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◯ 12 伝承の黒き魔導士

「病人だな」

「病人だよ」

「病人ですね」


 三者口を揃えて言って思わずエシリヤが苦笑した。


「そうですわ? 病人なのですから大人しく横になっていてくださいまし?」


 気がついた時にはもうふかふかのベットの上で身動きが取れない状態だった。

 全身に巻かれた大袈裟なほどの包帯。頭上に設置された変な鉱石からは光がこぼれ落ち続け、ほんのりと僕の体を包み込んでいるらしい。

 察するに魔石の類か……、なるほど、随分と「伝承の黒魔道士サマ」は無茶をしてくれたらしい。

 指一本動かすのも億劫な倦怠感の中、思ったことを言ったら結梨が返してきたのだ。「病人だ」と。


「おはよう」


 そこでようやく自分のおかれた現状を把握して挨拶してみるけれど、首は回らない。

 こっちの言葉に反応してエミリアが顔を覗かせてくれた。


「おはようございます」


 憑き物が取れたように朗らかな笑みで頰にかかっていたらしい髪をはらってくれる。

 とことことお腹の上を歩いてくる感触は結梨だろう。


「ユーリ様と再契約なされたそうですね?」

「あぁ……そうなるのかな……?」

「…………」


 胸の上で腰を下ろしたらしい結梨は何も言ってくれないけれど、怒っているわけでもなさそうだった。

 なにやらいい香りがするのは「りんごですわ?」「なるほど……」エシリヤさんが剥いてくれてるらしい。

 すごいな、まるで病人だ。

 いや、病人なのか。……怪我人だな。


「式典はどうなった? ドラゴンたちは……?」


 最後の最後は神頼みならぬ魔導士様頼みになってしまった訳だが、こうして3人がのんびりしていると言うことは悪い結果にはなっていないのだろう。

 体も動かないし、しばらく休ませて欲しいところだけど、


「……まぁ……上手くいったんなら良いや」


 小難しいことは後にしよう、どうせ何の役にも立たない。


「そうですわね、アカリ様は立派に役目を果たしてくださいました。……この国を代表して御礼申し上げます」


 姿は見えないのだけれど、エシリヤさんが頭を下げたのはわかった。

 ただ、何だか実感は伴ってこない。


 ーー別に、僕が救ったわけでもないからか……。


 仮初めの体で、結梨の力を借りて、何とかしようとしたけどそうはならずーー……、勝算はあったとは言え、あの子に頼むなんてーー……。


「……あの子……?」

「……アカリ様……?」

「いや……」


 ぼんやりと浮かんだ「黒の魔導師」の姿。

 鏡に映った僕の、……いや、違う。僕は「彼女」と確かに会っていたんだ。まるで見ていた夢を目覚めとともに忘れていくかのように、曖昧で、実感の伴わない記憶だけれど……、……確かに彼女と話していた。……それはあの黒いドラゴンを撤退させたことで明らかだ。


 ーーいるのか……、僕の中に……? ……いや、僕が彼女の中にいる……?


 一つ、確かなことが分かりつつあった。

 この体の主は確かに「伝承の黒の魔導師」だと言うこと。

 そして、彼女の意思は「今もまだここに生きている」と言うこと。

 なら、本人に聞けばいいんだろうけど、かと言って、また頭を殴ってもらって意識飛ばすのは遠慮しときたいかな……? それでそのまま死んじゃったら元も子もないしなー……。


「どっちにせよ動けるようにならなきゃどうしようもない……か、」


 諦めてエシリヤさんが笑顔で運んでくれるりんごを口に含んだ。


「……! ……おいしい」

「でしょうっ?」


 何だか久しぶりに甘いものを食べたきがするぞ。久しく。


「……ん?」


 ふと視線を感じて首をねじってみると結梨が僕の上から降りて窓の外に姿を消してしまった。

 ありゃりゃ……。

 また機嫌を損なったらしい。

 まぁ……、仕方ないか……。

 正直、ちょっと照れくさいのもあって、どう接すればいいのかわからない。

 どうせ歩けるようになれば自然と話もできるだろうーー。

 そんな風に思っていると僕が目覚めたことを聞きつけたのか、アルベルトさんが元々開いていた扉をノックして入ってきた。


「……ランバルトの件で……少し、よろしいですかな?」

「……まぁ……、……はい……」


 それまであたりを包み込んでいた温かな空気が、少しずつ冷えていくような気がした。


のんびりと再開します。

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