◯ 12.5 伝承の狭間で仰ぎ見た空
〇 13
海といえば水着、海水浴に日光浴。
白い砂浜に打ち寄せる波とそれを反射させる白い肌ーー。
「燈さま? どちらをご覧になっていらっしゃるのですか?」
出来れば見たくはない現実。
一緒に風呂に入り、背中を流しあった仲ではあるとはいえ、こんなにも明るい場所で水着姿を目の当たりにすれば幾ら何でも直視しかねる。肌の露出はあるとはいえ、布面積はそう小さくないはずなのに……。
特に、結梨が囚われたままになっているということも、落ち着かない要因の1つになっているのは確かだろう。
くぅゥ、と高い鳴き声を上げてクー様が青空を舞い上がり、数日ぶりに降り注いだ太陽をその身に浴びて嬉しそうに飛び回る。
「……せめて、もう少しまともな水着はなかったのかなぁ」
「燈さまー?」
「はぁ……」
ドラゴンの大群が押し寄せ、それをどうにか退かせてから約半月。
僕らはいま、眼前に広がる大海原に其々の意味合いで飲み込まれようとしていた。
ー ー ー — — — ー ー ー ー — — — ー ー ー ー — — — ー
結梨を連れ去られて数日後、褐色少女の行方と黒きドラゴンの跡を追って首都アーデルハルトを出発し、港町ヴァチュアに向かっていた。あれからアルベルトさんが情報を探ってくれたけれどこれといった有益なものは見つからず、「各地で封印されていたはずの怪物達が暴れ始めたらしい」というどうにも曖昧なことしか見えてこなかった。
「それだけ被害が大きいと言うことなのでしょう」とアルベルトは言う。
実際にクリューデル国内でも各地から王国騎士団への救援要請が殺到しているらしく、先日の一件で壊された王都の修復すら当面の間はままならないだろうとの見解だった。
国内が荒れればそれに乗じて踏み込んでくる国もあるーー。
苦しい顔をしながらもエミリアの姉・エシリヤさんは頷き、僕らの背を押し出した。こんな中だからこそエミリアの竜宮の巫女就任を他国に示す必要があると。それでも先の見えないこんな状況で妹を送り出すのは相当不安だったようで、僕の手を握る指が震えていた。かといって僕には国のことなんて分からないし、またドラゴン達が襲ってきたらどうにかしてエミリアを守るぐらいの約束しか出来なかったのが少しだけ心苦しかった。
エミリアを守る。
だなんて、目の前で幼馴染を連れ去られた僕が言えた義理ではないのかもしれないけど。
「……ユーリ様はアカリ様にとってとても大きな存在でしたのね」
「え?」
荷台に引っ込んでいたはずのエミリアが顔を出し、「お隣、しばらくよろしいでしょうか」と御者台で手綱を握る僕の隣に移動してくる。
車の運転すらしたことないのに荷馬車の制御だなんてできるのか不安だったけれど、エシリヤさんが連れてきた二匹の白馬は相当賢いらしく、進む時と止まる時に合図を出すだけであとは殆どすることもなかった。
ぼんやり空を見ていたのだけれど、旅も3日目となれば会話が少なくなる。そんな僕を見て何か勘違いしたのかどうやら気を遣ってくれたらしい。
「私も、もしお姉さまが連れ去られたとなれば居ても立っても居られなくなると思います。さぞお辛いでしょうに」
肩ではクー様が同調するかのように首を垂れる。
僕は答えることもなくまた空を見上げて小さく息を吐く。どうにも怒りという感情は長続きしなもので、(はじめての馬旅と言うこともあるのかもしれないけど)連れ去られた直後とは打って変わって冷静な僕がいた。
「危害を加えるつもりなら王都を出たところで何らかの接触があったはずだし、ここまで放置されてるってことはあっちもあっちで立て込んでるんじゃないのかなぁ」
偶然にも僕が解いてしまったらしい封印。そこに封じられていた存在が暴れまわっているというのなら封印を解いたことに対するお咎めよりも目の前の問題を解決する方が先だろう。
とはいえ、返してもくれない以上、何らかの目的があるんだろうし楽観視は出来ないんだろうけど……。
「焦ったところでどうしたらいいのか分かんないしなぁ……」
こっちの世界の空も相変わらず広い。手当たり次第に走り回ったところで行き当たるとは思えないし、僕が偶然にも封印を解いたとはいっていたけど元々の魔法式は伝承の黒の魔導士のものだから恐らく黒いドラゴンも無関係じゃない。行方を追っていれば何処かで交わるだろう。――なんてのは流石に楽観的すぎるだろうか。
「信じていらっしゃるのですね、お二人の絆は、……少しだけ羨ましくもあります」
「そう言う訳じゃないんだけど……」
何処となく「知っているような気がした」あの少女の面影の理由は分からずじまいだ。
ただ、僕が知っているのではなくこの身体の持ち主、伝承にあるという黒の魔導士の知り合いなのだとしたらそう悪い事にはならないんじゃないだろうか。
なんか、僕が偽物だってバレてるみたいだったし。……別に黒の魔導士様を騙ってるわけではないけど。
こてん、と僕の肩にもたれ掛かって頭を預けて来るエミリアはお姫様というよりもまるで妹のようで、元いた世界の事が少しだけ懐かしくなった。
学校では大騒ぎになっているかもしれないだとか、床に残された魔法陣を見て科学的アプローチが開始されてたりするかもしれないなんて、そういえばあまり考えてこなかったけれどどうなってるんだろう。
流石にここまで来て夢オチって事はないだろうし、夢オチならそれはそれで随分と長い夢だ。
魔法陣って発動した後には消えるから手掛かりはないんだろうなぁ……。魔導書も、……どこいったんだろう。
部室では確かに手に持っていたハズなのにこちらの世界に来た時には消えていた。僕の身体が少女に変形したのではなく「黒の伝承の魔導士」の中に僕が放り込まれた感じっぽいから持ってなくても不思議ではないのだけど、結梨は猫に変身させられてるだけっぽいし、どういう転移魔法だったんだろう。
謎だ……。
魔法式自体は丸暗記しているだけなのでそれ自体がどういう効果の積み重ねなのかは僕には分からない。解読する方法があればいいんだけど――、……生憎、この世界で使われている文字とは違うっぽいし、古代の魔法らしくてエミリアやエシリヤさんに聞いてもサッパリだそうだし。
「それこそあの子に聞けたら良かったんだけどなぁ……」
僕らの知らないことを確実に知っているであろう褐色の少女に。
僕の独り言にも律儀に反応してくれるエミリアに「なんでもない」と軽く断りながらふとこれまで触れてこなかった「黒の魔導士」について気になった。
「伝承の黒魔導士さまってどんな感じのお話しだっけ」
なんか以前にも聞いたことがあるような気がするけど。
確か赤いドラゴンがなんか言ってたような……?
その直後にドラゴンたちの襲撃があってそれどころじゃなくなったからそれっきりになってる。
「子供に説いて聞かせるようなお伽話ですわ? 遥か昔、まだ国が国としての形を保ち切れていなかった頃のお話です」
そういって馬車に揺られながらエミリアは文字通り子供に説いて聞かせるかのように語ってくれた。
黒き神獣を連れた一人の魔術師の物語を。
幾多の怪物を封印して回り、魔術を昇華し、魔法式を伝え歩く魔導士となる少女の物語を。
どうやら騎士団がそれほど治安を守り切れておらず、外に住み着いた獣たち(とはいっても僕の世界でいう化け物とか怪獣みたいな奴ら)から人々を守り、魔法だけではなくドラゴンとの契約の仕方まで教えてくれた存在だったそうだ。
数多くのドラゴンの住処が近くにあったがために街や畑を焼かれ続けていたクリューデルだったが、王族の中から竜宮の巫女を立てるようになり、ドラゴンを従えるようになってからは縄張りとして認識されるようになったのか無暗に襲ってくることもなくなったとかなんとか。
それもつい最近まではドラゴンの数自体が希少だったのであくまでも「そう言われている」としか誰もが認識していなかったそうだけれど。
あれほどの大軍を目の当たりにすればこの竜の国と呼ばれるクリューデルがかつてはドラゴンに蹂躙され続けた土地である事にも納得かもしれない。
上手く追い返すことが出来たようだけれど、もしも僕らが失敗していれば今頃国がなくなっていただろうし。
「あの黒いドラゴンさんもかの魔導士様をご存知のようでしたからそれほど昔の事でもないのかもしれませんが」
ふーむ。と首を傾げる。
ドラゴンの寿命がどれほどなのかは分からないけれどお伽話になるにしては真新しい伝承なんだろうか。100年とか200年とか……? 赤いドラゴンは黒の魔導士に出会ったとき、まだ子供だったそうだからそれよりももっと昔か。
「子供にしか見えなかったんだけどなぁ」
あの黒い方のドラゴン。
「はて?」
王都を襲撃したのだって黒の魔導士に置いて行かれた八つ当たりみたいなものだったし。
「まぁ、独りは寂しいもんな」
結局雑談にしかならなかったとまた空を見上げる。
青い空が永遠と続き、何処までも透き通った青色の中を気ままにちぎり放たれた雲が流れていく。
旅路は長い――、せめて、連れ去られた結梨もこの青い空の見える場所で軟禁されていれてくれることを僕は祈った。
もし、傷ひとつでも付けられていようものなら、その報いは倍では済ませないぞ、とも。
前回が2年ぶりの更新だったのですが、案外アクセスを頂きましてありがとうございます。
第2章と銘打って良いのか悩むところなのですが、第二幕 海水浴編 すたーとです。
プロットは切ったので書こうと思えば更新頻度は高いハズ。(書こうと思えば)




