◯ 11 竜に仕える者達よ その9
人とドラゴンの大きな違いに魔力の有無がある。
人には通常、魔法陣を展開するだけの魔力源が無く、どれだけ生まれ持ったそれが多かったとしても「火をつける」だとか「身体能力を少しだけ向上させる」程度のものしか持たない。
だから伝承の魔導士は「伝説」となっていた。
というのはエシリヤさんから聞いた話だけど、とにかく彼女は「人の身ながらにして魔法を自在に操ることができた」のだ。
それは異常なことであり、彼女のように大量の魔力源を有しているものは数えるほどしか有史上存在せず、そのどれもが伝説となり、伝承されている空想上の存在だった。
故に、彼女は人々から畏怖され、恐怖の対象となっていたとも。
……当然だ、国一つ滅せる力をその身に宿した者が他の者たちと同等に扱ってもらえるわけがない。
この国の初代国王と出会うまでは単身、各地を転々とする日々を送っていたと伝えられていた。
しかしそれも力の矛先が不明瞭だった為の結果。
その力が「自分たちを守るために行使される」とわかれば民衆の手のひらはクルリと返り、彼らは彼女を「守護者」として称えた。
彼女のその胸の内など知らず。
「黒の魔導士は寂しかったんじゃないかな」
僕は肩の結梨に話しかける。
「だから理解してくれる相手を必要とした」
空では主様とエシリヤさんが空中戦を繰り広げている。
戦い慣れた動きは地下に縛られていた事など感じさせはしない。しかし、数を押し切れずにいた。
エシリヤさんは後ろの目となり指示を飛ばしているが、時々きわどい一撃を喰らいそうになり、そう長くは持たないことを思わせる。
あの場所に行かなくちゃ。
黒の魔導士として。あそこにいる「旧友」の為にも。
「少し、借りるよ?」
言って結梨のおでこに頬をくっつけるとその心音を心で感じた。
遥かに小さく、握りつぶしてしまいそうなそれをスッと指先で汲み取り、「我、漆黒より来たりし闇の使者なり。我、この世に混沌と混乱をもたらせる闇の化身なり。我、闇の中に溶け、世界を蹂躙す闇そのものなりーー影となりて世界に通じ、影となりてそれを使役する。永遠の果てに生まれし契約を持って我らが存在を今、ここに一つにーー、」
詠唱と共に指先で魔方陣を描き出す。
ゆっくりと、体の中を通じて結梨の魔力を感じつつ。
「我ら、契約の元に、今、一(!)つに」
契約の魔法を発動させた。
「……これで一蓮托生ってヤツだね」
見た目は何も変わってない。
ただ、元に戻っただけとも言える。
別に契約なんて結ばなくても結梨の言葉は理解できるし、不都合なんてなかった。
契約で結んでしまえば互いの命は括り付けられ、互いを枷で縛ることになる。
けど、それは必要なことだった。
僕にとって、結梨にとって。……大切なことだった。
「ふんっ」
鼻で笑い、結梨は頭の上に飛び乗った。
「元から腐れ縁じゃないの」
「それもそっか?」
笑う、何も変わってない結梨に僕は笑って「さぁ、やろうか」遥か上空の黒いドラゴンに向かっても笑いかけた。頭の上で結梨も頷くのを感じる。うん、大丈夫。自分の中で確認し、腕を再び伸ばした。
「痛かったら言ってね」
「なにそれ、キモい」
結梨の心音に耳をすませ、「結梨の魔力を」さっきと同じように吸い取る。
「んっ……」
魔力は血液に等しい。
体の中のそれを吸い取られてるわけだから違和感があって当たり前だ。
結梨の肌に触れ、さらにその体の奥にある魔力源に触れーー、直接「飛行!」魔力を吸い取ると魔法を発動させる。
足元に展開された魔法陣か僕の体をくぐり、魔力の翼を現出させる。
「こっちは頼んだ」
「はいっ……!」
エミリアに告げ、今にもその爪の餌食となり掛けていたエシリヤさんとドラゴンの間に割って入り「乱舞する竜の牙!!!」、今度は「結梨の体の中に」魔法式を押し込んで展開させた。
「ッ……!!」
口を開き、その中から僕の展開させた魔法陣を生み出した結梨。
その魔法は僕が使ったものとは比べ物にならないほどの光を生み、空を舞うドラゴンたちに次々と喰らい付いていく。
「あっ……アカリ様……!」
「悪い、またせた」
主様からは何もなかった。
ただ目を細めて見つめただけだ。
「いまはコイツが僕のパートナーです」
「……何もいっとらん」
不機嫌とも取れと言葉に思わず笑いそうになりながら空を蹴った。
上空から睨み付けてくる黒いあのドラゴンへと上昇し、「終わりにしよう」魔法式を展開する。
「いいや、始まりだ」
「ユーリ!」
ドラゴンもブレスを打つように魔法陣を展開させ、それに呼応するかのように結梨も魔法陣を吐き出す。
4つの魔法陣を支えとして中央の魔法陣は大きく膨らみ、それらを内包した一つの魔法陣へとーー。
それは遥か昔、大陸を破壊し、七つの海を生みだしたという巨大な、長距離迎撃魔法。
「古の神の鉄槌!!!」
目の前を光が覆った。
空気が振動し、肌が焼けるように熱くなる。
黒いドラゴンが吐いた炎は魔法陣により一つの光線のようになり、結梨の生み出した「光」と空中でぶつかる。
質量を持たないように見えるそれらは轟音を生み出し、余波で吹き飛ばされそうになった。
「耐えろッ……ユーリっ……!!」
僕も踏ん張りながら防御魔法を発動。
苦しそうに呻く結梨の声に胸が締め付けれそうになるが、歯を噛み締めた。
わかっていた。
結梨と共に戦うとはこういうことだ。
エミリアがクー様を通じて魔法を使うように、僕も、黒の魔導士も使い魔である「結梨」を通じて魔法を使うべきだったんだ。
それが魔導士としての戦い方。それが「結梨が傍にいる理由」。
結梨に傷ついて欲しくはなかった。だからそんな戦い方したくなかった。けど、そうしなきゃ戦えない相手にぶつかったーー、
「なにごちゃごちゃ考えてんのよ……!!」
上から結梨の悲鳴が飛んできた。
「私をッ……舐めないでッ……舐めんじゃ無いわよぉッ……!!」
ぐっと押し込まれそうになった所を耐え、全身の魔力を総動員しての駆け引き。
時間にしてそれほど長いものでは無いが、僕らにとっては永遠にも思えた。
「やりなさいっ……燈ィっ……!!!」
なにも言わなくても結梨はわかってくれる。
契約なんかなくたって言いたいことは伝わる。
「ッ……」
これがどれほどの負担を強いることになるかは僕が一番わかってる。
魔導書の中に記される中でも「古の神の鉄槌」は上級に属する魔法だ。
それを発動中に「更に魔力を吸い上げる」なんて命そのものを焼き殺すハメになり兼ねない、
「燈ィ……!!!」
もう結梨は限界だった。
徐々に光の線は細くなり始め、押され始めている。
『 私を、信じてっ……!! 』
「 複合魔術 ・ 天元の雷槌 !!! 」
頭の中に響いた声に背を押されるようにして結梨の体から魔力を吸い取り、今度は「僕の体で」魔法式を展開、発動させる。
「あああああああッ……えいやぁああああ!!!」
結梨の叫びと共に二つの光が打ち消し合い、そしてその新たに生まれた雷の光線が空を切り裂くのはほぼ同時だった。
空を切り裂き、時空すら歪みかけた世界を天元の一撃は貫く。
以前失敗した複合魔法。上手く発動するかは殆ど賭けに近かったけどそんなこと考える余裕もなかった。
ただ発動し、それは空を切った。
そう、
「惜しかったな」
黒いドラゴンはそれを紙一重の所で躱していた。




