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◯ 13 水の都にて雨に唄えば その4

 都市機能の半分は破壊され、街に残る住人の3割が海の悪魔によって連れ去られたらしい。


「最初の襲撃の夜から一日おきに、街は教われています。そこに何の意味があるのか、また、攫われた人々がどうなっているのかもいまのところ不明です」


 海から死体は上がっていないというのだから連れ去られたままになっているのか、それとも喰われたのか。

 どちらにせよ生きているものはいないだろうというのがアーウェルの見立てだった。


 襲撃が始まってから今夜でおよそ二週間。街を去る人々を引き留めることも出来ず、また、故郷を守ろうとする人々の犠牲は増える一方でこのままいけば全滅は目に見えている、と。僕の心配とは裏腹にエミリアに対しては他の騎士達以上に忠誠を誓っているらしく、疑問に思ったことを告げればすぐに答えが返って来る。優秀な「黒の魔導士様」だった。だが、問題があるとすれば、


「その怪物っていうのは昔から言い伝えが合ったりするの?」

「軽々しく私に話しかけないでいただきたい、死なせますよ」

「ぇー……」


 何か嫌われることをした覚えはないのだけれど、僕に対しては風当たりが滅茶苦茶キツイ。

 ここまで来る道中、何度殺害予告をされたことか。


「教えていただいてよろしいですか、アーウェルさん?」

「勿論です、姫様。あと、私の事はあーたんとでもお呼びください。私はエミリア様のしもべでございます」

「で、では、あーたんと……」


 友達じゃねーんだぞ。なんなんだ、あーたんて。

 ただ、本人は至って真面目なようなので思ったことは口に出さず秘めておく。ただでさえ嫌われているというのに神経を逆なでするようなことは避けた方が良いだろう。


「それであーたん。海の悪魔ってのは伝説上の生き物だったりするのか? それともまさか、棺に封印されてた化け物とか言わないよな」


 ぎっ、と刺殺されそうなほど鋭い睨みが飛んできてやっぱり「あーたん呼び」はエミリアだけに留めておいた方が良さそうだと確信する。


「……封印されていたといえばそうなのかも知れませんが、『棺』などという形のあるものではなく、水龍様によるご加護でこの街は守られていると言い伝えが。……我々がこの地を放棄できぬ理由もそこにあります」


 言われて真っ先に浮かんだのは王都であるアーデルハルトの結界を維持していた赤のドラゴン、通称『主様』の事だけれどここの海底神殿にはそういった「ドラゴン」は存在しないと僕の考えを呼んだようにあーたんは言葉を続ける。


「古の時代に存在したという記録は残っておりますが、いまとなっては偶像的な存在。……水龍様はあくまでも信仰上の存在とされていました。ただ、海底神殿を悪魔が襲った形跡がない事――、……そして、初めて襲撃のあった晩、海から放たれた謎の光が悪魔を追い払ったことなどから今となってはその存在を信じる者も増えております」


 目に見えない形で、もしくは我々の知らぬところで我々を守り続けてくださっているのだと。

 港は完全に海に飲み込まれてしまっていて降り立った場所は沿岸部に建てられた建物の屋上部分だ。

 そこから見渡す限りに広がっている海は薄暗く、また頭上を覆っている雲も海を映し出したかのように灰色に染まっていた。そこに何か生物が存在している形跡は一切伺えない。勿論、海の悪魔と呼ばれる怪物の姿も。


「今夜は襲って来ないかと。……何の保証もありませんけど」


 言って悔しそうな顔をするのは襲撃が来ると分かっていながらも被害を防ぎ切れていない負い目からだろうか。


 先日の王都襲撃の一件で黒の魔導士と言えど、自分自身の魔力ではなく、使い魔の魔力を使って魔法を発動させた方が威力が上がることは分かった。エミリアがクー様の力を操り、ただの炎を癒しの炎へと変換しているように。僕は結梨と組んで彼奴の猫の身体に秘められた魔力を使って魔法式を走らせることで伝承にあるような「黒の魔導士の力」を振るえる。


 それでも、黒きドラゴンに対してはギリギリだったけど。


 海の悪魔がどれほどの怪物なのか、僕一人の力でどうにかできるのか図りきれないところはあるが何もしないよりかは手は打っておいた方が良い、か。――と、足場にしている建物がこれ以上崩れないことを確認して魔法陣を描き、迎撃用の魔法式を書き記そうとしゃがんだ矢先、頭の上を何かが霞め取って行ったような気がして「着水音」のした方を振り返れば音の主が方向を変え再び跳びかかって来る瞬間だった。


「エミリアッ!」


 言って彼女の身体を後ろに押し飛ばしつつ、反対側の手で魔法陣を描き、迎撃する。


乱舞する雷竜ダンシング・ライトニング・ドレイクッ……!!」


 バチバチと辺りに電流をまき散らしながら周囲を駆け巡った雷竜はその身を宙で焼かれ、足元へと墜落する。


 何かと思えばデカい魚だった。牙の生えた、……ついでにヒレが発達しすぎて翼みたいになってる。トビウオか……?


 唖然とするあーたんことアーウェルに意見を求めるけど、何故か睨み返された。意味が分からないんですけど……。


「エミリア様、この者は何故黒の魔導書に記された呪文を使えるのですか」


 警戒されているのは明らかだった。腰に回された手が握っているのは恐らく彼女の得物だろう。


「この書を見た時の反応もそうだ。……貴様、一体何者ですか」


 記憶喪失ということになっているただの男子高生です。なんて、言えるはずもなく、また、エミリアもそういった事情も知らない。


 湖で出会った僕を突然「黒の魔導士呼ばわり」するような子だからどう転ぶか冷や冷やしたけれど、黒の魔導書を持っていて、その上、自身の事を「黒の魔導士」と名乗ったアーウェルの事を多少なり疑う気持ちはあったらしい。

「直属の護衛と、ご紹介したつもりでしたが。アカリ様がなにか?」と少しだけ強い口調で牽制してくれる。


 王都の襲撃とランバルトの裏切りによって多少は世間というものを学んだのかもしれないというのは、ここ数日で少し感じていた事だった。

 エミリアも少しずつ変わりつつある。出会ったときよりも少しだけ。ただ守られるだけのお姫様という印象はいつの間にか無くなっていた。


「……エミリア様がお傍に置いていらっしゃる以上、口答えするようなことではないのでしょうが……、……一つだけ、聞かせなさい。その魔法を、何処で学んだ」


 緊張が走る。


 流石のエミリアもそこまでは庇い切れないのか、それとも僕の記憶に関することに興味があったのか、二人の視線が僕に集まる。


「アーウェルの持っている魔導書によく似た本から。……失ってしまって、手元にはもうないけど」

複製書レプリカか。……精々、身の程を弁えろ」


 言って睨みを聞かせるとアーウェルは「もう少し先の方を見てきます」と一度エミリアの元を離れて跳んでいく。

 自分の持っている魔導書を触れられることを強く拒み、他に存在していたという事実を「レプリカ」という言葉で吐き捨てる……か。


「伝承の黒魔導士様って、代々継承されて来たものだったりするのかな」


 エミリアに尋ねるが首は横に振られた。


「あくまでもお伽話、……伝承の中でのみ語られ続けて来た事ですから。私も、アカリ様とユーリ様に出会うまでは伝説の存在だと思っておりました」


 けど、彼女の持っていた魔導書は間違いなく古典部の部室に置かれていた魔導書と同じだった。複製書レプリカという言葉が出て来たという事は他にも存在するのだろう。「黒の魔導書」の写しが。それが何を意味するのかは分からないけれど、もしそこに記されている文章が全く同じだとするのなら、あの本にも記されているはずだ。カバー裏に記された、僕らを、この世界に連れて来た魔法式が。


「……まずは信用してもらうところから始めきゃかなぁ……?」

「それでは一緒にお風呂ですねっ?」


 クゥっ、とクー様は嬉しそうに鳴くけれど、残念ながらこんな街の状況では湯船に浸かる事なんて難しいと思うよ……? と目をすぼめているとエミリアは恥ずかしそうに「じょ……、冗談です……。私だってそれぐらい、分かっておりますのにっ……」と少しだけ拗ねた。


 そっかー、分かってなかったのは僕の方かー。なんて少しだけ現実逃避しながらも一人、薄暗い海を睨んで僕に向けた時以上に険しい表情を浮かべるあーたんの横顔を眺め、思う。


 海の悪魔を倒した所で彼女を蝕む黒い火傷が消える保証はなく、それ以前に黒の神獣と呼ばれた「黒猫の結梨」なしで倒せる保証なんてどこにもない。なのに、出来ればあの子の事まで助けたいだなんて思うのは、いくら何でも出過ぎた想いだろうか。結梨を、守り切れなかった癖に。


 先行きの見えない空と海は、それを望む僕らの気持ちを沈ませるには十二分だった。

忘れているかもしれませんが、古典部(魔法陣かきかきサークル)です。

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