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◯ 9 リアルとファンタジー その2


 死後の世界がどのようなものであるかを僕らは知ることができない。

 向こう側から帰ってきた人はいないから。死んで蘇ったらそれはもう「死んだ」ことにはならないから。

 だけど、臨死体験。死に触れた人たちが口を揃えて告げ、そして世界中の書物に記されている共通点が一つだけある。



 ーー死は川の向こう側にある。



「……?」


 対岸に渡る船に乗せられた死者は現世とあの世との間を分かつ「川」を渡るのだという。

 どうして川なのか、どうして皆口を揃えてそれを連想するのかは分からない。

 ただ、死んでみなければ……。


「海……?」


 気がついたとき、波の音が聞こえた。

 いや、水の流れる音なのだろうか。それをどちらかだと判別するにはあまりにも曖昧で、見渡してもそんなものはありはしなかった。


「……なんだここ……」


 僕は暗闇の中に立っていた。

 いや、真っ暗な世界の中に立っていた。

 明かりなどないはずなのに辺り一面「黒で塗り潰されていて」、僕の姿は見えるのに他のものは何も見えない。


 そんな「何もない暗闇の中に」僕は立っていた。


「……死んだのかな……」


 溜め息を付く、あきらめが滲んでいく。

 ぐったりと腰を下ろし、こうべを垂れる。



 “僕は、暗闇の中にへたり込んでいた”。



「……あれ」


 あまりにもそれが自然すぎて気がつかなかった。

 あまりにもそれがそうであることが当然で、いや、久しぶりで? 鏡など目の前に置かれていなかったのだからそのまま気が付かなかった場合もあったのかもしれない。

 兎にも角にも、自分の膝を見て、胸を見て、股の間にある感触を太ももを擦り合せることで感じてーー、気がついた。


 ーー戻ってる。元の体に。


 ペタペタとあちこち触ると「僕の体」だった。

 むにむにしてないし出るところも出ていなければ無くなっていたものもある!

 魂が現実世界の体ではなく意識に依存するのだとすれば心までは毒されていなかったんだとちょっと誇らしくなった。


「よかった……僕はやっぱ男だよ……」


 黒の魔導士として、女として生きるのは色々不都合が多すぎた。妹の面倒を見てたから「そういうこと」には慣れてるつもりだったけど、やっぱ気恥ずかしいしめんどくさい。男は男として生まれた以上、男な方がいい。変な奴に抱きしめられることもないし。


「……はぁ……」


 とりあえず一安心、死後の世界でも女の子なのはごめんだ。


「…………」


 結梨は……いないようだった。

 見当たらない。


 そのことにホッとすべきなのかあの世では幼馴染の縁も流石に切れるのかはわからないけど、とりあえず僕は一人らしい。

 海か川か。ここが一体何で、何処かもわからないけどとりあえず危険はない。……なら、ゆっくり考えればいい。


 どーせ、死んじゃったんだから。


「……死んじゃったん……だよな……?」


 死をキッカケに異世界転移なんて話は王道中の王道なんだけど、異世界に転移した後死んで転移するとかあり得るのかな。それとも向こうもこっちも同じような仕組みで、死んだ魂は同じ場所へと導かれていくーーとか。……どうだろう……、わかんないな。


 無論、元いた世界でも死後の世界は解明されてない。魔法があるからと言って、死後の世界があるのも変な話だし、いまこうして「死んだ僕が自分を認識している」ってことは……あるのか、死後の世界って。あるってことだよな、これは。大発見じゃん!


 ……死んじゃったら今更発見も何もないんだけどさ。


「はーっ……でもよくもまぁ頑張ったよ……うん……?」


 真っ暗な世界を仰ぎ見ると何処までも「真っ暗な空が広がっていた」。

 目を閉じても真っ暗、耳を澄ましても真っ暗。僕の未来も真っ暗くら……。


「ハァ……」


 このままこの場所に放っておかれたらおかしくなりそうだ。

 でも、もうどーしようもないし。どーすることもできないし……。


 実際、仮にここからあの世界に戻れたとしてもあのドラゴンに敵うとは思えない。

 最後の瞬間、僕があのドラゴンに向かって思い浮かぶ限りの魔法を撃ち放ったのを覚えてる。手にその感触が残ってる。


 ジンジンと染み渡るような痛み、反動で、自分まで吹き飛ばされた程の大魔法ーー。

 それでも、あのドラゴンは口の端で笑って「笑止しょうし」とはね羽撃はばたかせるだけでそれら全てを打ち破った。

 黒の魔導士、渾身の攻撃をーーだ。


 ……敵うわけない。


 人とドラゴン、魔法があるからどうにかなるというアドバンテージは種族のポテンシャルを覆すことはできなかった。

 当然だ、規格外の人間がいるのなら規格外のドラゴンがいたっておかしくない。同じ分だけ「規格外」なら元々の性能の高い方が勝るに決まってるーー。


 勝てない……どうしようもないーー。


「…………」


 後悔と呼ぶには味気なかった。


 悔しいと思うには実感が足りなかった。


 あくまでも今まで見ていたいのはすべて夢で、幻で。なんならあの魔道書が不思議な力を秘めたゲームブックで、その世界に閉じ込められているとか……ただの「ゲームオーバー」で、いまは他のプレーヤーを待機中で……そんな感じがする。


 テーブルトークRPG。


 僕は友達がいなかったからできなかったけど、多分こんな感じだ。うん……?

 一人納得して、浮かんだ顔に気分が沈む。


 ……結梨はどうなったんだろう。


 もし、仮にーー、僕と結梨の間に「契約」というものが本当にあるのだとしたら僕が死んだ時点で結梨も命を落とすことになる。

 だったら、同じ時に死んだんなら……ここにいてもいいはずなのに……。


「……おーい……」


 呼びかけても返事はない。

 何もないのに声はちゃんと響くのに、ぼんやりした空間に、それ以上の悪あがきはしなかった。……したくなかった。……自分が一人だということを突きつけられるから。


 ーー結梨がいないことを、実感してしまうから……。


「くそ……」


 わかっていても居ても立っても居られない。巻き込んでおいて、はいさようならーって流石にひどすぎる。

 立ち上がると当てもなく歩き始め、進んでいるのか同じところをぐるぐる待っているのか、全くわからないなりに歩いて歩いて、


「そこから先はやめときな」


 ボチャンッ、と足が水の中に浸かった。


「……川……?」

「いや、海だね」


 振り返ると僕がいた。


 ……いや、僕が成っていた女の子ーー、


 黒の魔導士が、そこにいたーー。

オーディオドラマの制作で執筆どころではないのですが、とりあえず書き溜めたら順次掲載していきます。

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