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◯ 10 魔法のように その5

「やはり仲がよろしいんですね」


 僕はただでさえ直視できないでいるのにエシリヤさんは面と向かってそんなことをいう。目を細め、頬を擦り付けてくるから思わず身をよじり、視線は更に泳ぐことになる。

 ちょっとスキンシップが過ぎやしないか……?

 けれどそんな仕草がリラックスを呼ぶのか、それともリラックスしているからこそ身を寄せてくるのか、くるりと身体を反転させたエシリヤさんは僕の腕を抱き、甘えるような上目遣いでクスリと笑う。


「そんなお二人ならきっと平気ですわ?」

「何を根拠に……」


 芯の強い言葉、揺らぐことのない瞳に吸い込まれそうになる。何よりも柔らかい感触に包まれて、気が気じゃなかった。

 定まらない視線をどう思ったのか僕の顎先に人差し指をそっと当て、「私が承認になりますわ?」そっと顔を近づけてくる。

 まるでそれは口付けでもしそうな近さでーー、


「おっ、お姉さま!!? エシリヤお姉さま!? 一体何を!!?」


 今さっき風呂場にやってきたらしいエミリアの悲鳴を引き起こした。


「あら、エミリア。起きて平気なの?」

「傷はとうに治っております!! というかアカリ様からお離れください!」

「あらあら?」


 タオルを胸元に抑えたままザバザバと湯船にわけ入ってきたエミリアは髪すら結っておらず、長いそれは湯気とお湯でしっとり湿ることになった。


「あの……アカリ様……? そ、その……そのようにちらちら見られると逆になんというか……」

「ごっ、ごめんっ……!!」


 無意識のうちにその体を伺っていたらしく慌てて湯船に顔をつけた。 


 ーーなにしてんだよ僕はっ……。


「大丈夫ですよ、アカリさま? 治癒魔法にかけては私も心得がありますから、殿方に見られて恥じるような傷跡は残りませんわ?」

「そ……そうですか……」


 ボコボコとお湯の中で答え、見てはいけないと思いながらもやはり傷のあった部分を目で追ってしまう。

 そんな視線を感じてかエミリアは恥ずかしそうに身をよじった。


「と……殿方に何て……私はまだそんな……」

「あらあら、そんなことを言っていては先が思いやられますわね?」

「おっお姉様だって!!」


 きゃーきゃーと湯船の中で姉妹ゲンカを始める二人だったが僕は黙って目を逸らすことにした。

 女の子の体になっているとはいえゴメンナサイ……。思えばとんでもない状況だよなぁ、これ……。と今更ながら現実に呆れる。

 黒魔道士とか呼ばれる女の子になっていることや姫様二人と一緒にお風呂に入ってることもそうだけど、人間が到底敵いそうもないドラゴンとまた戦おうというのだ。学校の試験に頭を悩ませるのとはわけが違う。

 僕がもしここで逃げ出せば国一つ滅びるかもしれなんだ。

 そしてその中にはこの二人も含まれている。


 ……ほんとうにどうにかできるのかな……?


 どうにかしたいとは思う。あの黒いドラゴンどころかランバルトにすら不意の捨て身でしか敵わなかった。

 そんな僕が守れるのか……? 救えるんだろうか。

 頭の中にあるのは108の魔導書に記された魔法の数々。

 それらは憧れ、躍起になって解読して身につけたものだ。

 僕の世界では何の役にも立たなかった知識だけど、この世界では、……力になるのか……?

 あの戦いの中で一瞬「黒の魔導士」の姿を見た気がした。

 意識を失っている間に「彼女」に僕は出会った気がした。

 彼女はあの魔道書を使って戦っていたはずだ。この体で、それこそ伝承として謡い継がれるまでに。


「平気ですからね……?」

「へ……?」


 いつのまにか痴話喧嘩は収集がついたらしく、エミリアが僕の向かい側でお湯に髪が漬かってしまったのを気にしながらも言った。


「アカリさまが無理をなさることはないと思うんです……。これは我が国の問題。アカリさまが傷つく必要はないですからっ」


 そんな妹をエシリヤさんは黙って見ていた。

 視線を向けると静かに頷き、「これでも私たちは強いんですよ?」と笑ってみせる。

 湯気の中、二人の笑顔が儚く見えるのはあの悲惨な戦場を知っているからだ。

 崩れた城壁、血まみれの姫君達。

 呪詛を吐きこぼしながらドラゴンは二人を殺そうとしていた。


「あのドラゴンたちの妨害が入ろうとも竜宮の巫女の儀式は執り行います。それがこの国が竜の国である為の条件ですし、何よりあの者たちへの抵抗となるはずです」

「でもまた攻めてきたら……」

「そのときはヴァルドもおりますから何とかなるでしょう?」


 祠から出てきた主様とあの黒いドラゴンはそれなりに渡り合えるのかもしれない。

 でも他は……? 空を覆い尽くすほどのドラゴンはまた街を焼き、二人をーー、


「っ……」


 グッと胸の奥底で力が入るのを感じた。

 理屈じゃないんだ、きっと。

 そんな事になるのを分かってて放って置けるわけないーー。


「あっ、アカリさまっ……!?」


 突然立ち上がった僕にエミリアが驚き、エシリヤさんも目を丸くする。


「もう一度アルベルトさんに手合わせをお願いしてきます」

「で、でもあのっ……!」


 ジャバジャバをお湯をかき分けて歩く僕を止めるようにエミリアは声をかけてくるけど、どうやらそれはエシリヤさんに止められたらしい。

 大浴場を後にする時、エミリアの「怪我をしたら私のところにすぐ来てくださいよね!」と言う声が響いた。

 何ができるかじゃない、何をやれるようになるかだ。

 着替えてアルベルトさんの姿を探している間、何となく僕は結梨のじいちゃんに稽古を付けてもらっていた頃のころを思い出していた。


 こんな気持ちになるの、久しぶりだな。


 燃えたぎるように熱くなった心とは裏腹に、頭の中は冷静でやらなきゃいけないことが浮かんでくる。

 きっとなんとかなる、いや、なんとかするーー。

 視界の端で、窓の外を歩く黒猫の姿が見えた気がした。

とりあえず書き溜めてある部分まで。


一個前の投稿でも書かせていただいたんですが、結構な長さになってきていて、ここまで読んでくださっている方がいらっしゃるのか不安なので感想なりコメントなり頂ければ続きの執筆を行いたいと思います。(他の作品もあるので)


よろしくお願いします。

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