◯ 2 他愛もない道中 その2
現状情報が不足しすぎてるからエシリヤさん達に厄介になる他ないんだけど、このまま危険なことが続くようならそれも考えものだ。さっきも言ったけど「黒の魔導士」なんて誤解されてるだけで普通の男子校生だ。頼られても困る。
「俺は貴様が怪しいと思っている」
「ん……」
「怪しいそぶりを少しでも見せてみろーー、八つ裂きにしてやる」
「あはは……」
後ろの二人に聞こえないようにランバルトが睨んで来た。
当然ながら信用はない……と、……結梨は相変わらず眠ってるみたいだしなぁ……。
とりあえずは街に着いてみないとなんとも……って感じか。
「……ん?」
ふと何処からともなく鳥の鳴き声がした気がして顔を上げた。
青空の中、小さな雲が浮かぶ空を何かが滑空してくる。
「なんだ……ーー?」
太陽が眩しく目をほそめるがその姿にピントは合わない。
「クーちゃん!」
その正体が間近に迫った時、それまで沈んでいたエミリアが明るい声を上げ、それに応えるように「クゥッ!」とその小さな生き物は泣き声をあげてエミリアの肩へと止まった。
「クーちゃんっ、クゥーちゃんっ!」
「クゥッ」
思わず、足を止めてあんぐりそれを見つめてしまった。
「ドラゴンだ……」
いつのまにか頭の上に結梨が飛び乗っていて、ぼそりと呟いた。
「ああ……、ドラゴンだ……」
僕も呆気にとられて繰り返す。
……ドラゴンが、いる。
「紹介しますねっ! 私のお友達のクーちゃんです!」
「クゥッ」
白銀の翼を携えた小さなドラゴンが誇らしげに喉を鳴らした。
翼竜にも似た姿に細長い尻尾が生えていて、夢にまで見たファンタジーの王がそこにいた。
「マジかよ……」
始めてみる姿に言葉が出てこない。
同じ生物とは思えない神秘性を携えていて、そこで動いていることが信じられない。
いや、この世界に生きる動物の一種なのだと言われてしまえばそれまでなのだけど、森の中で見かけた「その他大勢」の生き物たちとは一線を画した「凄み」があった。
「魔導士さまとはいえ、ドラゴンは珍しいですか?」
「あ……ああ……まぁ……」
おかしそうにクスクスとエシリヤさんが笑い、無邪気に戯れる妹を愛でるように見つめる。
「ずいぶん数は減りましたからね……。我が国でも数体を残すばかりで、国の外では滅多に見かけません」
「……」
絶滅危惧種、という割にはそんな様子を『クーちゃん』からは感じられなかった。
犬か猫。身近なペットと紹介された方がまだしっくりとくる。
「エミリアはその数少ないドラゴンと契約する事のできる貴重な存在なのですよ?」
誇らしげに語られる言葉の中に僅かばかりの躊躇いを感じた気がして首を傾げる。けれど妹を見つめるエシリヤさんの横顔からは何も読み取れなかった。
……大人になる妹を見て寂しいとか……そんなんかな。
自分の手を離れて育っていくのは辛いものがあるんだろう。僕も妹がいたからよくわかる。
「心配して様子を見にきてくれたんですって!」
クーちゃんが短く鳴き、言葉は通じていないはずだけどエミリアはそれだけで言っていることを感じ取ったらしい。楽しそうに笑って見せる。
「おじ様たちも心配しすぎてお酒に手を出してしまいそうなんですって!」
「あらあら」
笑うエミリア達の側でランバルトだけは険しい顔になり「一刻も早く戻らねばなりませんな」と手綱を引く手に力を込めた。
「酔い潰れていただいては困ります。……報告すべきことも多々ございますし」
突然の襲来に足を止めていた馬たちが再び歩き出し、僕もそれに続く。
そうして丘を超えたあたりでようやくその街は見えた。
「あれが我が国クリューデルの首都・アーデルハルトですわ?」
それは巨大な白い城壁に守られた、大きな城塞都市だったーー。