◯ 9 リアルとファンタジー その3
「……あの……」
「私の身体はさぞ魅力的であったろうっ? どうだ? あーんなことやこんなことッ……女の子の秘密を探究心でくすぐったりしたか!?」
「……」
呆然と、……いや、呆れて言葉の先を見失った。
なんとなく嫌な予感はしていたし、「変な人だ」ってのは彼女を知っているだろう赤い主様から聞いていたから驚きはしないんだけど……、
「んぅう? んふふ~っ、どうだ? どうだどうだ? 欲情したか!?」
ーーあの魔道書を書き上げたのが、こんな人だったなんて……。
アレだ、憧れの芸能人を街中で見かけて話しかけたらテレビと全然違ったとか、そういう感じだ。
僕にとっての魔道書は夢が詰まった救いみたいなもんで、キリスト教徒にとっての聖書ーー、東大生にとっての赤本……! 兎にも角にも、起きてる時は肌身離さず、寝る時は一緒に布団に入るぐらいには大切に思ってた。そしてその内容にも……!!
永遠と綴られていた不思議な言葉、解読が進むごとに新しい世界が霧の向こう側から姿を表すような爽快感ーー!
さぞ、これを書いた人は素晴らしい人物で、人格者だと思ってたのに……!!
「んぅー……? どしたー黙り込んで。……なっ、まさか私を濡れ濡れのびしょびしょにして18禁なお話にしてしまおうと考えているのではあるまいな!?」
……先輩みたいだ……。
由緒ある古典部の……、僕を無理やり引き込んで釘付けにさせたあの「はた迷惑な先輩」みたいだ……。
「……あの……」
「なにかな!?」
「期待に頬を赤くしないでください。いろいろ複雑ですから、それ……」
主に、さっきまで僕がその姿だったわけで、元は魔導士さんの身体だったのかもしれないけど僕が僕に欲情してるみたいになるし……。
「んぅ……? 年頃の男の子の割にがっつかんのぅ?」
「そういう状況じゃないでしょ……」
バシャバシャと水の中から出ると近くに行く。
……ていうか、本当に海があるのか?
少し離れるとそこにはやはり何もない。暗闇が広がっているだけだ。
「あの世ではないよ、心象世界だ」
「え?」
「ここは誰しも心の中に持っているパーソナルワールド。自分のことは自分にもよくわからんというだろう? そういうことだ」
「はぁ……?」
ドヤ顔で説明されてもピンとこない。
魔導士はパシャパシャと(おそらく)水を指先で跳ねさせては遊んでいた。
「君がこの世界に来るのを待っていた。……というと大袈裟かもしれないが、君の方から来てくれないと私は君に逢えないからね。いやはや、出会えてよかったよ。黒の魔導士さまだ、こんにちは?」
濡れた手で握手を求められ、若干引きながらもそれに応える。
「陽陰燈です……」
魔導士さんの手は冷たかった。
……濡れてるから当たり前なのかもしれないけど。
「どうしたね?」
「いえ……なんでも」
なんだかそれが、ーーその体温を感じない手が、……彼女がこの世の人ではないことを指している気がして気持ちをザラつかされた。
「……で、どうして僕の心象世界とやらにあなたが?」
「魔導書を君がインストールしたからっ」
「ンなことだと思いましたよ……」
「なるほど、理解も早い」
元来、魔道書とは「魔の理を綴った物」だ。
そしてその「現実ではありえない理」を理解するということは「脳を汚染される」という事に繋がる。
新たな常識に触れるということは認識を改めさせられ、思考回路を変化させられる事に相違ない。
だから、魔道書を読み解く以上、「脳汚染の危険性」は考えていた。
「オカルト的なものだと思ってたけどね」
「そうだろうの?」
地縛霊とか、良くないモノが憑いているーーとか、本気で信じてたわけじゃない。
……無論、魔法も。
常識的に考えて手から炎が出せるようになるわけがない。
夢物語でしかそんなことはありえない。
科学がそれを証明しているから、わかっていた。わかっているから憧れた、魔法に。
だけど、この世界にきてそれが変わった。いや、変えられた。
「魔法があるならなんでもアリだ」
「ふむ。そして私は君のここに住み着いた」
トントン、と胸元を指先で突かれ、間近に迫った顔が楽しそうに笑った。
「君は私の宿主だな」
となると、臨死体験しているわけじゃなくて、ただ単純に脳内で会話してるって事か。
……考え読まれてるとかないよな。
「大丈夫、君の知識を覗き見ることはできても思考を読み取ることは出来んよ。あくまでも君は君で私は私だ。思考はパターンでしかないのだがね」
「……はぁ?」
なんだろう、見た目によらず小難しいこと並べる子だな……。
「で、どうして黒の魔導士様が今更僕に……? ていうか、話があるならもっと早く出てきてくれたも良かったじゃないですか。どれだけ苦労したことか……」
「苦労したのか?」
「いきなり女の子にされて苦労しない人がいるなら教えて下さい」
「ふーむ……、大抵は悦んでおったがな?」
ーー待て、なんか今の字は違った気がする。
ようやく投稿作品の執筆が終わったので、帰ってきました。
どれだけ読者さん残ってくださってるのでしょう(遠い目




