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◯ 10 魔法のように その2

 中庭は崩壊し、あちこちが焼け焦げていた。

 庭師たちがどうにかしようとした跡があるが、「ここは後回しにしていい」と言われたらしい。様々なものが中途半端に散乱している。

 先日、手合わせした時とは全くと言っていいほど様子が違って見えた。


「暇ではないんですがね」


 向き合ったアルベルトさんは蝶ネクタイを外しながら告げる。確かにその顔には疲労が浮かび、あまりゆっくりと眠れていないようだった。


「すみません。……でもジッとしていられなくて」

「それはアルベルトもでしょう?」


 状況が状況なのにもかかわらず、瓦礫に腰掛けたエシリアさんはのんびりとした口調で話しかける。

 その後ろには主様と呼ばれるあの赤いドラゴンが控えていた。


「ええ、まぁ……それはそうですが」


 言いつつ白い手袋を外し胸ポケットにしまう。

 まんざらでもないのは本当らしい。しかし静かな、落ち着いた口調で僕を見つめる。


「それにしても貴方の方から言い出してくるとは意外でした」

「なんていうか……僕自身そう思います」

「そうですか。ーーとにかく、なんであれ」


 悲しげな瞳が細められ、片足を引いて腰を落とす。


「手合わせすれば心の内も分かるでしょう」

「そんな武闘家みたいな」

「案外そういうものですよ?」


 アルベルトさんの脳筋ぶりに苦笑しつつも頭の中は冷え切っていた。

 というか、全てに現実味がなく、薄い膜で感覚を包まれているような曖昧な感じ。


「行きます」

「はい」


 声をかけられ、地を蹴った姿が一気に接近してきても驚くことなく、ただ淡々とその攻撃を受け流せる。

 動きが、一挙一動が手に取るように分かり、隙をついてその腕を跳ね上げる。


「ットットット。ならば私も」


 僕の回し蹴りを軽く避けたアルベルトさんはボクサーのように軽く跳ね始め、今度は腕だけではなく足も入れたコンビネーションで攻め立ててくる。

 右、左、顎を狙っての蹴り上げーー、踵落とし。

 それらを避けながら頭の中に浮かぶのはランバルトの姿だ。

 鱗を体のあちこちに浮かべ、僕に切りかかってきた。エミリアを、エシリヤさんを、……結梨を切り捨てた。


「っ……!」


 上段蹴りに合わせて僕も蹴りを打ち込み、宙で視線が絡まる。

 アルベルトさんもまた、僕を通して何かを見ているらしい。


「……あの子は、私が拾ってきたのです」

「……」


 上げた足を軸に絡ませ、宙に浮いての踵落とし。

 それをアルベルトさんは両手の拳で受けると押し上げ、空中の僕のバランスを崩させる。


「その出自が亜人の物だということは無論知っておりました」


 突き上げるような蹴り。

 それを体をひねって避けると地面に落ち、瞬時に残されている軸足を払いにかかる。

 軽い跳躍。宙に浮く体。


「しかし人の子であると、私は信じていたのです」


 ぐるりと蹴りだした足を回し、今度はそれを軸に反対側の足で蹴り上げる。

 確かな手応えの後には足を掴まれた感触が伝わり、ぐるり、とひねられた足に合わせるようにして僕は宙を舞う。


「……」


 着地し、反対側の足で踏みつけるように蹴りつけ、地面を転がってアルベルトさんから距離を取ると膝をついた。

 視線の先では静かに拳を掲げる初老の姿。

 当たり前だけど、話しながら殴り合ってたわけじゃない。

 拳と拳、語り合わなくとも通じるものがあるのだろうーー、


「……なーんて、んなわけないか」


 魔法陣を解凍。

 身体強化だけではあのドラゴンには敵わないーー、なら魔法はもっと他の使い方をするべきだ。


「ねぇ、アルベルトさん」

「……なんでしょう?」

「あのバカの事、連れ戻そうとか考えてる?」

「…………」


 静かに、ほんの僅かにその目がエシリヤさんを見た。

 もちろんその事に彼女は気がついていて、可笑しそうに瞳を細める。

 融通のきかない性格は承知の上なんだろう。


「引きずってでも死刑台に送らねば他のものに面目が立ちませんからな」

「そっか」


 なら、余計に僕は強くならなきゃいけないな。

 もう一個、小さな魔法陣を展開。

 両手の先にそれらを構えたまま「ふっ」と重心を落とす。


 ーーあんま、人が悲しむ顔って気持ち良もんじゃない。


 グンッ、と体が前に翔ぶのを感じた。


「ッ!?」


 一瞬で斜め後ろに回り込んだ僕にアルベルトさんが目を見開く。

 しかし流石は歴戦の勇士とでもいうべきか、体はそれについてきていた。


「はッ!」


 振り向きざまに手刀が繰り出され、「ぐっ……」僕は空中で方向を変える。


「なっ……」


 空を飛ぶ感覚とはまた違った。

 無理やり跳ねるように直線距離を移動する。

 勢いを殺してるわけじゃないから自分の動きに潰されそうになる。ーーけどっ、


「がッ、はっ、ホッ……!!!」


 二つの魔法陣ーー、単純な噴出魔法を使用した『ブースター擬きの移動』とでも言うべきだろうか。

 カクカクと飛び回りながら挙動の素早さでアルベルトさんを翻弄する。


「そッ、し、てッ……」

「ーーーー!?」


 避けきれないと悟った瞬間に手のひらを前にーー、「バーストっ」相手の動きに合わせて盛大に風の塊を噴出させる。


「ぶぁっ!」


 アルベルトさんが吹っ飛ぶ、無論僕も後ろにのけぞった。

 けれど、後ろに回転しつつも次の魔法陣は展開済みだ。


乱舞ライトニングする雷竜ドレイク


 追い打ちを拒むように、そしてそれ自身が相手への追い打ちへとなるように雷撃が翔ぶ。

 視界の端で、こちらを見ていた結梨がそっぽを向くのが映った。


 ーーそんな顔すんなよ、結梨ゆーり……?


「 や め じ ゃ 」

「あっ」


 バシンッ、とドラゴンの尻尾が割って入り、雷竜は粉々に弾かれた。


「本気でないしにろそんなものを食らったら後遺症が残るやもしれん」

「既に一度直撃してますけどね?」

「な」


 エシリヤさんが驚く主様を見上げてクスクス笑う。


「やせ我慢で平気だって顔をしていましたけど、あの後私のところに来てーー、」

「あー、姫様」


 うふふ、とエシリヤさんは笑う。

 あんなことがあったのに全く気にしていないのか、すごく平常運転で何だかこっちの気まで抜けてくる。


 ……もしかするとわざとなのかもしれないけど。


「どう? 少しは頭冷えた、アルベルト?」

「私は冷静ですぞ」

「はいはい?」


 朗らかに笑いつつエシリヤさんは立つ。

 ふんわりとした柔らかな香りが鼻先についた。


「アカリさまも。体を動かすのは良いことですがそれでは出ぬ答えもあるでしょう」


 優しい手が僕の腕を引き、それほど強くもないのに有無を言わせぬ足取りで連れ出した。


「あの……? 何処へ……?」


 なんとなく。

 いや、なんとなくだけど予想はついていて、恐る恐る聞く形となった。

 そんな僕を可笑しそうに微笑みエシリヤさんは、


「お風呂ですわっ?」


 僕を引っ張っていく。


 いつも通り、何も変わらず。

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