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◯ 9 リアルとファンタジー その4

「なにはともあれ、会おうとしても会えぬ事情があるということだよ。こうして主と話せてよかった。でなければ手遅れになってしまっていたからな」

「……手遅れ?」


 ひょい、と指先が舞い、空に(と言ってもただの黒い空間に)映し出されたのは外の映像だ。

 崩壊した街並み、愕然と崩れ落ちているエシリヤさんの前で「黒の魔導士」が黒い、巨大なドラゴンに大剣を突き立てていた。


「これは……」

「いま、外で君が行っている事……だね」


 黒の魔導士は剣を踏みつけて振り下ろし、翼で薙ぎ払われると崩れかけの城壁に突っ込んでいった。

 舞う粉塵、悲痛なエシリヤさんの声が聞こえるようだ。

 それに応えるかのように魔法陣は展開され、粉塵をかき消して幾つもの水流が飛び出し、一直線にドラゴンを飲み込まんとする。そして、その中を駆け、一気に距離を詰めると「素手で」そのドラゴンの首元を殴りあげる魔導士ーー。


「……凶暴化バーサーク呪文唱えたんでしたっけ?」

「バカを言え、私のせいにするな」


 魔導書の中にはそんな感じのものもあったはずだけど、どうやら違ったらしい。


「君がブチ切れて、ヤケになってるだけじゃないか」

「……ぁー」


 映像で見る僕は、……ていうか姿は黒の魔導士さんなんだけど。

 とにかく僕は、実に楽しそうだった。自分の手がどれだけ傷つこうが、どれだけ反撃されようが気にもとめず……ただ、相手を撃ち抜くことしか頭にないようだ。

 太い尻尾で思いっきり顔をぶん殴られても「むしろ上等ッ」とかヤンキー漫画みたいに笑って足を踏ん張ってる。


「結梨は無事ですか」

「……ほう? 自分の心配は必要ないと来たか」

「僕が弱いのは知ってますから」


 キレやすい、……その性質に気がついたのは遥か昔の事だ。

 幼稚園の頃に結梨が小学生にイジメられているのを見て記憶が飛んだ。

 気がついたら結梨ンの道場で爺さんに背負い投げされてた。


 ……意味がわからない。その間何がどうなってそうなったのか一切分からないまま、受身も取れずに板の上に投げ捨てられ「男子たるもの、強くなくてはならん!」と一喝された。勿論大泣きだ。怪我がなかったのは爺さんが手加減したのか、運が良かったのか……。すりむいた膝や頬の傷は小学生たちと喧嘩した時についたものだと結梨が言っていたけど……やはり記憶がない。



 僕はキレると僕じゃなくなる。



 二重人格とかそういうんじゃなくて、多分お酒に酔った人の「気持ちが大きくなる」とかに似てるんだろう。

 ハイテンションになった挙げ句、全部忘れる。我ながらなんとハタ迷惑な……。


「だから僕はいつもあんな感じだし、いまもこうして時間が流れてるとするなら心配するのは結梨の方」


 残念ながら映像の中に黒猫の姿は見当たらなかった。


「その割には落ち着いているようだが?」

「……焦ったって仕方ないですし……」


 目をそらす。なんとなく、心を読まれそうな気がしたから。


「で、どうなんですか」

「無事だよ。君が無事であるなら彼女も無事だ。ーーもっとも、キミの核心はそういう理屈めいた部分ではなさそうだけど」

「…………」


 言葉では言わない。

 ただ「結梨が無事じゃなかったら」僕はアレ程度では済んでいないと思うから。

 まだ「戦ってる」ということはきっとまだ「守ろうとしている」んだろう、結梨を、あの国を。


「おっと、いまのは良いのをもらったな」


 楽しげに語る魔導士は「自分の体」が吹き飛ばされていく光景をなんとも思っていないようだ。

 仮にも「自分と同じ姿をしているのに」。


「戻ります」

「どうやって」

「分かりませんけど頭が冷えれば戻れるんじゃ……?」

「だったらもう少し話し私と愉しもうぞ」


 ぐいっと実年齢がいくつなのかわからないけど、まだ発達途中といった体が寄った。

 さっきまで自分の身体だったわけだけど、客観的に見ると何だかドキドキする。胸元なんかはすごく際どかった。

 視線を逸らすけど吐息が首筋にかかってゾワッと体が緊張する。


「お主のまだ知らぬ世界を教えてやろう」


 囁きかけられる言葉に思わず頭の芯が痺れたーー。



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