◯ 14 海底の思惑
「うっはー……、びっしょびしょじゃないですか。近づかないでくださいね。死なせますよ」
「なっ、なにか拭くものっ、拭くもの……!」
着地すると同時に僕が濡れ鼠になっていることに気付き、タオルを求めて慌てるエミリアだけれど、生憎そんなものは何処にもない。
「いいよこのままで……、どうせ帰りも濡れるんだし……」
海で溺れたら服を脱げって聞いたことがあるけど、アレはマジだと思った。
水中でも呼吸を可能にする魔法(名前を”深淵の人魚という”)のおかげでなったけど、息が出来るだけで尾ひれが生える訳でもなく、泳ぎ辛いのなんのって。何度波に押し返されたか分かったもんじゃない。
あと、道中(というか海道中?)めちゃくちゃ魚に襲われた。迎撃魔法浮かせながら泳ぐとかどんなイベントだ。二度とやりたくないぞ。
「息が出来るのは、……アカリ様の魔法のおかげ、なんですよね?」「いんや。どうやらここの中には空気があるみたいでさ」
本当なら海底神殿のある海の上にアーウェルと一緒に跳んできてもらって、そこで魔法を掛け直すつもりだったんだけど、開いていた入り口から中へ入ると登り階段があって、すぐに水面から顔を出すことが出来た。どうやら神殿内は密閉されているようで、空気が閉じ込められているらしい。
植物が好き放題繁殖しているのだけれど、虫なんかも飛んでいるのだけど、他に生き物がいるような感じは一切ない。
石で作られているらしい神殿の中は手入れもされていないっぽいし、散らかり放題荒れ放題。
「あの街の守り神を祀ってる場所だったんじゃなかったっけ……?」
シチュエーション的には王都を守る結界を独りで貼り続けていたレットドラゴンのヴァルドラが引きこもっていた竜宮の祠を思い出すのだけれど。
「海の中にあってはお参りすることも難しいのでしょう」
言ってエミリアは広いホールを見渡す。
天井部分は薄く点滅していて、……どういう原理なんだろ、あれ。天井部分の石自体が光っているように見えるけど。
「本来は私たちが毎年参らねばならなかったのですが、手段がありませんでしたので……。ようやく訪れることが叶いました。ありがとうございます、アカリ様」
「っ……と……、その……、エミリアを運んだのはアーウェルさんなので、そのお礼はあの、アーウェルさんに……?」
さっきから僕の後ろでめっちゃくちゃ舌打ちしてるから、アーたん。いまにも足踏まれそうな気がして凄いぞわぞわするからっ……!
「そっ、そうですねっ……! 私としたことがっ……、つい、興奮してしまって……、申し訳ありません。アーウェルさん」
「わ……、わたしは別にっ……、エミリア様に礼を頂くようなことではありませんにょでっ……!」
にょで。――噛んだな。
「ちっ」
「いやいや、なんにもいってないよね……?」
すんごい睨んで来るアーたん。ほんと怖い。
多分僕がエミリアのお付きでいることが気に喰わないんだろうけど、エミリアを守るって立場では同じなんだし、もう少し友好的になってくれてもいい気がするんだけど……。
「先に進みましょうか」
そういってエミリアは僕らを連れて先行する。
僕が先を歩いたほうが良さそうかな、と前に出ようと思ったらアーたんに袖を引っ張られた。
「貴方は、使えないんですか。標的移動」
エミリアに聞かれたくないらしく、声を落として聞いてくる。良いカッコしたいのかな……?
「魔法式は知ってるよ。書こうと思ったら魔法陣は書ける。けど、失敗したら怖いからさ」
この世界に来てから試した魔法はいくつもあるけど、その中でもアーたんの使っている”瞬間移動”は特別扱いが難しい部類に入る。
空間転移、と言えば聞こえがいいけどやっていることは”空間の入れ替え”であり、もし”移動先に誰かいたら”ってことを考えると怖くて使えない。
「その点、アーウェルは使いこなせてて凄いよ。跳躍してから使ってるのは足元を抉らない為だろ? だけどそうしたら自分の位置座標がズレるし、失敗したら”体の一部を置き去り”だもん。考えただけでも怖いよ」
「そこまで分かっていて、よくもエミリア様を巻き込めましたね」
「信用してるつもりだからね、これでも」
「…………」
暫くジト目で睨んで来るアーたんだったけど、その後無言で膝裏を蹴り飛ばされた。エミリアにバレないように。こっそりと。
「そんなことでは、エミリア様を守れませんよ」
口を尖らせながら言ってくるけれど、そこまで棘は感じない。
多分、思惑はあるんだろうけど、エミリアを守るって意志は僕らと同じだと思っていた。
じゃなきゃ、この街の為に戦ったりなんてしない。その身に悪魔の呪いを受けてまで。
いまだって涼しい顔をしているけれど、服の下ではあの火傷みたいな傷に苦しめられている筈なんだ。その証拠に深々と被ったフードの下で滲んでいるのは汗だ。僕みたいに海水に濡れた訳じゃない。
本人に言えば「これは雨です。雨でこうなりました」とか言いそうだけどさ。
「私と彼女が先行します。姫様は後ろから来てください、安全の為です」
若干強引ともいえる物言いにエミリアが目配せしてくるけれど、そこら辺の意図は僕と一致している。
「クー様、後ろは頼むよ」
「くぅ!」と良い返事。
一応神聖な場所らしいけど警戒するに越したことはない。
っていうか、怪しい光がここら辺から上がったって話もあるし。念のために自動迎撃用の魔法――大天使の結界領域――をエミリアに掛けておく。
不意の襲撃に備えるぐらいしか出来ないだろうけど、どうやら神殿内は入り組んでいるらしく、何処から何が飛び出して来るか分かったもんじゃない。
通路の広さは僕らが並んで通れるぐらいのもので、ホールからは幾つもの通路が伸びている。どれが何処に繋がっているかは問題じゃない。
この神殿の中に”何かがある”のか”何もないのか”、それを確認するためにやって来たのだ。
しらみつぶしに歩き回るしかない。凄く、手間だけど……。
そんな中、
「姫様とは、……もう、長いのですか」
慎重に中を進みながらもアーたんの興味は別の所にあったらしい。
「それって、いまする話……?」「自覚は、してますよ、私だって」
不服そうに唇を尖らせながら黙り込んだのを見る限り、聞く機会をずっと伺っていたらしい。
「最近知り合ったばかりだよ。ここ数週間の話だ」
護衛に集中してもらえるように誤解のないようにかいつまんで話す。
ドラゴンと、竜の血を引く亜人に追われているという事も。僕との出会いは彼らに襲われているところに居合わせて、それからの仲だと説明する。
「貴方が姫様を騙しているという可能性は」
「ない……、よ。うん……?」
「……?」
後ろめたい事はあるので歯切れが悪くなったけど、本筋とは関係ないし……?
「それに、それを言ったら君もだろ。エミリアも君の事は知らなかったみたいだし、信頼することにしたとは言ったけど、警戒はしてるんだからね」
「信用して頂けてない事は……、私が一番分かっております……」
……あれ。もしかして地雷踏んだ……?
「信頼はッ……、奪い取ります!! 貴方から!」
「は……、はぁ……」
なーんかから回ってそうで怖いんだよなぁ……、アーたん。
エミリアの事を守ろうっていう意思は他の兵士さんたちより断然強いし、不審者見つけようものならその場で刺し殺しちゃいそうな怖さもあるんだけど、それが正しく作用しているのかって言われれば素人の僕の目から見ても”危うい”。
まるで使命を果たそうとするあまりに前のめりになっているような――、……勇み足はいつか足元を掬われる。慎重になり過ぎるのもいけないけど、先を急ぎ過ぎるのも問題だろう。
そうこうしている内に幾つかの空き部屋を覗いていったけれどこれといって誰かがいた痕跡もなく、また、使われた形跡もない。
放置されて随分と時間が経っているようで、”海底に神殿を作った”というよりも”元々地上にあったものが海に飲み込まれた”って感じがしないでもない。――とはいえ、神殿の周囲には他に遺跡らしきものもなかったし、その可能性はなさそうだけど……。
――と、やはり空振りだったかな? なんて思い始めた頃になって階段と出くわした。
しかも登りではなく降りだ。
「海の底から更に下に……?」
エミリアがかがんで先を見るけれど相当深くまで続いているらしく奥の方は暗がりでよく見えなかった。
ただ、なんだかすごく、嫌な空気が流れて来てる。
海底で、海の底で、空気の流れなんてないハズなのに、この下から上に、なにかが”昇って来ていた”。
階段は狭く、人が一人歩ける程度のものだ。しかもその入り口は元々”塞がれていた”らしく、周りに蓋をしていたと思われる石板が散乱している。周りの植物が”下敷き”になっていることからそれはつい最近行われたことのようだった。
「……見て来るから、少し待ってて」
その気配をアーウェルも感じ取っていたのだろう。少しだけエミリアの傍に寄り、クー様も臨戦態勢を取る。
正直、お化け屋敷とか苦手だし、こういうところを独りで行くのは凄く心細いのだけど、……ここで漢みせなきゃ男じゃないよなぁ……? ただでさえ見た目が女の子になってるわけだし、ね。
階段の中はそれまでのフロアとは違って灯りがない。
「来たれ、不死鳥のひな鳥ッ」
指先で魔法式を描き、ぼうっ、と手のひらサイズの炎の鳥を生み出すと足元に向かって飛ばす。
召喚魔法ってわけでもなく、ただ単純に”羽ばたく炎”って感じの子なんだけど、ぱちぱちと燃える音が鳴き声みたいでちょっとかわいい。
そんな風に自分を誤魔化しつつ、階段を降りていく。
振り返ればエミリアが心配そうな顔で、アーウェルが不服そうな顔で僕を見下ろしていた。
笑って応え、足元へ意識を集中すると下から漂ってきていた”嫌な空気”が足首にまとわりつくのを感じた。
なにかがいる。
そう確信できるほどの悪寒に頬が自然と強張った。
歯を喰い絞めて、降りる。降りていく。
次第に後ろの二人の感覚よりもその先にいる存在の方が鮮明に感じるようになっていって――、ぴちゃん、と爪先が水に触れた。
どうやら階段が終わっているらしい、光源のプチフェニックスを飛ばすと暗闇の中にぽっかりと穴が開く。水面と、最初のフロアほどではないものの、それなりに広い部屋があるらしい。
びしゃびしゃと、足首が埋まるぐらいの海水が溜まっていて、歩きづらいったらない。
「不死鳥の、ひな鳥」
何が飛び出しても良いように警戒しつつも更に4羽、宙に放って辺りを照らす。
そこにあったのは”棺”だった。蓋が砕かれ、荒らされた”墓場”だった。
「石碑……、かな」
同じように砕かれている石板の台。
それ自体も叩き砕かれているけれど、ギリギリ”悲しき記憶”だとか”空に抗う”だとか書かれているのだけは読み取れた。その中でも一番気になったのは”天から落ちた”という文章だ。
空ではなく、天と言われて想像するのは神様だとか天使なのだけど、この国においてドラゴンは”神の遣い”と崇められてきた。
だとしたら、恐らく、ここに書かれているのは――、「――……?!」後ろからあてられた殺気にも近い感覚に思わず振り返り、そこに向かってプチ・フェニックスたちを飛ばしていた。だが、そこに誰かがいる訳でもなく。壁際まで突進していったそれらは急ブレーキをかけて行き止まる。
気のせい、……にしてはハッキリとした感覚だった。ここに漂っている”嫌な空気”が形を持ったような、そういう――、
「――――…………?」
いま、今度は声が、聞こえたような……?
耳を澄ましてみるけれど、この部屋の中で何かが蠢く気配はなく、プチフェニックスたちの羽ばたく音だけが響き渡っていた。
そして、それは突然やって来る。
「ッ――?!」
鋭い、縦揺れの地震だった。
足元が崩れ落ちたかと錯覚するほどの轟音にアーウェルの叫び声が重なった。
上で何かが起きた。
そう思い至るのと走り出すのは同時だった、が、
「なっ――、」
壁が、抜けた。
神殿自体がいまの揺れに耐えきれなかったらしく、僕が階段を登り始めるよりも先に部屋の壁が内側に向かって押し崩され、海水が流れ込んで来る。
岩だらけの濁流が迫る中、咄嗟に防御魔法を走らせて、僕は海に飲み込まれる。
――まだ、”深淵の人魚”の効果が切れていなかった事だけが、幸いだった。
プチ・フェニックスたちが甲高い悲鳴を上げて最後の炎で海中を照らす中、僕はB級のパニックホラー映画にでも出てきそうな、巨大な、触手を見た。
応募用のプロットをひたすら書き増してますん。
乾燥お待ちしてまっすン




