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◯ 9 リアルとファンタジー その5


「平気ですか……聞こえますか、ユーリさま……?」

「ん……」


 お腹が暖かかった。

 重い瞼を上げるとそこにはエシリヤさんがいて、どうやら魔法で私のことを治してくれてるらしい。


「私……は……」

「もう少しで治りますから……もう少しだけ待ってください……」


 そっか……私切られたんだ……。

 痛みは殆ど引いてる。魔法での治療ってすごいなーとか漠然としたことを思う。


「……?」


 でもなんで……、切られてあれ……?

 何がどうなったか、記憶が徐々によみがえって、傷が塞がったのか靄がかっていた視界が一気に晴れた。

 燈だ。あの時、切られた私を一瞬で燈が抱えてくれてランバルトさんを吹っ飛ばした。

 それで……燈はーー……?


「…………!!!」


 それまでどうして気付かなかったのか不思議だったぐらい大きな音に首が反応した。

 視線の先で大きなドラゴンと小さな体が戦ってる。

 地面を抉り、周囲の建物を破壊しながら二人はぶつかり合う。



 ダメだ、あれじゃ勝てないーー。



 馬鹿げてるとしか思えないけど目の前で起こってるのはどう考えても現実ものらしい。

 大きな翼が宙を舞い、それを躱しつつ小さな体が跳ねる。


あかりッ……、っ……!!?」」


 なんとか少しでも近づこうとしているけど戦いの規模が人のそれを超えていて近づけそうもない。

 この小さな体じゃ吹き飛ばされてくる瓦礫を避けるだけで精一杯だ。


「……人に戻ったところで何かできるとも思えないんだけど……」


 悔しいけど何もできない……。

 いま、私は猫になっている。

 それも何かの冗談かって話だけど、これも現実。

 いつもよりずっと低い目線、いつもより機敏な身のこなしーー。

 手で物は持てないし、裸で歩いてるから何だかすごく変な気分になる。何もいいことなんて一つもない。

 でもこの体に何か意味があるならーー、あかりが魔法を使えるみたいに私にも何かできるんだったら……、助けられるのにッ……。


「ぐぁッ……!!」

あかり!!」


 ドラゴンの尻尾が直撃する。

 咄嗟に腕で受けたみたいだけど、鱗で覆われたそれは張られた防壁を削ってその細い腕を赤く腫れ上がらせた。

 それでも燈は止まらない。

 狂ったようにその巨体を睨んで笑い、尻尾の先を掴んだかと思えば勢いをそのまま利用して投げとばす。

 崩れかけていた城壁にドラゴンは突っ込み、その一帯は見事に崩壊した。

 上がる砂埃とそこから追撃を拒むように吐き出される炎の砲弾。

 それらを弾きつつ燈は再び突っ込み、煙の中で幾つもの爆発と電撃が飛び散る。


「なんであんたはそうなんのよ……」


 悔しさに地面をきつく踏みしめながら髪を振り乱して殴る燈を見る。


「なんでいつもそうなんのよっ……!!」


 小さい頃から一緒だった幼馴染は見たこともないような女の子の姿になってる。それでもドラゴンと殴り合ってるその姿はかつての燈が重なる。

 最初は小学生の頃、上級生に虐められそうになった私を庇った時。

 中学校の頃はうちのおじいさんにシゴかれてそんなことなかったけど、高校に入ってしばらくした頃、また「ああなった」。

 キレると手がつけられないとか言うけど、燈は多分そうじゃない。燈は多分、


「ッ……」


認めたくないけど多分、燈の本質はこっちなんだ。いつもふらふらしてるけど、ああなった時の燈は本当に楽しそうだった。虫も殺せないみたいな顔しながら、本当は「殺すのは楽しい」。


 あいつはバカだけど頭は良いから、多分本能的に「それがいけないことだ」って分かってるんだと思う。だからいつのまにか自分で自分を隠して、昼行灯みたいな適当な生き方して……。


「極端すぎるわよバカ!」

「っ……ぁっ……はッ……」


 私の声が聞こえたわけじゃないんだろう。

 ただ吹き飛ばされ、すぐ傍まで燈が転がってくる。

 あちこち血だらけで、痛く無いわけないはずなのに膝を着いて直ぐに立ち上がり、またドラゴンの方を見上げた。


「ストップ!」

「ユーリさまっ!」


 べちんっと、自分でも情けなくなるような猫パンチが燈のほっぺたに当たる。


「目を覚ましなさいよバカ! 魔導士が接近戦て、どう考えてもバカでしょ!」


 燈は目を丸くし、私を見る。


「っ……」


 けどそれは私を見ていて見据えてはいなかった。

 ただぼんやりと、頬を殴られたから反射的にそれを見たって感じだ。

 私のことがわかってないのか呆然と首を傾げ、猫に対する癖なのかそっと頭を撫でて奥へ押しやろうとする。


「そうじゃっなくてッ」


 その腕を押しのけ、腕を伝って肩から跳ぶと今度は首と肩をすくめて体当たりする。

 勢いのついたそれは燈の重心を崩すことに成功し、二人で一緒に倒れこむ。


「しっかりしなさいよ!」


 その胸の上に乗り、見上げる顔を睨んで告げる。


「あんたは誰! 何してるかわかってんの!? 自分が何のために戦ってるの!! 言ってみなさいよ! ほら!!」


 これは燈だ。見た目が違ってもその目は燈のものと変わらない。

 こんな世界に飛ばされて、最初は心配だったけどそれでもコイツは「どうにかなる」ってぼんやりしながらもエミリアちゃんやエシリヤさんを助けようとしてた。だから私はどこにいっても燈は燈なんだって呆れることができたし、いつのまにか「きっとどうにかなる」って思えた。ーーでも、


「あんたがそんなんじゃ……私っ……どうしたらいいかわかんないじゃんっ……」


 いつのまにか燈のおかげで自分が自分らしくいられるようになってた。

 剣道部を怪我して辞める時も、思わず他の人たちに呼び止められて、それでも必要としてくれるなら残ろうかなって思ったりもした。

 でもそれって私がそうしたいからじゃなく、周りに流されての事だった。

 なんとなく残って、なんとなく続けて、もう戦えないのに、何の役にも立てないのに……、「怪我してやめた子がいる」って後ろめたさを抱えたくない人たちのために自分を犠牲にしようとしてた。


 そんな時、助けてくれたのが燈だった。


 バカみたいな条件つけて、周りから嫌われる事になったのに私のこと守ってくれたのが燈だった。結果的に、私も気まずくなって、友達とも疎遠になったりした。上級生からは睨まれるし、先生からも心配される。何もいいことなんてなかった、いいことなんてなかったけど……不思議と後悔はしてなかった。だから……、


「守るなら最後まで責任もって守りなさいよバカ!!」


 私を、連れ出して、一人になんてすんな!!

 どこまで言葉で言ったのかわからない。自分がどんな言葉で罵ったのかわからなかった。

 ただ思ったことをそのまま叩きつけた。冷静さを見失ってる燈が少しでも戻ってきてくれるならそれでよかった。


あかりぃ……」


 姿形は違っても、そこにいるのは幼馴染あかりだ。

 私だって……ーー、

 ぼんやりと見上げる黒の魔導士と呼ばれる少女。

 私のことを見つめ、口を半分開けて固まっていた。


「貴様は一体なんなんだ?」

「っ……」


 振り返れば巨大な影が落ちていた。


 吐き出される息に炎が混じる。


 化け物だ。この世のものとは思えない。

 辺りで燃え盛る炎を反射し、魚のそれよりも大きく頑丈そうな鱗が煌めく。

 まるで彫刻が動いているような圧迫感。それでいて私たちを睨む目は鋭く光っていて言葉を吐くことすら躊躇われる。


「それはこっちのセリフよ……」


 でも、燈はこんな化け物と戦ってた。


「あんたこそ何者なのよ!!」


 臆することなく、殆ど無理やり押し付けられたような使命だったとしても戦ってた。

 だったら、私だって退くわけにはいかないっ……。


 ーー此奴あかりの前で、もうカッコ悪い姿なんて見せたくないっ……。


 猫は人よりも野生的で、多分このドラゴンに対して生物的な恐怖を感じ取るんだろう。

 少しでも気を抜けば尻尾を巻いて逃げだしそうになる。今、少しでも動けばそのまま一目散に岩影にでも逃げ込むだろう。

 だから文字どおり四肢を踏ん張って、必死に耐える。見上げる。睨みつける。


「なんでこんなことすんのよッ!!」


 ドラゴンは答えない。

 ただ蔑むように見下し、目を細めた。


「何を言っておるのか分からぬわ」

「きゃッ……」


 前足が私たちをまとめて吹き飛ばす。

 宙を舞いながら悔しさで涙が滲んだ。

 何もできない、何もしてあげれないーー。

 このままじゃあのときと同じだ。私が、部活に縛られかけてた時と同じ……、


「……? あか……り……?」


 ふと、体が引き寄せられるのを感じた。

 地面に激突する瞬間には柔らかいものに包まれていた。


「っ……」


 頭の上で燈が呻く。


「あかりっ……!!」


 思わずその腕の中から這い出してその顔を覗き込む。


「……大丈夫……? 怪我ない、結梨……?」


 苦痛に顔を歪めつつ、幼馴染あかりは私に尋ねてくる。

 ぼやけた視界の中で私は頷いた。首を振った。


「バカっ……バカバカっ……!! ばっかじゃないの……!!?」

「えへへ……」


 ぐっと腕で体を起こし、冷めた目でこちらを見ているドラゴンに燈は向きなおる。

 その向こう側でエシリヤさんエミリアを抱きかかえて私たちを見ていた。


「……ごめんね、結梨……?」


 ふっと頭を撫でられ、訳も分からずその横顔を私は見た。



「“契約ディス解除コネクトする”」



「 ……!? 」



 体の周りに小さな魔法陣が現れて、私を包んだかと思えば次の瞬間には消えていた。

 何も変わったところはない。

 でも、“決定的に何かが切れてしまった”ような気がした。


あかり……? 何したの……、ねぇ……?」


 胸の中が不安でいっぱいになる。

 泣きそうになりながら、でもそれだけは堪えながら見上げる。


 ーーでも、燈は困ったように笑った。



「ごめん……、なに言ってるかわかんないや」




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