◯ 11 竜に仕える者達よ その3
ドラゴンの羽ばたきは力強く、思えばその背中に乗るのは初めてだった。
太い首筋は力強く、触れた指の先からその命の強さが伝わって来る。
何度目かのホバーリングで城は驚くほどに小さくなり、空を蹴り出すようにして祠のある山脈へと飛ぶ。
風を切る音は自分で飛ぶそれとは一線を画していた。
この生き物の引き起こすそれと僕のとでは虫と飛行機ほどに違う。
改めて「ドラゴン」と言う生き物の大きさに驚かされ、それと同時に「こんな奴らを相手に戦っている」という実感が恐れを生む。
本来人が渡り合えるような相手じゃないんだーー。
それこそ神話の世界、神々の使者である生き物。僕らが歯向かって良いものじゃない。
ーーけど、そうすると決めた。
目が覚めた時、空っぽになったベットの温度を思い出していた。
静まり返った部屋の中で僕は一人だった。
……失いたくない。奪わせたくなんてない——。
結梨だけじゃない。エシリヤさんを、エミリアを、ランバルトさんを。この国の人々を、この国の人々から決してこれ以上奪わせなんてしない。失わせたりなんてーーさせないっ……。
「落ち着いておるな」
山脈の麓に入ったあたりで主様が初めて口をひらいた。
「頭の中、読んでるんだったら分かるでしょ」
「いまはそんな力持っとらん」
「……?」
「アレは私があそこに縛られる事を案じたあのお方が敷いてくれた魔法じゃ。……今はもうない」
「……それを捨ててまでエミリアの元に?」
「守ることが使命だからの」
落ち着いた声色の中に少しだけ憂いが顔をのぞかせた気がした。
ただの魔法とはいえ、かつて「伝承の魔導士」と共にあった思い出だったんじゃないだろうか。
それを捨ててまであの二人を助けようとしてるなんてーー、
「……変わらず、同じほどに大切だというだけじゃよ」
「心の中読めてんじゃん」
「主ほど若造であらば考えることは分かるわい。余計な気遣いは無用じゃよ」
「そーですか」
かと言って、幾つになっても寂しさを感じる心は変わりないだろう。
僕にしてやれることはないけれど、せめて形だけでもとエシリヤさんがしたように赤いドラゴンの首を優しく撫でてやる。
偽物呼ばわりされても見た目は黒の魔導士そのものなんだから、多少の慰めになればいいんだけど。
「……無用じゃといっておろうに」
「うん」
これから迎える戦いの事は少しだけ隅に置いて、この国を守り続けてきたドラゴンに少しだけ思いを重ねた。
戦いが終わったら色々話を聞いてみるのもいいかもしれない。
それこそ、この「黒の魔導士」についてとか。
間近に迫った山脈は先日見たものと変わりないように思えた。
しかし祠のある山頂に着いてみればそれは勘違いだったことを思い知らされる。
「嘘だろ……」
ここだけ無事だとは思ってなかった。
けれど、ここが破壊されるとは思ってもみなかったーー。
目の前の祠への入り口は無残にも崩れ落ち、ただ山脈の中へと通じる大きな穴が空いているだけに過ぎない。
呆然とする僕をよそに主様はその体を地上へと下し、「ああ、それはワシのせいじゃよ」恥ずかしそうに言った。
「……え」
首から降りるように指示され地面に足をついて見上げると、気まずそうにドラゴンは目を背ける。
僅かばかりの冷や汗が見えるのは気のせいだろうか。
「造った時は出るときのことを考えておらんかったからな……仕方あるまい……」
「……そーですか」
追求するのは可哀想だからやめておこう。緊急事態だったわけだし、そもそもあのとき助けに来てくれなかったら全滅してた可能性すらある。
「ワシは戻るが……良いな?」
「うん。運んでくれてありがと」
「懐かしくて悪い心地はせんかったよ」
赤きドラゴンは微笑むと雄々しく再び羽ばたいた。
宙を舞い、青空の中を飛んで行く。
それは確かに神話の生物で、けれど、確かにそこに実在することを実感させるほどに力強かった。
向かう先は同胞が襲い来る国。
その戦いを一方的なものにさせないためにも、僕はこの下で待っている人を倒さなきゃいけない。
「っ……」
ぐっとお腹の奥の方に力が自然と籠った。
暗闇の中から微かに流れ出してくる魔力に混じってその息遣いが感じられそうだ。
「後悔は……したくない——、」
一歩、確かに踏み出すと崩れ落ちそうになる石畳をゆっくり踏みしめて暗闇の中へと降りていく。




