◯ 11 竜に仕える者達よ その6
考えてみれば神という存在はいて当たり前なのかも知れない。
なんていう話をし始めれば卵が先か鶏が先かみたいな事になるんだろうけど、ドラゴンが「神の使い」と言われているのであればその存在が「いてもおかしくない」。
だけど、それは人間たちが勝手につけた話であり、本当にドラゴンが神の使いだとは思っていなかった。
神聖であるが故に生まれた俗説、設定、信仰。
だから「神がお前たちを許さない」と言われたところである種の「嫌な予感」はしたものの、本当に神様が降臨するとは思っていなかった。
それに準ずる何か、手に負えないほどの力を指してそう呼んでいるのだろうと思っていた。
けど、それは間違いだったと地上に出て思い知らされる。
青く広がった空にぽっかりと開けられた「大きな穴」。
向こう側からは数多の星空が覗き、空間が波打つようにブレている。
ビリビリと肌を焦がすようなプレッシャー、圧迫感に思わず言葉を失った。
僕らの世界にも神はいた。
少なくとも「いると信じている人たちはいた」。
だけどそれを認識することはできなかったし、ましてやその怒りに触れることなどありはしなかった。
しかしこの世界には「魔法がある」。ドラゴンがいる。神も……存在するのか……?
見上げれば夜空を生み出しているのは天空に描かれた魔法陣で、周囲を支えているのは巨大なドラゴンたちだ。
あの黒い奴は見えないけど、それでも体の大きな奴らばかりだった。
「クッソ……、どうすんだよこんなのッ……」
まだ発動の途中なのであれば陣を崩せば魔法は止まる。
数体掛かりで支えなきゃならないような大規模魔法なら一体落とせば残りは負荷に耐え切れず落ちるだろうーー。
けど、それをさせてくれないのは道理だった。
宙に舞い上がり、一直線に一番近くに見えたドラゴンへと突進すると目の前を掠めるようにして飛んで行った「炎の塊」に足が止まった。
振り返れば地上の至る所にその影がある。
何処かに身を隠していたのか、それとも僕が地下に潜っている間に配置についたのか。
王国を囲むようにしてドラゴンたちは陣形を固め、僕を睨み上げていた。
数なんて数える余裕はない、こうして飛んでいるだけでもギリギリだった。
ランバルトとの戦いで受けたダメージは確実に溜まっていて、こいつら全員を相手になんて絶対無理だ。
地上の魔法陣は消えているけど街の方から人々の気配が戻る様子はない。
……から、無理でもなんでも突き通すしかないーーよな……?
「来いよ、相手にはしないけどさッ……」
それを合図にしたわけではないんだろうけど、飛び上がっていた僕を標的に周囲のあちこちから火の塊が一斉に打ち上げられた。
一直線に向かってくるそれは轟音で空気を切り裂き、次の瞬間には僕の体を吹き飛ばさんとする。
躱し、上昇する。
ただし多方向から飛んでくるそれは標的を失った所で他の物とぶつかり合い、不規則な動きとなって空中に灼熱を生む。
まるで噴火する火山だと思った。
ギリギリのところで躱し続け、頬がジリジリと焼き焦げる。
前に進んでいるはずが上空から降り注いだ炎の破片を避けるために後ろに下がり、全く標的のドラゴンへと近づけない。
「終焉無き聖域の加護!」
埒があかないと全方位型の結界を張り、強行突破しようとするが張った直後から爆音とともに魔力の籠が悲鳴をあげる。
ビリビリと魔法陣を展開している手のひらが痺れ、崩れそうになる魔力回路を支えるために体内の魔力を振り絞る。
「ぐっ……ンァァアアアッ……!!」
上へ、上へと押し上げられるようにして、否、突き上げられるように、無様に蹴り上げられるように宙を漂いながら向かい、衝撃が全身を襲うたびに腕から体の芯にかけて焼き切れそうな痛みが走る。
ーーどうにか、どうにかあいつだけでも落とさなきゃっ……。
この魔法陣が何を意味するのかは分からない。
頭の中にある魔導書を捲って見てもさっぱりだ。
だけど、このまま発動させればとんでもないことになるのは明白だった。
ランバルトの言った「神」が何者であるにしろ、これ以上、この国を好きにさせるわけにはッ……、「ぐっ……?!!」衝撃に振り返れば獰猛な瞳がこちらを捉えていた。反応する間もなくその尻尾が叩きつけられ、大きく魔法壁が軋んだ。
そのままなんとか登ってきた分を後退させられると足元から吹き上げてきたのは灼熱の息吹だった。
「んっ……ンォおおおおっ……」
限界だった。
何処にどれだけの数がこちらに近づいてきていて、何をしようとしているのかも把握できない。
ただ休むことなく叩きつけられる攻撃を凌ぎ続けることしか出来ず、
「クッソ……」
しばらくして魔法壁は砕かれた。
再度展開するにも指がまともに動かなかった。指先から頭の先まで、神経が焼き切れたかのように役に立たない。
「どうしろってんだよ……こんなの……」
宙に舞い上がり、僕を囲むように睨みつけていたドラゴンたちを見渡し、僕は灼熱の世界を見た。
落ちていく景色の中、焼きついた空の中に誰かの姿を求めていたような気がした。
夏の暑さから逃げるように執筆週間となりました。
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