◯ 11 竜に仕える者達よ その8
無理だ、そう確信した。
追撃を加えてくるドラゴンは主様ほどではないが巨体だ。
クー様が傍についているとはいえ、エミリアが止められるような相手じゃないーー。
吹き飛ばされる姿が浮かび、咄嗟に防御用の魔法陣を展開しようとするが光一滴も溢れはしなかった。
「っ……!」
ならその体ごと押し倒してしまって、少しでもダメージを減らせようと動くが、膝に力は入らず、思ったよりも体は重かった。
砕かれるーー。
その未来は確定していて、僕はただそれを後ろから見ていることしか、
「撃て!」
そんな絶望の中で放たれた言葉はエミリアのもので、それに応えるように幾つもの「矢」がドラゴンへと放たれた。
「鮮明たる閃光の盾!」
同時に唱えられた魔法式をクー様がブレスで展開させる。
半円型の形をした盾はドームのように僕らを覆い、突然の矢の雨で勢いを僅かに殺したドラゴンの体を‘’やり過ごすように”擦りあげた。
「くぅっ……」
魔法で作った盾とはいえ衝撃は幾らか届く。
重荷に潰されそうになりながらもエミリアは必死に耐え、なんとか持ちこたえた。
「遅くなってすみませんお姉さま、アカリ様……!」
儀式用の白いローブのまま降りてきたのか息は荒い。
回復魔法を僕に掛けながら口頭で周囲に集まってきた兵達へと指示を飛ばす。
「そんな……いつの間に……」
「先程までは街の皆さんを避難させていたのでお力にはなれませんでしたが、ここからは……」
街の人たちの姿が見えないとは思っていたけどそんなことしていたのか……。
城壁の外に逃げたところで安全ではないのだから、恐らく何処かにまとめて隠したのだろう。焦りの色は露骨に浮かんでいた。
それもそうだ、国の人が無事だったとしても帰ってくる場所がなくなっては意味がない。それ以前にこのまま破壊を続けられれば何処に避難していようが瓦礫の下敷きだ。
キッ、と似合わず目尻を吊り上げて空の王者たちを見上げるエミリアに迷いはなかった。
僕自身も傷は治り、自分の足で立てるようになる。
だが、魔力は戻っていなかった。
「……魔力切れ……ですか」
主様を連れたエシリヤさんが戻り、周囲の兵に守備を固めるように告げるとその背中に飛び乗った。
ドレスの裾は破れ、いや、自分で裂いたのか白い足がむき出しになっている。
それでもその背に跨る姿は雄々しく、サマになっていた。
「エシリヤさん……まさか戦うつもりですか……?」
落ちてくる僕を見て咄嗟に飛び出してきたのかと思ったがどうやらそうではないらしい。
二人の目には強い光が宿り、それは部屋で僕らを見送った時のものとは違っている。
腹をくくった……? いや、そんなヤケクソなものではない。冷静に、挑むべき相手を見据える瞳だ。
主様は何も言わず僕を見つめると笑い、大きく羽ばたいた。
「危ないです! 戻ってください!」
思わず叫ぶがエシリヤさんは微笑んで答えた。
「いやです」と。
遠くからドラゴン達が再び急降下し、雄叫びをあげながらこちらへ近づきつづあった。
それに対し正面から挑みかかるように主様は飛び立つ。
僕は何もできず、ただ、その後ろ姿を見送った。
「なんだよそれ……なんなんだよっ……」
「アカリ様……?」
溢した言葉にエミリアが不安そうに首を傾げるが、構ってやる余裕はなかった。
悔しかった。何もできないことがこんなに悔しいだなんて意外だった。
僕にもう翼はない。
あの場所まで飛んでいくことはできない。
どれだけ叫ぼうが魔法は発動せず、この手に力は残されていない。
その事実が僕をこの場所に縛り付ける。
「アカリ様はもう十分に戦ってくださいました……。だから今はお休みください」
心配したエミリアが気遣ってくれるけど、そのことすら痛々しい。
「っ……、貸してくださいっ……」
僕は近くにいた兵士から槍を奪い取ると力任せにそれを「投擲」する。
それは飛来してきたドラゴンの翼へと吸い込まれるように飛び、「ぁ……」ひょいっと寸前の所で躱される。
そのおかげで進路を変えさせることはできたけど、ダメージには一切成らなかった。
嫌がるような動作を見せたのはその後に降り注いだ矢の雨に対してだ。
傷を負っている様子は見えないが、チクチクと肌に刺さる痛みは鬱陶しいのかもしれない。切り返すようにしてドラゴンは空へと戻っていく。
「ダメか……」
遥か上空では赤いドラゴンが複数のドラゴンを相手に立ち回り、炎を吐き出して牽制している。うまく立ち回ってはいるが、多勢に無勢。決めきれず、消耗させられ続けているだけのようだ。
戻らなくちゃいけない……あそこへ……。
そう思えるのに体は動かない。
槍を投げたのだって最初から諦めてた。どうせ届くわけないって。
周囲では兵士の人たちが慌ただしく防戦を引いている。
敵うわけないと分かってるのに退かず、戦い続けてる。
僕も……同じように戦うべきなのに、なのにーー……。
「何が伝承の黒魔導士だ……、全然じゃないか……」
力なく拳を握り、顔を伏せた。
やることはやったとエミリアは言ってくれた。
その通りだ、もうやれることはない……何もーー、「ばっかじゃないの」……?
何処からともなく声が聞こえた気がして顔を上げた。
周りの音は何処か遠く感じ、ただその声の主だけを探していた。
「そんなんだからバカにされんのよ」
聞こえてるわけじゃない、幻聴みたいなものだ。きっと。
僕が聞きたくて、欲しくて、求めてた声ーー。
「あんたってさ、変なトコロで頑固なクセにどーしてそんな簡単に諦めるわけ?」
「…………」
走り回る兵士さんたちの足の間を抜けるようにして、その影は現れた。
ただ無言で僕を睨みつける二つの黒い目が。
「バーカ」
にゃーご、とその猫は言った。
全身を艶やかな黒い毛に覆われた猫は気だるそうに目を細め、首を傾げた。
それだけで何を言いたいかが伝わってくる。
言葉なんて通じなくても、結梨の言葉なら伝わってくるーー。
「馬鹿で悪かったね、ユーリ」
「にゃーごご」
ユーリって呼ぶな、かな……?
随分と久しぶりに結梨の顔を見た気がする。
姿形は猫のままだけど、結梨って存在がそこにいてくれるだけで僕は少しだけ落ち着けた。
するりとマントをよじ登ってきた結梨は肩に乗り、顎で合図する。
やるんでしょ? と。
何をどうするかなんて分かってないクセに勢いだけは一人前で。
だけど、そんな結梨だからこそ僕も諦めずついていけるのかもしれない。
「少しだけ、力貸してもらって良い……?」
照れくさくて苦笑まじりに尋ねると思いっきり尻尾で顔を叩かれた。
後頭部からぐるっと回って反対側の目を、こうバチンと。
「あててっ……」
周りの世界から僕らだけが切り取られてそこにいるような不思議な感覚で、思えば最初から僕らだけがこの世界の物じゃなかったんだ。
一歩踏み出すとエミリアが驚いた顔で僕らを出迎え、クー様が短く鳴いた。
このまま戦えばまた大怪我をするかもしれない。結梨を危険な目に合わせることになるかもしれない。
でも、これは僕のエゴなんだけど。
結梨が側にいてくれた方が僕はなんだか頑張れるらしい。
……そんなこと、死んでも口には出せないんだけど、結梨には感づかれてそうで怖い。
「行くぞ、ユーリっ」
遥か上空の伝説に向かって。
僕らは戦いを挑む。




