◯ 2 他愛もない道中
◯ 2
道中、街に戻るまでに見た感じだとそれほど文明は進んでいないようだった。
歴史の教科書なんかで見たことがあるような中世ヨーロッパを思わせる街道沿いに自然が広がり、未開拓の地が目立つ。
所々ですれ違う人々は馬や牛を使って移動し、畑を耕したりしていた。
「もうじきつきますが何か見覚えのある景色はありますか?」
「いえ……」
身分を隠す為か、フードを深く被り馬に腰掛けたエシリヤさんが尋ねてくる。しっかりとした体つきの茶色の馬だった。
エミリアはもう一頭の黒い馬に腰掛け、二頭の馬をランバルトが手綱を引いて歩いている。
結梨はエミリアが気に入ったのか膝の上で小さく丸まっていた。
……なんかふつーに猫って感じだな……。
ぴくぴくと時々耳は動くものの、なんだか寝入っているようにも見える。
猫になったことでなんらかの影響が出てる……?
考えたところで仕方がないので何か変わったものはないかと視線を巡らせた。
「……タイムスリップっていうよりもワールドシフト、平行世界とかの可能性のが高いかな……」
空の高さも雲の形も、生えている植物も見覚えはあるけれど何処か違和感を覚える。
太陽もこれといって何処が違うとは言い切れないのだけど見慣れたそれとは違うように思えた。
「なぁ、ここら辺はなんて土地なんだ?」
歩き始めて小一時間が経つが吹き抜ける風は心地よく、日差しも厳しくはない。
穏やかな土地柄で平和そのものに感じられた。
「少し国の外れにはなりますが、クリューデルの一部ですわ?」
「クリューデル……。聞いたことがないな」
「お恥ずかしい話、それほど大きな国でもございませんから。それでも気候に恵まれた良い場所なんですよ?」
「へぇ……」
話を聞いていたランバルトが若干不機嫌そうにこちらを睨んでいるが虫させてもらった。
エシリヤさんは余程その「クリューデル」と言う国が気に入っているのか嬉しそうに言葉を繋ぐ。
「遥か昔に起きた大災害の執着の地であり、今も尚『竜王の国』として竜宮の祠を祀り続けている歴史ある国でもありますの。ーーエミリアはその竜宮の巫女の後継者なんですよっ?」
「うううっ……」
突然話を振られて恥ずかしくなったのかエミリアは馬の上で顔を隠した。
「じゃあなんだ? 二人はその国のお姫様だったりするのか?」
「ええっ?」
……まじか。
なんとなくそんな気がして適当に話を振ってみたけど「お嬢様」じゃなくて「お姫様」だったとは……ちょっぴり驚きだ。驚きついでに護衛一人で出歩いていいのかよお姫様。
「……危なくないのか。さっきみたいに狙われたり……」
あの後、とにかく場所を移動した方がいいという話になりその件については流れてしまっていたけど、お姫様で竜宮の巫女であるエミリアは何者かに狙われていたんだ。
どう考えても危ないだろう。
「私が信用ならないということですか」
「いや……、そういうわけじゃないんだけどさ……」
小娘にバカにされたのが余程腹が立ったのかランバルトは横目に睨んでくる。
が、コツンとエシリアに頭を叩かれてしまった。
「その頼りになる騎士が持ち場を離れている時にコトが起きたのでしょう? 感謝こそすれ、睨むことはないと思いますが?」
「……カタジケナイ」
「いやいやそんなっ……たまたま居合わせただけですから……」
「それを奇跡や運命と呼ぶのですわよ?」
「はぁ……?」
一方的に期待されてしまっているようなのだけどちょっと困ったな。
こちとら普通に男子高校生ーー、……今は結梨の制服を着ているから女子高生になるんだろうけど、この世界にだっているであろうそんじょそこらの奴らと何ら変わり無い。魔法は確かに使えたけど剣と魔法の世界観でそんなの珍しくも何とも無いだろうし……。
「……なんだ」
「いえ……」
腰に携えてある剣を見ていたら睨まれてしまった。
とにかく、こういう騎士の方が頼りになるのは間違い無いんだろうけど……。
「心当たりはあるんですか。何か狙われるような秘密があるとか……、誰かに恨まれているとか」
「どうでしょう……。国のものは慕ってくれていますが、竜宮の巫女が復活するとなれば良く思わない人間もいるのは確かでしょう」
「…………」
話題の中心であるエミリアは寂しそうに俯いてしまっていた。
「先代の巫女……、私たちの曾お祖母様がお亡くなりになられてからというもの、ずうっとその席は空いておりましたの。……今回エミリアがその命を受けたのが先日のことーー……、まだ近しいものしか知らないハズですが」
「だったら犯人は絞られているわけか……」
「そもそもあそこは神聖な場所。普通の人が立ち入ることは許されておりませんし、特殊な魔術によって入れないようにされているはずですよ?」
「…………?」
「本来であれば貴様は即刻極刑ものだったということだ」
「マジで」
「まぁ、水浴びをしているエミリアの元に『落ちてくる』間抜けが刺客がいるとも思えませんけどねっ?」
「あはは……」
もしかして遣いの者を寄越すって処刑人とかそういう系の……?
知らずうちにピンチを切り抜けていたのかも知れないと思うと冷たい汗が背筋を伝った。
「エミリアはこれから儀式に向けて幾つかの試練に立ち向かわなくてはならなかったのですが……、これでは中止にしたほうが良いかもしれませんね」
そう語るエシリヤさんの表情は暗く、落ち込んでいた。そんな様子を見てランバルトは何も言わず、小さくため息をついてから視線を前へと戻した。
「……平気ですお姉様。私は責務を果たします」
震える声でエミリアは宣言する。
「此の国の為にも……」
「エミリア……」
二人はきっと良い姉妹なのだろう。互いに想い合っているのがひしひしと伝わってくる。
ゆったりと流れていく景色、美しい姉妹愛ーー……。現実味がなさすぎて違う世界に来たんだなーと実感する。少なくとも僕の暮らしていた環境では妹は兄を虐げることはあっても、こんな風に優しく声を掛け合うことなんてなかった。
なんて、ちょっと能天気すぎる気もするけど……。
ーーさて、どうしたもんかなぁ……。