◯ 9 リアルとファンタジー その6
◯
「……?」
結梨が何か言ってる。
猫の言葉だ。
にゃーにゃー言われると、本当にそれが結梨なのかどうかすら怪しくなる。だって見た目はただの黒猫だ。今まで散々喚いて、引っかいてきたから「ああ、結梨なんだなー」って思えたけど、こうなっちゃえばタダの猫にしか見えない。
「……なんて、嘘だよね……」
「……?」
涙を浮かべてる顔を見ればわかる。
泣き虫な癖に強がりで、人前では絶対に泣かない。それが結梨だ。
例え言葉が通じなくてもそこにいるのが僕の幼馴染だってことは良く分かる。
そして、そんな表情をさせちゃったのが自分のせいだって事も。
「ごめんね」
それだけ言って前に出る。
ふらつく足を押さえながら前へ。
結梨には悪いと思ってる。こんなことに巻き込んでおいて、放り出すなんて酷いと思ってる。
けど、このままじゃ二人とも死んじゃうから。
こんな世界に来て、何もわからないまま終わっちゃうから……。
幸いにも、結梨は黒の神獣として扱われてる。
例え僕がいなくなってもエシリヤさんたちは邪険に扱わないだろう。
月の光を浴びれば人の姿に戻れるし、結梨なら元の世界に戻る方法だって見つけられるかもしれない。ーーだから、
「こいつだけは僕がどうにかするよ……」
巨大なドラゴン。
他の奴らがこいつに従ってるんだとしたら、こいつさえ片付ければどうにかなる。ていうか、こいつをどうにかしなきゃこの国が終わる。未来がなくなる。
「身体強化魔法・物理で殴る(ション)」
戦力差は絶大。
ドラゴンと人とじゃ力に違いがありすぎて戦いにもならない。
けどどうにかしなきゃいけない。
どうにかこいつを退かせなきゃならないっ……。
「ぁああああアアア!!!」
殴りかかりながら叫ぶ。
それでいて頭の中は冷静だった。
踏み込み、ドラゴンの首元を撃ち抜きつつ反動で回転し、ランバルトが落とした剣を拾いあげ、
「属性付加・轟叫ぶ雷竜!!」
それを防ごうと掲げられた腕に叩き込む。
雷をまとった剣は鱗に阻まれ、電流はバチバチと周囲に飛び散る。
前髪が電流の余波で浮かび上がり、腕越しにドラゴンと目が合った。
僕を推し量るように、自分の戦っている相手が何者なのかを探るようにただジッと、静かに見つめてくる。
飲み込まれそうになる瞳に浮かぶのは憂い、寂しさーー、
「何を見ておる」
「っ……」
止まっていた蚊を払うが如く腕を振るい、僕も一緒に弾き飛ばされる。
一瞬天地が逆転するけど「創造・唯之足場!!」空中に足場を作って踏み止まり、即座に切り返す。
魔力を乗せた斬撃ーー、稲妻の走る一閃は翼による風圧によって阻まれてしまう。
しかしそのまま切り裂いた空気の隙間に体をねじ込み「ダァッ!!!」再び斬り下ろす。
ガードの隙間を這った一撃は鱗に火花を散らし、またその電撃は全身を包む。
「ヌゥッ……」
僅かばかり、僕の思い込みかもしれないけれど顔を歪ませたドラゴンは体をずらし、軽く振って体当たりで僕を弾き飛ばした。
今度は地面を転がり、「アインッ、ツヴァイ、ドライ、フィーア!」咄嗟に発動させた「乱舞する(ダンシング)雷竜の牙」を放ち、追撃を防ぐ。
バチバチと残留した電撃が舞う中、僕は立ち上がりドラゴンを睨みつける。
ダメージは殆ど通ってない。やっぱり元々の体格差がある上、種族としての壁もあるのだろう。
それにボスっぽい雰囲気は伊達じゃない。
空で出会ったドラゴンとは比較にならないほどに硬く、強靭な体をしている。
もっと火力を上げた一撃を食らわせないと火傷すら負わせることは難しそうだった。
「……フン」
尻尾を揺らし、じっと僕を見つめる漆黒の瞳。
侮っているのか余裕なのか。殺意の欠片すら感じられないほどにゆったりとした振る舞いだった。
そしてそれは一つの疑問を生み、これほどにまで被害を拡大させつつもなかなか止めを刺そうとしない姿勢から一つの結論を導き出す。黒き龍に、あの主様の姿が重なって見えていた。
「そっか……」
気付いてしまえばあまり戦いたいとは思えない。
でも、黙って言うことを聞いてくれるとも思えないーー。
ならッ……!!
「力づくでっ……!!!」
地を蹴り、宙を駆け抜けて接近し、その勢いをそのまま載せて剣を切り上げた。
そんな力任せの一撃は当然の如く鱗に弾かれるが、構わず今度はそのまま振り下ろす。
「僕がお前のことを忘れてないか不安なんだろ?」
剣をから体を庇うように割り込んだ翼の下で、微かに瞳の中の光が揺らいだ。
デカい図体してる割に中身は僕らと大して変わらないだろッ……。
「ドラゴンも人も、結局そうなんだっ……寂しいんだッお前らはッ!!」
剣を振り抜くとそのまま地を蹴って肩でその体を突き上げる。
地面が砕け、僕も転びそうになりながらも黒いドラゴンを押しのける。
「っ……」
転ばぬよう足を踏ん張り、魔法陣を開く。
「あのドラゴンだってそうだった……長い年月の中で、一人でいるのは辛いんだっ……」
ーー白銀の鎖。
周囲に開いた無数の魔法陣から鎖は生み出されその体を地に縛り上げた。
翼で羽ばたきそれらを引きちぎろうとするが天上の鎖はそれを許さない。
動けば動くほどに巨体を縛り上げ、大地へと縛る。
さながら、天に刃向かう者を押し潰すように。
「……黒の魔導士と君は共にあった、……違うか?」
「…………」
ドラゴンは何も語らない。
這いつくばり、ただ僕を見上げていた。
「ふっ……相変わらずのようだな」
「なっ……」
魔力を弱めたつもりはなかった。
無理やり引き千切るようなら更に重ね掛けするつもりでいた。
なのにそいつは“一瞬で”鎖を引きちぎり、宙に舞い上がる。
「別物か否か……、紛い物かと思いきや何やら同じ魔力も感じる」
大量のドラゴンを背に黒き龍は僕らを眺めた。
この地獄を作り出した張本人だというのに相変わらず優雅に羽ばたき、ただ僕らを見回していた。
「今夜はそれを知れただけでも良しとしよう」
ーーと、口の端で笑って見せた瞬間、空を覆っていたドラゴンたちの中から悲鳴が上がった。
続いて打ち込まれてきたのは炎の塊だ。
「ーーーー!?」
驚く僕らを他所に大砲の弾みたいなそれは黒き龍のいた所を撃ち抜き、轟音と共に地面に大きな穴を作る。
「自らの役目を放棄するとはなんと愚かな」
「守るべきものがなくなってしまっては意味がないからの」
「ヴァルドラ!」
エシリヤさんが叫び、主様はその傍へと着地する。
赤き真紅のドラゴン。あの地下にいた主が地上へと出てきていた。
「なるほどな……。積もる話もあるがそれはまた次の機会としよう」
「お茶会に招待したら来てくれるってのか?」
「それはないがな」
黒のドラゴンは笑い、傍の少し小さなドラゴンに倒れていたランバルトを回収させると空で反転する。
「これでもまだ竜宮の巫女を望むというのであれば次は国が滅ぶ事、覚えておくが良い」
僕らはただ夜の闇にドラゴンの翼が溶け込んでいくのをただ見つめていた。いや見送る事しかできなかった。
国はまだ燃えている。
あちこちから人々が逃げ惑う声が聞こえて来る。
エシリヤさんの腕の中で眠るエミリアを見て、結局僕は何も守れやしなかったんだと思い知らされた。
厳しい現実にどう向き合えばいいのか、分からなかったんだ。




