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◯ 13 水の都にて雨に唄えば

 向こうの世界で(と言っていいのか分からないけど)海を見に行った経験はあまりない。

 小学校の頃の修学旅行で一回、家族旅行で数回。遊んだ記憶は殆どなく、海は横目に眺めるものだった。


「風が強くなって来ましたねー!?」

「色々吹っ飛んできてるし危ないから外には出てこないでよ!?」


 ごうごうと重苦しい灰色の空から吹き荒れているのは強烈な横風だった。

 海沿いの街道に出て二日目、歩みを進めるうちに強くなり始めた風は既に暴風と言っても差し控えない程になって来ていた。


 ――まるで台風の前兆みたいだっ……。


 時折浮き上がりそうになる荷台に悲鳴を上げながらも二頭の馬は僕らを引いてくれている。エミリアの話では後数時間もしないうちに港町の姿が見えて来るそうだけれど緩やかな丘になった先は視界が遮られ、右手に暴れ狂う荒波と左手の騒ぎ立てる森しか伺うことしか出来ない。


 天気が良い日が続けば悪い日もあるだろうけど、こうも天候が荒れていると不安にもなる。


 重苦しい空の色は王都を覆い、ドラゴンたちが襲って来た時の光景がどうにも重なって見えてしまうし。なによりも馬車がひっくり返らないか、時折お尻を蹴り上げられるような衝撃に呻きながらも対ショック吸収用の魔法式を何度も頭の中で思い描く。横転してエミリアが怪我をするようなことになればエシリヤさんに顔向けできないし、守るといった以上、出来る備えはすべきだ。


「――交易の盛んな場所であれば情報も集まりましょう」


 そう言ってヴァチュアを提案してきたのはエシリヤさんだった。

 古くから王家と繋がりのある人物もそこにはいるらしく、何度か通ったこともあるというので紹介状は書いて貰っていた。


 水龍の守るみやこ


 船による交易の拠点として栄え、他の大陸からも人が訪れるような多様な文化の入り混じった場所だという。

 石造りの美しい街並みは海を飲み込むようにして広がっており、生活の中に海がある。


 それもひとえに長きに渡り「水龍」の恩恵を受けて来たからであり、海中に沈んだ神殿があるとかないとか。エミリア達の街、王都アーデルハルトのようにドラゴンが結界を維持している訳ではなく、あくまでも信仰の対象として「水龍」という存在が据えられていると聞いている。


 本物のドラゴンがいないのであればエミリアが狙われる危険性はないだろう。また群を成して襲ってくるという可能性は何処にいたってあるわけだし。幸いにも港町ヴァチュアは人の出入りが激しい分、守りに当たっている騎士団たちの数も多く、優秀だそうだ。


 情報については空振りするかもしれないけど命の危険に晒されるって可能性は低い――。と思いたい。


「クゥ?」と暴風に目を細めながらもクー様が顔を覗かせこちらを覗き込んで来る。

「大丈夫だよ。エミリアはちゃんと守るから」

「クゥッ!」と勢いよく頷いたのは「自分もいるから任せろ!」ってことなのかな。


 頼りがいのある白の竜の頭を撫でてやり、気持ちよさそうに喉を鳴らす様を見てまるで猫みたいだと笑う。


 ……結梨。


 猫の姿で不自由も多い癖に、随分と生意気な姿ばかり浮かぶのはなんでかなぁ……。


「アカリ様? もうじきですよ!」


 気が付けばエミリアまで乗り出して来ていた。――と、それに合わせるようにした再び荷馬車が跳ね上がる。


「きゃっ」


 あわわっとその細い体を抱きしめて抑え、苦笑する姿に肩を落とす。


「すみません」

「危ないから。ほら、早く戻って」

「ですがこの丘を越えればヴァチュアの街です! 生憎のお天気ですけれど、それでも街並みを見下ろすなんて経験は早々出来るものではございませんからっ」


 あちこち旅する趣味はなかったからピンとこないんだけど、そういうものなのかな。

 実際、丘の終わりが見え始めていた。ここを登り切れば聳え立つ崖から見下ろす形でヴァチュアの姿が見えるはずだ。


 水の都、ベネチュアみたいなものかな。なんて向こうの世界の情報を思い重ねる。テレビとか写真でしか見たことないけど。


 そう考えると確かにどんな街並みかは興味が湧いて来た。

 そもそも異世界を旅すること自体珍しいわけだし、少しだけ気持ちが弾む。


 チクリと心が痛んだの結梨への罪悪感からだ。ごめん――、と小さく謝っておく。

 ――が、そんな心配はすぐに打ち破られることになった。


「これが……、水の都……?」


 眼下に広がった光景に思わず馬を止め、息をのむ。


「ヴァチュアっ……ヴァチュアで間違いありませんが、これは……いったい……」


 隣のエミリアも目を丸くし、言葉を失くしていた。

 ということは元々この街が「こうだった」訳ではないらしい。


「……これも封印が解かれた影響とか言わないよねぇ……?」


 思わず溢した言葉は潮の香すら吹き飛ばしてしまいそうな横風に掻き消される。

 眼下に広がる水の都市ヴァチュアは、文字通り水没し、その姿の殆どを「海底都市」へと変えてしまっていた――。


舗装されていない道で荷馬車に揺られるのってかなり腰に来る。

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