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◯ 11 竜に仕える者達よ その10

あかり……」


 頭の上でユーリがぐったりと身を預けるのが分かった。

 当たり前だ、殆ど体の中の魔力を吸い取ったんだ。平気なわけがない。

 呼吸は上昇し、体温も上がっている。


「これで分かったろう、大人しくあの娘を引き渡せ。さすれば人の身など気にも止めん」

「未練タラタラでよく言うよ……」


 僕自身も限界に近かった。

 正直、このまま戦い続けて勝てる気は一切しない。

 だから本当に、


「本当に、良かったと思うよ。……うまくいってくれて」

「ーーーー?」


 その異変にドラゴンが気づき、振り返るのと魔法が発動するのは殆ど同時だった。

 天元の一撃、それは天空に埋め込まれた魔法式を呼び起こし、神々の怒りとなって大地に降り注ぐ。


「こっちの神様がどういう奴かは知らないけど、僕らの世界じゃ『神は人の手で生み出されるもの』なんだよ」


 そう、人々が理解できない程の強大な力を恐れるがあまり、「理解できるもの」に転換したように。

 理不尽なまでの力は「神」と称される。



神々の黄昏(ラグナログ・リザルト)



 その光は、まさしく神々の幻出ーー、神話を体現したと言っても過言ではない。

 空中に向かって放った一撃は攻撃ではなく、それを打つための機動装置でしかなかった。

 前もって張り巡らせておいた「迎撃魔法・我らが主の庇護パワー・オブ・ザ・ゼウス」を飲み込み、相乗的に威力を上げた複合魔法。複合魔術だっけか……? 一度は主様の所で発動に失敗してたからどうなるか不安だったけど、どうやらそれは上手くいったらしい。

 張り巡らされた魔法陣が一つに繋がり、そこから打ち出された「神々の鉄槌」は周囲を飛んでいたドラゴンたちを地上に突き落とし、そうして黒いドラゴンさえも直撃には耐えられなかったらしくよろよろとバランスを崩していた。


「アカリ様!」

「空の魔法陣を!」

「はいっ!」


 コトを察していたのか上昇してきたエシリヤさんはそのまま通り過ぎ、上空彼方で宇宙を描き続ける魔法陣へと向かっていった。

 もうこれ以上力は残されていないけど、それはお互い様だろう。


「ここら辺で痛み分けって事でどうよ……?」


 翼に穴が開き、今にも墜落しそうな黒きドラゴンは苦しそうに呻きながら僕を睨みつける。


 ーーできるか、と。


 怒りに染まった瞳は痛みからくるものだけでは無いのだろう。

 その理由を僕はよく知っている。

 いや、教えられた、というべきか。


「……ドラゴンが凄いのは明白だ。人よりその力は数段上だし、少なくともこの国の人々の記憶には君たちへの恐怖が刻まれた。……それでいいだろ」


 最初からエミリアの命を奪い、巫女の儀式を失敗させるだけならこんな回りくどい方法は取らなくて済んだ。

 ランバルトが裏切っていた以上、いくらでも寝首をかく機会はあったはずだ。

 なのにしなかった。

 命を奪わなかった。


「昔、伝承の黒魔道士と契約を結んでいたのはお前なんだろ? なら人がドラゴンを軽く見ていないことぐらい分かっていたハズだろ」


 誇り高き種族。神の使者。

 伝説にも等しい存在のドラゴンが人の身の元に下ることをランバルトは良しとしていなかった。

 己らの種族の誇りのために戦っているように僕には思えた。

 そしてコイツも。だけど、こいつの怒りはそんな崇高なもんじゃない。

 殴り合った感触はまるで楽しんでいるかのようだった。

 かつての「黒の魔導士」との戦いを。


「お前のやってることはただの八つ当たりだ……」

「知ったようなクチを」

「ガキじゃないんだから大人になれよ!」


 ドラゴンに大人もクソも無い気がするけど、こうなるとただの駄々っ子に見えてくる。


「素直になればいいじゃんか! 存在の尊重だとか、下僕に下ることを良しとしないとかそんな頭固い話じゃなくてさっ……仲間に入れてもらえなくて拗ねてるだけだろう! お前は!」


 気づいたきっかけは些細なことで、僕との会話を忌々しく思いながらも何処かで楽しんでいるように見えたことだ。

 僕が伝承の黒魔導士ではないことに気づきながらも「その面影に」こいつは懐かしさを覚えてた。

 彼女が語り継がれ、「伝承」となるまでにどれだけの年月としつきを経たのかはわからない。けれど、その長い時間の間にこいつは「寂しい」と思ったんだ。山の祠で、あの主様が感じていたのと同じように。

 独りぼっちで寂しいと。


「寂しいなら僕の所に来いよ。まがい物かもしれないけどさ、懐かしい顔だっているんだろ?」


 遥か上空でエシリヤさんが主様を通して魔法式を展開しようとしているのが見える。

 どれほどの力があるのかはわからないがあの二人に任せておけば安心だろう。

 このドラゴンと同じく、少なくとも主様は、あの「黒の魔導士の時代から」生き長らえている古き存在なのだから。


「……あかり

「悪い、もう少し待ってくれ」


 結梨の体力も限界なのだろう。

 頭の上でぐったりしたまま動けそうもなかった。

 ぶっつけ本番とはいえかなり無理矢理だったらこれからは手加減しなきゃな。


「なんかイヤらしい顔してない」

「見えてないくせに何を」

「見えてなくても分かるのってやーねー」


 ま、減らず口が叩けるなら「知ったような口を利くなと言ったッ……!!」


「ぉ……?」


 その場の空気を一気に塗り替えるかのようにドラゴンは吠え、噛み締めた歯の隙間からは炎を吐き漏らした。


「紛い物の分際でッ……!! あやつの皮を被った偽物が!!」

「お、お……?」


 ちょっといい感じの空気だったのに一瞬にして戦場に逆戻りだ。

 ビリビリと張り裂けそうな空気感に肌が痛い。


「もしかして僕とユーリのやり取り見て……?」

「人のせいにしないで」

「いやいやいや、責任の一端あるでしょ……」


 確かに目の前でイチャイチャしながら「愛人にならしてやってもいいぞ」なんて言われたらそりゃ誰でも切れるわ。なんてことを今更になって思う。いや、だって全くそんな気なかったし。結梨ってすごい自然に近くにいるからていうか、頭の上に乗ってるから嫉妬させるとかそんな、


「あばば……」

「どーすんのよ」

「どーしましょう……」


 怒気をそのまま魔力に変換しているかのような圧迫感に気圧されながらも打つ術がない。

 このままじゃ一撃の元に黒焦げは間違いはなく、迎撃しようにも僕は相変わらず魔力からっぽだしこれ以上「痛いよユーリ」「うっさい! 早くどうするか決めなさいよ!」……ベシベシと肉球と尻尾で叩かれてるのだけど、本当に打つ手がないから、「うーん……?」首をかしげて地上を向いた。



「 元王国騎士団団長サーン、出番ですよー 」


「        !? 」



 地上から何か悲鳴が聞こえた気がする。

 きっと周囲からも期待の眼差しを受けていることだろう、役立たずのアルベルトめ。ここまで来て何にもしてないぞ、あの執事ーー。……いや、執事だからそれはそれでいいのか。お茶淹れてもらっても仕方ないし。


「ーーで、だ」


 冗談はさておき、本当にこっから先はぶっつけ本番。どうなるかはわかんないけど、


「ユーリ、思いっきり僕の頭叩いてくれない?」

「は?」

「……ユーリの胸のサイズってふゲラ!!」


 あの夜の姿を思い浮かべつつ、大事な部分を告げようとした所で思いっきり殴られた。

 いや、蹴られたのかな。よくわからないけど。

 空中で器用に回し蹴りのように体を回転させた結梨は僕の側頭部を殴りつけ、


「 っだー……」


 僕の意識を遥か彼方へと吹き飛ばしてくれる。



 ーーそう、あの人の元へと。



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