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◯ 11 竜に仕える者達よ その11

 何もない空間。

 だと思うのは僕が僕自身をそう思っているからなのかも知れない。


「なんじゃ、まさか自らやってくるとはな」

「一か八かの賭けだったんですけど、叶ってよかったですよ」


 何処からともなくふわっとした風が吹き抜けていた。

 目の前に立っているのは黒の魔導士と呼ばれたあの少女で、その前でホッと一息、腰を落ち着かせたのは元々の姿形をした僕で。


「以前の記憶はないんですけど、二度目ですよね。こうしてお会いするのは」

「まぁの。魂の記憶というものは肉体のそれとは別じゃから目覚めたところで主は覚えとらんよ」

「なるほど?」


 通りで初めて会った気がしないわけだ。

 この世界に飛ばされてからずっと「目の前の少女」だったから緊張しないとかいう話ではないらしい。もしかすると僕が覚えていないだけで、過去にも何度か……。


「いや、……それはないかな」

「して。我になにようか? 助けて欲しいとでも?」

「違いますよ、流石に事態を丸投げしようなんて思ってません。第一、あなたが表に出たところで僕の体には魔力も殆ど残ってませんし」


 だから僕が彼女に会いに来たのはそれが目的じゃない。

 ただ、話をしたかったんだ。この人と。そしてあわよくば、


「私にあの大馬鹿者と話して来いと言うのだろう」

「ありゃ」


 お見通しらしい。


「お主を通して向こう側の事情は知っておるでな。言わんでもわかる」

「なるほど」


 なら話が早い。

 ここまでことを大きくしておいてなんだけど、あの黒い竜はこの人に裏切られたと思ってる。だから国を滅ぼしてやるんだーって、子供の駄々にしちゃ世話が焼き切れるレベルだけど、結局根本的なところはそこだった。

 今でもあいつはこの人に縛られてる。

 忘れられないでいるんだ、きっと。

 だから、


「会ってやってください。それで一言、かけてやれば彼奴もきっと……」

「収まるわけなかろう」

「でもーー、」

「これは意地を張っているわけではない。ただ純粋に、事実として、主には告げておくがな。……あのものは私を許さぬよ。きっと」

「何があったんですか」

「……そこまで人を恨むに値する過去じゃよ」

「…………」


 淡々と、だけどハッキリと後悔を滲ませて告げられる言葉は痛々しかった。

 伝承の魔導士として讃えられ、その実力は僕の聞きおよぶところではあるけれど……その姿はまだ子供だ。

 見上げる背丈も小さく、まだ「女の子」と言った印象を強く受ける。

 そんな子供が「なんでもない」と割り切って話そうとする言葉を無下にはできなくて。


「なら、なおさら話さなきゃ」


 僕は退いちゃダメだと思った。

 見つめた先で大きな瞳が僕を捉えた。

 飲み込まれそうになるのを必死に堪え、「だってそうでしょう」踏み込む。


「貴方が僕に何をさせようとしてるのか、どうしてこんなことになったのか分かりませんし、聞いた所で目覚めたら忘れちゃうんですけど……、それでも僕はこの世界にいて、貴方も彼奴ともう一度向き合えるんですから。……逃げちゃダメです」


 きっと、この人も孤独だった。

 あのドラゴンが独りで過ごした時間と同じ時を独りで過ごしているハズだった。

 だから、その痛みは分かち合える。

 分かり合える。


「大丈夫、……十分、通じ合いますから」


 僕と結梨のように、隣にいただけで嫌でも人は分かり合える物だから。

 それが、人とドラゴンであっても。


「お願いします」

「っ……」


 初めて、彼女が目をそらした。

 それまでこちらを子供扱いするような態度を見せていた彼女が見せた、初めての「彼女らしい仕草」で。

 でもそれが、きっと本来の彼女なんだと思える振る舞いで。


「……ここでお主に倒れられては困るかのーー、」


 黒の魔導士は照れ臭そうに笑い、光の波の中に僕らは溶け込んでいった。



アカリ!!!」



 聞き慣れた結梨の声を遠くで感じ。

 目の前に迫った黒き竜の瞳が紅く燃え上がるのが見えた。

 空一面を覆う黒煙は徐々に流れて行き、その向こう側からは光が降り注ぐ。

 重力に捉われて落ちていくような感覚の中、消えてしまった声の残響を感じていた。



 きっとその声は、このドラゴンに届いていた。

 きっとあの言葉は、その胸に突き刺さっていた。



 手を伸ばし、既に引っ込んでしまった彼女の代わりで悪いなと謝罪しつつもそいつを引き込もうとしーー、




「 す ま な い 」



 吐き出された懺悔の言葉に視界が黒に染まる。

 幾多にも重なる悲鳴。

 それは錯覚で世界が軋んだ音だった。

 意識が遠のく中、突然空間に開いた大きな穴の中に黒き竜は飲み込まれていき、


「ーーーーっそ……」


 僕は地上へと落ちた。

 温かな熱を胸に感じつつ。

どうにもモチベーションが上がらず、未完結のままだったこいつに手を出してみました。

リハビリ気味に書いていきます。ぺこり。

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