローディアをいじめなければこのような事には…!!」

「先ほども申し上げましたが、わたくしのしたことと言えば、殿下の仰ったとおり、クローディア嬢に他の貴族令嬢に対するのと同じように嫌味を言い、他の貴族令嬢に対するのと同じように身分の差を突きつける言動をしただけです。…むしろ対等に扱って差し上げたと言ってもいいくらいでしてよ? そして、それを理由に訴えるというのであればご自由にどうぞ。わたくしも、わたくしが振るわれた暴力に対して、事実に基づいて正式に訴えるだけですわ」


 この状況なら、もしクローディアがわたくしを訴えたとしても、倫理委員会がわたくしを処分する可能性は限りなく低い。こちらからの訴えに関しては、まず間違いなく通るだろうが、それ以前に殿下以外の者は家から呼び出されるだろう。

 クローディアも自分を慕う男子の守り無しに無謀な真似はできないだろうから、暫くは大人しく……してくれるといいけど。


 殿下が今後正式な手順を踏んでわたくしとの婚約を解消してきたとしても、特に困ることはわたくしにはない。……ただ、わたくしとしてはどうしてもこの学園に留まって学びたいことがある。その為には学園を追われるわけにはいかなかった。


「……で………」

「…? クローディア……? どうし…」


 殿下の背後で俯いて何やらブツブツと呟いていたクローディアに殿下が訝しげな表情で屈みながらその顔を覗きこむ。


「何で……アンタなんか…ぁぁぁあああっ!!!」


 クローディアの手から歪な光の塊が飛び出し、稲妻のようにわたくしの方へと迫って飛んできた。光属性の攻撃魔法だ。こちらも光の反射魔法で弾くことは可能だけれど、この距離でそれをやると周囲を巻き込みかねない。

 一瞬の躊躇に、間に合わないと目を閉じかけたとき、目の前に漆黒の魔力の塊が出現した。それは飛んできた光の矢を呑み込むように闇色の口を開けて吸いこみ、あっけなく消えた。何が起きたのかわからないというようにぽかんとするわたくしを含めたその場の全員の前に、場違いなほど明るい声が割り込んできた。


「魔法学園規範第30条2項~、学内での攻撃属性魔法の発動は定められた授業以外の場に於いてはこれを禁ズ~。3項~、上記規範に違反したものは学内反省室にて1週間の謹慎及び罰則奉仕活動を命ずる~。……だそうですよ~?」


 観衆が割れて、その間をすり抜けるように現れたのは、小柄な体躯のメイドだった。箒を片手に持っているが、もう一方の手には黒い小さな手帳、学生手帳を持っている。微かに雀斑の浮いている以外はこれと言って特徴のない平凡な顔をしている。


「マリアベル様、ご無事で良かった~」

「ラフィー、助かったわ。ありがとう」


 そう言って抱き付いてきたメイド、私の専属侍官兼護衛のラファエルの登場にホッと息をつく。やがて、ラファエルが呼んできたらしい学園の教師や風紀委員会が半狂乱のクローディアの両腕を抱えるように連れ出し、ミカエル殿下やその他の面々も同様に連れて行かれる。わたくしも事情を聞かれるから声がかかると思っていたが、先に保健室へ行くようにと言われた。


「マリアベル様…この傷……」

「大したことは無いわ。見ての通りのかすり傷よ」

「そうですね。………あいつら殺す」


 あどけない表情のラフィエルから何か物騒な言葉が聞こえたが、私は何も聞かなかったことにした。


「こんなことになるんだったらお使いなんて引き受けなければ良かったですよ~! マリアベル様、次からお使いは別のものにお申し付けくださいね!」

「そう言われても、ラファエル以上に信頼のできる下僕がいないのだもの。……それで? 報告は?」


 周囲に人もいなくなったところで低い声で問いかけると、ラファエルの表情が改まった。


「以前おかわりなく。……本当にこの学園にあるんでしょうか?」

「……ええ、きっと。その為にわたくしは……」


 中庭から中央校舎の尖塔を見上げる。まるで天を刺し貫くかのようにそびえ立つ搭はその天辺から王都全てを見渡すことができると言われている。生徒は立ち入り禁止なので、本当かどうか確かめたことは無いけれど。


「マリアベル様……行きましょう。早く消毒しないと……」


 搭を睨むように見上げていると、ラフィーが静かな声で促してきた。怪我に触らぬようそっと手を引かれる。そのぬくもりに、やっと肩の力が抜けた。どうやら殿下と対峙していた間、思った以上に緊張していたらしい。


「そうね……。行きましょう、ラファエル」


 そうしてわたくしは溜息を一つ吐いて、中庭を後にした。


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