◯ 11 竜に仕える者達よ その5
基本的に魔法陣とは発動すればそこに注がれる魔力がなくならない限り効果は持続する。
主様がこの神殿を動けなかったのはそれが理由だった。
国を守るための巨大な魔法障壁。
それを発動させたのはかつての黒の魔導士で魔力源は主様だ。
だから主様がここを動けば魔法は消え去り、外敵に街を晒すことになってしまう。それを避けるためにずっと長い間、彼は一人でこの地に縛られていたんだから。
「これを上まで持っていけばいい……のかな……」
それかこの部屋の外?
床に張り巡らされている魔法陣はかなりの大きさのものだ。
この国に流れる龍脈に干渉するように組み立てられているからこそなのだろうが、一体「どのくらい」術者を外に連れ出せば魔力の供給が止まるんだ……?
そもそもこの氷の塊になったアルベルトを運び出す事なん、て……、「……」気のせいだと思いたいけれど今微かに嫌な音が聞こえた気がする。
ピシピシと、まるで氷に亀裂が入るよう、なーー、
「なっ……!?」
亀裂が入った時にはもう遅かった、そこからは一気に氷は引き裂かれ辺りを冷気が包み込む。
「嘘だろっ……」
白い煙の向こう側から足音が聞こえて来る。かと思えば、一瞬の熱気にそれが薙ぎ払われた。
姿を見せたのは赤い鱗の筋を全身に浮かべたアルベルトだ。
「種族の差は埋められん」
ゴウっと剣を振るうたびに炎が宙を切り裂いた。
冷えた空気が一転し蒸発していく様に思わず後ずさる。
「よく頑張った、……が、ここまでだな」
一歩ずつ、確実に近づいてきたアルベルトは僕の首筋に剣先を持ち上げ告げる。
「終わりだ、魔導士」
懐に入られた。
いや、それ以前に魔法では敵わなかった。
黒の魔導士として夢にまで見た魔法の力を手に入れたのにも関わらず、どうにもならなかったーー。
燃える空気が、汗をしたらせる。
静かに光る目が僕に降参を促す。
「……ダメだなぁ……」
ふとついて出た言葉は自分でも情けなくなるほどに弱々しく、「やっぱダメだ……」苦笑してしまう。
「こんなんじゃ、何も変われてないーー」
ぐっと歯を噛み締めて、一歩後ろに下げてしまった足をその場に踏みとどまらせて、
「僕はお前を止めるって誓ったんだ」
その燃える剣先を素手で掴み取った。
「バカか貴様ッ……」
「バカみたいなんですわ、これがーー、」
全身を電流が流れた。
相打ち覚悟の一撃ーー。
僕の体を通し、そして剣を通して電流が流れてくるのを察したのか構わず剣を離したランバルトは次の瞬間には目を見開く。
「一度抱きしめられた感触ってのはなかなか消えないよねっ……」
僕はそのまま剣を放り捨て、懐へと飛び込んでいた。
本当に自分に「乱舞する雷竜」を打ち込んでいたらここまで早く行動できなかった。
以前と同じように膝をつき、全身を駆け巡る電流のせいで立つことすらままならなかっただろう。
しかし、今のは違う。
今のは「ただの皮だけだ」。
「いっくぞォっ……!」
目眩しに打った経験が役に立った。
今度のは言うなれば猫騙しだ。
相手が怯んでくれさえすればよかった。
右足を踏みしめ、左足を踏み出すと同時にその顎を撃ち抜く。
ーー確かな感触、ダメージの通った衝撃だった。が、「ぎっ……」次の瞬間には膝蹴りが自分の腹部を貫いた。
「あ゛あ゛あ゛っ ! ! !」
構わない、こんな痛み、構ってられない。
拳を撃ち抜き、その度に“鱗”によって皮膚を削られる。
対して相手は体格差もある上に「ドラゴンの一撃」だ。
一発一発が骨を砕かんばかりの威力でもって僕を潰しにかかる。
「けどッ……じぃちゃんのと……かわんねぇッ……!!」
痛みには慣れてる。
耐えることには慣らされてるーー。
殴り飛ばすごとに、痛みを覚えるごとに自分の中に込み上げてくるものがあった。
大きくなりつつある暖炉に薪を焚べるように。
燃え上がる炎は血しぶきとともに大きくなってゆくーー、
「ウァラあああああ!!!」
女の喉から発しているとは思えないほどの叫び声を上げ、ただ前の男だけを貫く。
躱せるものは躱し、無理だと判断すれば多少のダメージを負ってでも前へ。
魔法じゃ敵わなかった、剣術でも敵わない。なら、単純な体力勝負ならーー、「ぐぇっ……」敵わないかもしれない。知れないけど、
「まだだァッ……」
それでも食らい付く。
体格で負けていようが、種族で負けていようが、心まで負けたらそこでおしまいだ。
もうこれ以上は退かない。
守ると決めたから、戦うと、決めたから、「ウァァああアアッ!!!」息もまともに吸えず、真っ白になっていく視界の中で叫んだ。
無様でも、決してカッコ良くなくても、ただ目の前のこいつを倒すために、
「乱舞する雷竜!!!!」
「ッァ……?!?!!?」
卑怯な手だって使ってやる……。
二度あることは三度あるとアルベルトさんは教えていなかったらしい。
今度こそ正真正銘『全力の』雷撃が僕らを貫いた。
自爆覚悟。
それこそ自殺行為に他ならない一撃だった。
完全に近距離で発動したそれは僕ら二人を貫き、結果的にランバルトの不意をついた。
「ぐ……がっ……」
ダメージは……通った……。
「ハぁハぁハァ……ぁっ……あ……あはははっ……」
ダメだ、頭が回らん……。
クラクラと視界が炸裂する。
いくら黒の魔導士の体だとしても度重なる無茶には耐えられなかったらしい。
言語中枢が麻痺し、足取りも不安定だけど体は何をすべきか分ってる。
崩れ落ち、それでも膝をついてこちらを睨むランバルトに僕は近づき、「あ゛ーっ」拾った剣をその足に突き立てた。
「……!!!??!」
予備動作もなく、ただそこに返すのが当然だったかのような動きにランバルトは目を見開き、悲鳴を上げ『かける』。
声を出せなかったのは僕がその顔を蹴り飛ばしたからだ。
「あっははっ……」
ぷすぷすと明らかに切れちゃいけない回路が焼け切れた感触がある。
ふわふわと自分がそこにいるのか曖昧なままに、自分が何をしているのか分からぬままにただ目の前の男を踏みつける。
炎が、大きく燃えたぎる。
胸のうちから込み上げてくるそれは僕をただ突き動かし続けた。
ただ乱暴に、何の思考も至らず。ただ、成るがままに。
蹴り飛ばし、突き刺し、踏みつけた。
かつて、同じように誰かを踏み付けたことがあった。
あのときも今と同じように僕は……、
「……?」
僕は、誰かに抱きしめられて……?
「……ゆう……り……?」
いるはずもないのに、何故かその存在が感じられた。
後ろから抱きしめられたような温もりに、僕の体は止まった。
「……? ……??」
振り返ってもそこには誰もいない。
ただ燃え移った炎がチラチラと燻っているだけだ。
「ぐ……」
足元ではランバルトが呻き、僕はそれを踏みつけていた。
部屋の中に、魔法陣の光はない。
「止まった……のか……?」
いや、止めた……?
足元で蹲るランバルトは苦痛に顔を歪め、血を流して倒れている。
その体に走る鱗の模様は微かに煌めき、魔力の流れを感じた。
「……もう……十分だからな……」
顔を歪めつつも、ある種の余裕を持って僕を見上げると笑って見せた。
一仕事終えたことを告げるように。
「お前はもう、手遅れだ」
「……ッ……?」
それに応え大地が震えた。
以前この場所で感じた地震よりも更に大きな物だ。
まるで大地そのものが吠えたかのように震えると遠くからドラゴンたちの雄叫びが聞こえてきた。
「そんなーー、一体何を……」
「竜宮の儀式ってのは元々人が神に贄を捧げる物だったんだ。神の遣いであるドラゴン達を通してな……」
「まさか……、」
「神はお前達を許さない」




