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◯ 13 水の都にて雨に唄えば その2

 丘を下りきった先の城門は開かれており、本来ならそこを守っているハズの騎士たちの姿はなかった。

 それもそのはず、潜った先に広がっていたのは負傷者の山で半分以上が浸水してしまった街では未だに救助活動が続いているらしく、辺りには怪我人の呻き声が響き渡っていた。


「酷いな……こりゃ……」

「お手伝いしてきます!」

「あっ! ちょっと!!」


 制止するよりも先に荷馬車から降りたエミリアは怪我人の中へクー様と走って行き、魔法式を描くとクー様が逸れに従って炎を吐き出し、治療を始める。


 青白い炎は怪我人を包み、その暖かな光に人々の表情が驚きから戸惑い、安堵へと色を変えていく。


「……愛されてんだなぁ」


 この街もまた彼女の家が収める王国の一つであることは間違いなく、そこに暮らす人々を助けたいという気持ちに嘘はないのだろう。


 危なっかしくも思えるけど迎え入れられた人たちは既に涙を浮かべているし、どうせ止めた所で聞きやしないんだから好きにさせるしかない――か。


 所々で上がる「エミリア様」という言葉にポリポリと頬をかいた。

 どうも自分の知り合いが有名人というか、人々から慕われている様はむずがゆい。

 別に僕がどうだってわけでもないはずなのに。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 問題はどうしてこんなことになっているか、だ。


「どう思う、ユーリ? ……って、いつもだったら聞くとこなんだけどなぁ」


 友達が多い方だったわけではないけれど独りにされてしまうとどうにも話し相手に困った。ましてや見知らぬ土地では誰かに意見を仰ぎたくなるのが本音だ。


「ドラゴンたちの襲撃って言うよりも、津波に襲われたって感じなんだろうけど……」


 上から見た感じだと海がせりあがってきて半分ぐらいを飲み込んでいるように見えた。

 ここら辺の建物も崩れているところは多いけれど、ドラゴンたちの炎で焼かれたような跡は見当たらないし、多分別件なんだろう。


 好き勝手に治療を始めたエミリアに騎士たちが慌てた様子で駆け寄り、彼らの視線が僕にも向けられる。伝承の黒魔導士様ですとかなんとか言ってるんだろう。――違うんだけどなぁ……。


 いつまで記憶喪失の嘘突き通せるかちょっとだけ不安だけど、違う世界から飛ばされてきましたって言っても信じて貰えるとは思えないし、そもそも、男だってバレたら処刑されかねない記憶が幾つもある。

 そもそもエミリアとの出会い方が沐浴中の所に突撃だからなぁ……。


 黒の魔導士の身体になってなかったらランバルトに切り捨てられていただろう。


 ……元気にしてるかな、アイツ。


 ドラゴンの血を引く元エミリアの護衛。アルベルトさんの義息子。


 ドラゴンたちとこれからもぶつかることになるのなら、アイツともまた戦うハメになるんだろうなぁ……。……正直、相性悪いから勘弁して欲しいんだけど。なんかこの姿の僕にほの字らしかったし。一応僕も男だから、鏡越しにみた「黒の魔導士」の容姿は整っている方だし、その気持ちも分からなくはないけど会いたくはないんだよなぁ……。


 アルベルトさんの事を思えばこそ、助けたいとは思うんだけど。


「――ど……?」


 と、後ろで何かが落ちてきたような感覚を覚え、振り返ろうとしたところで首に冷たい感触が添えられた。


「動かないで」


 ぐるりと首に回された腕、突き出された左腕の先では指先が魔法式を描いており、首に添えられているものは間違いなく刃物の類だ。


「マジで……?」


 視線だけで見上げれば頭上に魔法陣が展開されていた。

 時空転移系の、魔法陣から魔法陣に移動する魔法式だ。確か「どこでもドア」的な名前の。


「空間軸の指定を間違えたら圧迫死とかする危ない奴じゃなかったっけ……?」

「それを知っているという事はやっぱり魔術師ですか」


 魔法式が光を放つと円形に広がった魔法陣から幾つもの光の鎖が出て来て僕の両手を縛りあげた。


「不穏な動きを見せればその場で死なせますよ」


 姿は見えないが声色からするに女の子っぽい。

 僕の事を魔術師と呼び転移魔法を使った割りにその振る舞いは暗殺者のようで、迂闊に動けば致命傷を負うのは明らかだった。


「え……えみりあー……」


 仕方なく助けを求める。何としても守らなきゃって気持ちを固めた矢先、まさか助け乞う側に回る羽目になるとは思ってもみなかった。

 油断禁物。結梨がいたら空気も読まずに後頭部を蹴り飛ばされてそうだ。それはそれでこの膠着状態を打破できるってもんだけど。


 が、動揺は僕の後ろから聞こえて来た。


「……エミリア……姫?」

「……? はい……?」


 慌ててこちらに戻って来てくれていたエミリアだったがどうやら襲撃者はその名前に覚えがあったようで僅かながら首に触れていた刃物の感触が和らぐ。これなら抜け出せそうな気がするけど下手に暴れれば悪い方向に転ぶことだってある(喉にナイフを当てられてる状況が最悪の部類に入ることはさておき)。いつでも行動を起こせるように注意を周囲に配りつつ、襲撃者の様子を伺う。


「エミリア・クーウェルハルト様……?」


 震える声で少女は問い掛け、僕を押しのけて恐る恐る前に出る。

 襲い掛かるつもりかもしれないと少しだけ肩に力が入ったが、どうやらそういう雰囲気でもない。


「エミリア・クーウェルハルトは私ですが……」


 戸惑うエミリアに対し、少女の反応は早かった。


「エミリアさま!!」


 ぴょん、と僕を飛び越えてエシリアの前に着地したマントの裾からは間違いなく猫のような尻尾が蠢いて見える。――亜人か?


 しかし膝をつき、首を垂れた頭の上には耳はなく、くせっけのある栗色の髪に埋もれるようにして人の耳が覗いていた。まぁ、竜の血を引いてた彼奴も鱗ぐらいしか竜っぽさなかったしな。とか思っていると黒いローブに身を包んだその襲撃者はエミリアの手を差し出し声を震わせる。


「竜宮の巫女、エミリア・クーウェルハルト様――、いま、この時より伝承の黒の魔導士:アーウェル・クロイトゥウェルがその身をお守りするでありみゃす!」

「……みゃす……」


 感じなところで盛大に噛んだっぽい。見る見るうちに当人の耳は紅くなっていく。隠れていた尻尾もぴーんと伸びきって毛が逆立っていた。差し出した手も恥ずかしさのあまりぷるぷると震えている次第だ。だが、僕らもまた目を見合わせた。訪れる沈黙の中、周囲の人々が困惑する一方で僕らだけは少し違った意味合いで驚きを隠せずにいた。



 ――伝承の、黒の魔導士……だって??


次回、服を捲し上げる。

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