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◯ 13 水の都にて雨に唄えば その7

「エミリア様! 下がって!」「アーたんさん!?」


 言ってエミリアを庇うようにアーウェルが前に出ると海水をまき散らしながら飛んでいく”それ”を短剣で弾いた。


 翌日。日も登り切っていない頃合いに鐘が鳴り響いたかと思えば海から黒の大軍が押し寄せてくるのが見えた。

 重い身体を引きずり、現場に駆け付けたのが半刻ほど前。


 次から次へと陸を舞う魚はもはや魚類というよりも凶器だ。それを躱し、放った雷撃は足元から跳ね上がってきた鋭い針のような魚モドキを立て続けに数匹焼き払い、捉えきれなかった残りの数匹をクー様は炎で以って焼き殺す。――どうにかなっている、どうにかなっていると言えなくもないけど、正直押されているのが現状だった。


 どれだけ撃退したところで次から次へと終わりがない。焼き焦げた魚が美味しそうなら後の楽しみも出来るってもんだけど、……どうみても食えないもんなぁ、これ……。


 固そうだし(ていうか固いし)鱗はギザギザで、大根おろしみたいだ。素手で掴めば皮膚は千切れる。


「余所見する暇があるのならエミリア様の護衛を……!! それとも魚のえさにしますか!?」


 泳いだ髪の先を数本切り落とすような形でアーたんの振り払ったナイフが魚を真っ二つに切り裂く。

 流石の黒の魔導士を自称するアーウェルでもこんな状態では言葉遣いがおかしくなるんだなぁとか思いながら彼女の後ろに迫っていた脅威を焼き払う。


「ッ――……、お、お相子だぃ!」「ああっ、そうだね?!」


 かくいう僕もそれほど余裕はない――、のに、だんだん集中力は落ちてきていて、このままじゃいずれヘマを打つことになりそうだった。

 夜明け前から強くなり始めた風は強く、横から叩きつける雨はクー様の炎でさえ散らされそうになるほどになっている。


 濡れて、足場が悪い。このまま長引けば寒さに体力も奪われるだろうし、出来ればこんな荒業は取りたくないけどッ――……。


「ホワード!!」「きゅッ?!」


 危うくクー様の翼が切り裂かれそうになったのを見て、決断する。

 背に腹は代えられない。


「全員ッ、海から離れて!!」


 叫び、魔法陣を描いた。


「どうしてあなたがッ」「いいから!!」


 視界の端でアーウェルを後ろに追いやり、渋々下がっていくのを確認してから改めて魔法式を走らせる。


 ――頼むからッ、巻き添えにならないでくれよーッ……?!


氷結の監獄エターナル・ブリザード!!」


 叫ぶのと同時に頬を魚のヒレが霞め、皮膚が裂けた。「ッ――、」滅茶苦茶痛い。ケド、構わず、魔法を海面に叩きつける。


「これはっ――、」


 後ろでアーウェルが息を呑み、叫んだ。


「触らないで!!! 触れたら凍るよ?!!」

「――――…………!!」


 アーウェルの悲痛な叫びは瞬く間に辺りに広がり、その言葉は伝言ゲームの様に伝わっていくく。そうするうちにもバキバキと街を飲み込んでいた海面は氷によって閉ざされていった。その下を泳いでいた魚モドキ諸共。幸いなことに味方に被害は出なかったようでほっと胸をなでおろす。


「……けど、やっぱ気休め程度にしかなんないか……」


 既に海から流れ込んで来た波はその”氷の上”に重なるように侵食を繰り返して来ていて、そう長くはもちそうもない。


「アカリさまっ……、やはり大元を絶たなければどうにも……」

「んー……、そうだよねぇ……?」


 目の前に広がっているのは海だ。

 仮にものの原因が海底の祠にあるというのなら、取り敢えずそこの様子を見に行くべきなんだろうけど――……、あんまり得意じゃないんだよなぁ、海で泳ぐの……。


 一応魔導書にも”水の中で活動するための魔法式”は記されていたけれど、試したことはないし、もし海底で魔法が解けたらそれこそ一貫の終わりだ。


「アカリ様」


 ぎゅっと、エミリアが僕の裾を掴む。

 きっと、ここで退く考えはエミリアにはない。当然のようにこの街を救うことしか考えてないのだから。


「仕方ないか。でも、少しでも危ないと感じたら引き返すからね?」

「はい!」


 エミリアの返事と共にクー様も快く頷くと傷の手当てをしに負傷兵の元へと走っていく。

 うーん……? なんだか緊張感が足りないような……。

 てか、アーたんは肩で息をしながら睨んで来るし、僕にどうしろってんだよ。


「私も行きます」「あ、うん。ありがと……」


 良い子なんだろうけどなー……? アーたん。


 まぁ、実際の所、”こんな波”はエミリアと僕が加わった所でどうにかなるレベルではなく、負傷者も次から次へと増える一方。まさしくジリ貧。街が海に飲み込まれるのも時間の問題で、そんなの誰が見ても明らかだ。なのに、それでも騎士たちの目に光が宿り、絶望の色が無いのは、王族のエミリアが共に戦ってくれているからに他ならない。傷を負っても、それが勲章とでも言いたげに笑みを浮かべる。


 なんていうか、お近づきになれるなら自分から傷を負いに行く人が出てこないか不安なレベル。変なファンクラブとか出来なきゃいいけど……。


「貴方だけの姫様じゃないんです。そんな目で見るな。死なせますよ」

「見てないよ、みんなの姫様だ」

「……分かっているのなら良いです」


 突っかかってこないで欲しいなぁ……、僕は魔導書の件を差し引いても仲良くしたいと思ってるんだけど……?


「アーウェルは黒の魔導士の継承者なんだよね?」

「喧嘩売ってます? 死なせます?」

「違うから」


 だからそのナイフしまって……。


 両手を上げて降参ポーズするけれど、そんな僕の反応も気に喰わないのか鼻で笑って挑発される。

 もしかしたら結梨より扱い辛いかもしんない。結梨、不機嫌だとすぐに手が出るけど刃物に手を出したりはしなかったし。


「黒の魔導士って、……なんなの」


 アーウェルがどういう反応をするかは怖かったけど、折角だし気になっていたことを尋ねる。

 エミリアが負傷者の手当を終えるのにはまだ時間が掛かりそうだったから。


「この世の闇を切り開き、この国に光を授けるものの事です」


 説明は以上とでも言いたげにアーたんは着ていた外套のフードを深々と被り、そっぽを向く。


「……はぁ、なるほどね……?」


 抽象的すぎて意味不明なのと変わらないケド。


 ただ、本人は至って真面目なのが余計につらかった。そっとフードの下を覗き込んでみたら、若干憧れに目が輝いてる。マジか。


「本来、貴方のような何処の馬の骨とも知れぬ輩が、姫様のお傍仕えをすること自体間違っているのです」

「それは……、うん……? 自覚あるけどさ……」

「ちっ……」


 口には出さなかったけどものすごく不機嫌そうな顔をされた。


 ただ、僕に言わせてもらえばアーウェルの方が得体の知れない存在で。

 昨夜も、”シロ”と名乗った竜使いに忠告を受けたばかりだ。

 アーウェル・クロイトゥウェルは偽物だと。

 だけど、その力に関しては偽物でもないように思える。

 エミリアを守ろうとする意志も。


「魔導書を持ち歩いてるってことはアーたんがいまの魔導士サマなんだろ? なら、頼りにさせて貰うよ」

「あ、あったりまえです!! 死なせますか!?」


 ぎゃーぎゃー騒ぐアーウェルを背に現場の指揮官さんに声を掛け、ここら辺一帯の地図を用意して貰うように頼んだ。

 街中の地図ではなく、浜辺の、海の航海に使われるようなものだ。

 部下の人が用意してくれるのと同時にそれを広げ、海底にあるという”祠”の位置を教えて貰う。

 普段はその祠があると言われている海域で船を浮かべ、その船の上で祠に祀られている水竜様を讃える儀式が行われるそうで、場所的には港から少し出て行った沖合の、街を包み込んでいる崖の、その延長線上にあるらしい。


「近場まで船でお送り出来れば良いのですが、大半を奴らに壊されまして……」


 そして残り半分は僕の魔法で氷漬けにされている。


「いえ、場所さえわかれば、行き方にあては有るので」「そうですか……? どうか、姫様をよろしくお願い致します」


 ぎゅっと手を握られ、頭も下げられる。

 自分の親とそう歳も変わらない人にそんな風にされるのはどうにも変な感覚だったけど、僕は頷く。


「何を優先すべきかは決めているので」


 自分の命に代えても。

 ……なんて、言ったら怒られそうだから言わないけどね。


 ただ、次、あの褐色の少女が現れたとしても、好きにはさせない。

 これ以上、好きにさせて、たまるか。

 空中に魔法式を描き、海底に潜る準備をしながらアーウェルを見つめる。

 この子の真意はまだ分からないけれど、エミリアを想う気持ちは確かだと信じて。


「力を借りていいかな、黒魔導士の後継者さん」



 ――どうか、僕らを、祠のある海の上まで、瞬間移動テレポーテーションで飛ばしてくれ、と。



 そう告げた僕に対するアーたんの反応は至って真面目に冷ややかで。


「三人は無理ですので、貴方は泳いできてください」


 そういってマントを翻した。



 ……僕は泳ぐの、苦手なんだけどなぁ……? とは、言い出せない雰囲気で。


「あ……、は、はい……」


 流されるがままに頷く。

 こんなことならもっとまじめに水泳の授業、受けとくべきだったぜ……。

 どうやら魔導書には書いていない事の方が、多いらしい。


 そんなかんだで、一人、海水浴の始まりだった。


新作のプロットが書き溜まるまでは魔法式の更新を続ける予定です。

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