◯ 10 魔法のように その7
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「だーーーっ……だはは……」
ぼすーん、とベットに倒れ込むと自然と笑い声は溢れる。
「フハハ……フハーッふははー、ぁー……あぁ……疲れた……」
服も髪もボロボロだ、幸いにも怪我はしてないから良いけどもう満身創痍、一度ベットに倒れこんだから動けない。「ぬぅーん……」ふかふかのベットに包まれていると瞼が重くなってきた。もう寝ちゃおう……続きは明日……。どれだけ気が張っていても体の限界には抗えず、一度緩んだ気持ちはでろんでろんに弛みきって僕はそのまま眠りにつこうとする。
「ん……?」
が、それを邪魔するノックの音が部屋に響いた。
「ぁー……」
ドアノブを回して入ってくる足音に顔を枕に埋めた。
多分エシリヤさんだ。泥だらけになったのだからまたお風呂に入りましょう!とか言ってくるに決まってる。
「あー……あの……明日でいいですか……今日はもう限界で……」
首を上げるのも億劫で失礼ながらもそのままの体勢で告げる。さすがにこの状態を見れば分かってくれるだろうーー。
「バカ」
しかし予想に反して降ってきた声は聞き慣れたものだった。
「ぇ?」
ベットに腰掛けたのか軋む音とともに一瞬体が沈む。
枕に頬ずりするように首の角度を変えると長い黒髪の女の子が座っていた。
「ゆうり……」
「……なによ」
「その服……どうしたの……」
「ほっ、他になかったんだから仕方ないでしょ!!」
メイド服だった。
いや、メイド服だった。
じゃなくてメイド服だ。
「……待って意味わかんないんだけど……」
「月の光浴びたら元に戻るんだから仕方ないじゃない!! 裸でいろっての!?」
「そんなこと言ってないけどさ……」
「ふんっ……!!」
よほど癪に障ったのか耳まで真っ赤だった。
背けた顔を戻してくれる様子はない。
「……似合ってるよ? ブファッ」
「黙れ!」
機嫌を取ろうとしたのに余計に怒られてしまったらしい。
重いっきりベットに顔を押さえつけられて息がつまる。暴れようにも全身が重くてなんだかどうでもよくなった。
「あー……ていうかアレか……もしかして毎晩元に戻ってる……?」
「……月の光の中だけね」
「……そっか」
確かに部屋の中には月明かりが満ち足りてる。
扉を開けるまでは猫で、光の中に入ってから人間ってことは……随分メイド服を引きずってきたんだなーとか思うけど、それ以上に「……ごめん」「うっさい」契約を打ち切って意思疎通ができなくなってたと思ったけどそうじゃなかった。一方的に突き放したってそんなの僕の思い込みで、結梨は文句を言おうと思えばいつでも言えたんだ。
「無茶しちゃダメだって言ったのに」
「うーん……まぁこの体の持ち主には申し訳ないとは思うけどね……」
「そうじゃないっての」
ぼふ、と布団の端を顔に捲りあげられた。むぁー。抵抗する気はもはや湧いてこない。
ただ布団を押しのけると幼馴染の顔を伺った。
「怒ってる……?」
「当然」「ごめんなさい」「許すわけないでしょ」
短い会話を重ねつつ、言葉を探す。
結梨は相変わらずこっちを向いてくれないけど、それは僕にとってもありがたかった。僕も、結梨の顔をまっすぐ見れない。見る勇気が湧かない。
「勝てるかわかんないんだ」
「……」
「死ぬかもしれないんだ」
「……」
「……遊びじゃないんだ「知ってる、わかってるわよそんなこと」
黒い髪に縁取られた顔の中でまっすぐな瞳が僕を見つめた。
突然振り向いた結梨に反応できず、思わず見つめ返す形になる。
「悪い冗談で済めばよかった。でもそうじゃない。色んな人たちが暮らしてる。冗談みたいな世界に来ちゃったけど、ここの人たちはここで生きてる。……見捨てられるわけない」
まっすぐ、揺らぐことなく結梨は告げゆっくりと僕の方へ近づいてくる。
「でもそれはあんたも同じ。……あんたが苦しんでるの見捨てられるわけないでしょ」
「ーーーー」
何か言い返す前に結梨の姿が視界から消えた。
後ろから抱きしめられたのだと甘い香りと感触でわかった。
「やめてなんて言えない……逃げてなんて言えない……でも……あんたがいなくなるのはイヤ……」
耳元で聞いたことがないほど弱々しい声で囁かれ、その言葉は震えていて、僕は何も言えなくなる。
「一人にしないでよ、燈ぃ……」
ぎゅっと掴まれた肩が熱を帯びる。
額を押し付けれた背中が妙に熱い。
「……ごめん」
「……ばか」「ほんとごめん……」「…………」
いまはまだ、うまく言えない。
みんなを助けたいって気持ちと、結梨を一人にしたくないって気持ちの整理がつかない。
この震える指先を止めてやる術を僕は知らないーー。
だけど、僕が助けたい人の中に結梨も含まれてる。
この国の人たちを守る以上に結梨も守り抜きたい。
結梨がランバルトに切り捨てられる映像は脳裏にこべりついている。瞼を閉じればあの光景が思い出されるーー。
もう、あんな思いはしたくない。
「守るから……今度はちゃんと……守るから……」
「バカ……そうじゃないわよ……」
ぐいっと額を擦り付けられ、もしかするとそれは涙を拭いたのかもしれなかった。
温もりだけを感じる中、その背中の重みを確かに愛おしいと思った。守りたいと、助けたいと。
この国を守りたいと思う気持ちとはまた違った暖かさを持ったそれを感じつつ、元々限界だった体は眠りへと落ち、意識で取られていた結梨の輪郭はボヤけていった。
翌朝、ベットの上に結梨の姿は見当たらず、脱ぎ捨てられたメイド服だけが床に落ちていた。




