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◯ 8 紅き龍と黒き念い その8

 人間では「魔力源が足りないから使えないはずの高威力の魔法」、エミリアであっても「クー様の魔力源」を使用して魔法陣を描いていた。なのにさっきの一撃は明らかに「アルベルト」から打ち放たれ、そして「ドラゴンの炎」であっても防ぎきった魔法防壁をいともたやすく貫いてみせた。

 つまり、この男はーー、このアルベルトという兵士は、


「……ドラゴンと人間のハーフ」

「……聞いておいて先に答えるとは……カンに触る女だな」

「ならさっさと答えりゃいいだろ」


 厄介だ。正直かなりやばい。

 ドラゴンは魔力源はあっても「魔法」は使えないようだった。あくまでも単純な力の変換。

 魔力源を炎に変えて吐き出す。浮力を大きくして空を飛ぶーー、恐らくはそんな単純な使い方しかできないのだろう。

 だからあの2匹は物理攻撃に頼っていた。

 知性は人間ほどにあるのかもしれないけど、「魔法陣」を描けるのは人間の特権なのかもしれない。


 しかしこいつは違う。


 エミリアが「伝承の魔導士」だと言った「僕と同じように」、自らの魔力源を元に魔法を行使し、あの威力を生み出せる。

 そして恐らくは「剣術」に関しても「体術」にしても僕よりも上だ。


「っ……」


 そりゃ、ちょっと道場でしごかれてただけの高校生に何を求めてんだって話だけどさ、それでもそんな力の差がある状況に挑まなきゃならないってのは正直笑えない。

 アルベルトさんは元王国騎士団長だと言っていた。

 こちらを殺す気が無かったとは言え、あれよりも強いとは思えないーー、……魔法さえなければ。


「……平和的に解決する方法ってないのかな……?」

「そんなもの……遥か昔に過ぎているッ……」


 言葉に滲むのは激しい怒り。腕を掴まれているエミリアが苦痛に呻いた。

「くそっ……」


 迂闊に飛び込めない。

 身体能力で負けるとは思ってない。例え、素のスペックで負けていても「身体強化」でなんとかなるーー。

 だけど「能力」に関しては危うい。

 段位が違えば相手の攻撃をかわし、一方的に反撃することが可能のように「さっきみたいな止め方」がアリなのだとしたら最悪、腕を掴まれてそのまま魔法の餌食になりかねない。

 何ぶん、「殺し合い」に関してはあちらの方が専門で、遥かに上手なのだから。


「……魔導士。……これは我が国の問題だ。貴様は関係ないだろう……怪我をさせたくない、おとなしく手を退け」

「……そーはいっても一泊の恩義って言葉があってさぁ……はいそーですかって見過ごすこともできないんだわ……。……それに約束もしたしね」

「……そうか……ならーー、仕方あるまい」

「ッ……!!!」


 ランバルトの姿が一瞬にしてブレた。

 それが地面を蹴り、僕の死角にまで移動したのだと気がついたのは「鋭く放たれた手刀をかわした後だった」。


「ーーユーリ!! エミリアを!!」

「うんっ!!」


 地面に捨て置かれたエミリアのことは結梨に任せる。

 まさか躱されると思っていなかったのかランバルトは驚愕し、僕はそこに足を蹴り上げ、顎を狙った。


 ーーしかし、それは虚しく宙を切るだけで仰け反って躱されてしまう。ーーの、で、


「でェええええいや!」


 蹴り上げた足に続いて地を蹴り、体の捻りを加えた反対側からの大振りな蹴りーー、「ッ……」をアルベルトは腕で止め歯を食いしばってこっちを睨む。


「そのような服装で蹴りなどッ……貴様は恥じらいというものを知らんのか!!」

「ンなこと、言ってる場合かよッ!」


 更に浮いた足を踏み蹴り、腹部を撃ち抜く。

 反動で距離をとり、着地と同時に「乱舞する雷竜ダンシング・ライトニング・ドレイク」の魔法陣を描くが「ぅぉッ……?!」半分ほど書いたところで地面を砕く程の踵落としが目の前を通過した。


「貴様とは戦いたくないッ……!!」

「ンでだよ……!!! 喧嘩売ってきてんのはそっちだろ!!!」


 掻き消された右手側は廃棄し、時間差で書いた左手の「乱舞する雷竜ダンシング・ライトニング・ドレイク」を打ち出す。


「アインッ、ツヴァイ、ドライ、フィーア!」


 腕を振るいながら雷を打ち出し、その間にも距離を詰めて蹴りを繰り出し続けた。


「巫女は仕方がないッ……だがっお前は関係ないだろう!!!」

「うぁっ……!?」


 体を引き寄せられ、抱きしめられる形になる。

 思わず次の衝撃に備え、後ろの手で防壁魔法を描くがーー、


「お前をッ……傷付けたくはないのだ……!!!」

「……はい……?」


 その敵意の無い表情にーー。

 いや、初めて見せた「アルベルトの感情に」思わず動きが止まってしまった。


「……分からんのか……俺の気持ちが……」

「……ええっと……?」


 思考よ巡れ。ーーなに言ってんだこのバカは……?


 もちろん、世の中の女性諸君であれば胸の一つもときめくんだろう。

 真剣な眼差し、よく見えればあちこち傷だらけで頬が切れているーー、抱きしめる腕は逞しく、日々の鍛錬を怠ってはいないのだろう。……だが、僕は男だ。……女の体に入っているけど、男だ。

 どれだけイケメンであろうとも、どれだけハンサムであろうとも、……どれだけ男前な騎士様であってもーー、……胸の一つもトキメクはずもない。


 ……むしろ、気持ち悪さしかこみ上げてこないんだけど……。


「……頼む……手を退いてくれ……」


 嘘だろマジかよ……。そんな素振り全然見えなかったって……!

 思い当たる節あるかって言われたら無いし!! ていうかあれってツンデレ!? 僕にキツくあたってきてたのは「好きな子に見て欲しくて意地悪しちゃう男子」ってやつなの!!? 童貞かよコイツ!! 僕もだけど!!!


「……あ……あー……ランベルトさん……?」

「……なんだ」

「……ぁはは……」


 ちょっと気がぬけるけど……正直、もう戦う気持ちとか完全に抜けちゃってるけどーー、



「 女のコを無理やり抱きしめるのは……ダーッメっ☆……みたいな? 」



 ーー後ろ指で描いた「乱舞する雷竜ダンシング・ライトニング・ドレイク」で僕ごとアルベルトを貫く。

 ……正直、二度目だし多少どうにかなると思ったんだけど、



「あがががががががががっ」



 感電の感触にはこれっぽっちも慣れてなかった僕は、女のコ失格な悲鳴をあげてバタン、と後ろ向きに倒れた。


 ……セクハラのランバルトと一緒に。


 ーーセクハラのランバルトって二つ名、ちょっとかっこよくないか……? なーんてことを引っくり返りながら思う。

 バチバチと目の中で火花が飛び散るような感覚だ。正直思考回路も焼き払われたきがする。


「うー……もう絶対この手は使わん……」

あかり!! ちょっと燈!! 平気なの!?」

「ああ……うん……結梨が生きてるなら僕も生きてる……」

「馬鹿」


 正直いろいろ限界だけど……。

 いくら頑丈な体だって言っても思えば山登りした後だしドラゴンと戦ったし……ああ、狼みたいなのにも襲われたか……。昨日は昨日でハチャメチャだったけど、今日も今日で濃いなぁ僕の1日……。現実あっちの世界の1日が嘘みたいに思えるよ……。


「何かもう……疲れすぎて幻覚が見えるもん……」

「……?」


 ぼんやり静かな空を見上げて「あー、すごい」と働かない頭が月並みな感想を漏らす。

 ……ていうか、あ……これヤバくないか……?

 視覚から得た情報を脳が処理しきれていなかった。今更になってようやく事態が頭に届き始める。


「……絶滅危惧種ドラゴン、いったい何体いんだよ……」


 当たり前のように「夜空と思われたそれは」全て「ドラゴン」だった。

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