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◯ 10 魔法のように その4

 風呂は良いーー、心の洗濯になると言ったのは誰だったか。もしくは何かの本かアニメか漫画か……。何はともあれ、どこの世界においても「お湯に浸かる」という行為は単純でいて分かりやすく体を癒してくれる。いや、話の流れ的には心も……か。


「ふぅー……」


 熱いお湯に皮膚が馴染み、肩までつかって一息ついた頃、そっとすぐそばに腰を下ろしたエシリヤさんが肩を寄せてきた。

「落ち着きましたか?」


「え……ええ……まぁ……」


 その肩先が触れるか触れないかの距離感にまたドキドキしてしまうわけだけど、視線をそっとそらしてやっぱりライオンに向けた。なんだか面白い顔してるよな……あのライオン。


「……ていうか祠にあったのと同じじゃん」

「ああ、そうですね。流石にそっくりに作るのはおこがましいということで、似せて作ったそうなのですが……分かりますか?」

「まぁ……、猫って言うよりライオンですけど……」


 ライオンも猫科だから間違いじゃないんだろう。そもそもライオンってこの世界にいるのかな。狼っぽいのはいたけど……。

「ユーリさまと何かあったのですね?」

「へっ?」

「ごめんなさい? でも、なんだかアカリ様の目がそんなことを言っている気がしましたの」


 長い髪を結い上げ、ニコニコと笑うエシリヤさん。どうやら全てお見通しらしい。

 話してみませんか? と差しのべられた手前、それがどうしようも恥ずかしくて僕はぶくぶくとお湯に顔を埋めた。

 湯気が、目線のすぐ先で上がっている。どこか和風な作りを思わせる大浴場は僕らの他に誰もおらず、城の中の人出も少ないように感じた。


「……」


 まるで、僕ら二人だけの世界に来たみたいだ。


「……あいつを危険なことに巻き込みたくないんです」


 その言葉はぼんやりと、自然に零れ落ちた。

 立ち込めていく湯気に混ざるようにしてふわふわと宙に広がっていく。


「できれば安全な場所にいてほしい。怪我をしないでほしい……って僕が思うのって我が儘なんですかね」


 変なことに巻き込んで、こんなところにまで連れてきてしまった。

 僕には解く事のできない魔法で猫にされてしまってるし、そもそも古典部になんて誘わなければ巻き込まずに済んだわけで……。

 それでいて今度は唯一言葉が通じていた僕との繋がりを断ち切るなんて身勝手が過ぎる。

 自分で考えてみてもゲンナリするほどだった。結梨からしてみれば異世界で放り出されたようなものだ。機嫌を損ねるのも当然だろう。

 ぶくぶくとやっぱり肩まで沈んでしまった僕を見てエシリヤさんはそっと肩をくっつけてきた。

 柔らかく、しっとりとした肌越しにエシリヤさんの声が聞こえる。


「アカリ様はユーリ様のことを大切に思っていらっしゃるのですね」


 普段なら曖昧に否定してしまいそうになるような言葉にも不思議と頷いてしまう。

 これが裸の付き合いか、……とは思わないけれど多分その優しい雰囲気にほぐされたんだろう。


「あいつとは長い付き合いですから」と自然と言葉が出た。言ってから恥ずかしくなり、曖昧に笑ってごまかしてしまった。


 静かに憂いを帯びた柔らかい瞳で僕を見つめ、エシリヤさんは次を促してくる。


「ええっと……」


 しばらく目を泳がせたものの、その微笑みからは逃げられないような気がしておとなしく肩まで浸かると高い天井を見上げた。

 湯気は立ち上り、水滴となって落ちてくる。

 それらの様子を眺めているといくらでも時間は過ぎていきそうだ。


「昔から意地っ張りなんですよ、ユーリは。強がって、自分からは絶対に折れないし限度を知らないし……見てるこっちがヒヤヒヤさせられます」


 子供の頃から間違っていることを見過ごせない正義感の強い性格だった。

 家が道場をやっていたから喧嘩になっても負けることはなかったけど、それでも年上の男子相手に仁王立ちで立ち向かう姿にはいつも不安だった。今はいいかもしれない、けど、いつか酷い目にあうんじゃないかって気にしてた。

 だからあのときも……、


「自分の事を犠牲にしてでも誰かの事を守ろうとするから……大人しくしてくれてたらいいのに」


 笑う。

 やっぱり真面目な話は照れくさかった。

結構な量を掲載して、ここまで読んでいらっしゃる方がいるのかわからないので、もしいらっしゃればコメントなりツイッターなりで一言ください。続きを書きます。

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